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ボールペンとか野球のバットとか、他にも食べ物のソーセージとか。棒状で男性のアレに喩えられる物は多数ある。
そういうおふざけは珍しい話ではない。
女子でその類の話を好む人間がどの程度いるかは知らないが。
部長ならともかく、八辻先輩はそれを好むタイプには見えない。
ビジュアルは部長とは違ったタイプで落ち着きがあり大人びている。
長い黒髪と整った眉毛、顔出しも整っていて清楚という表現がぴったりだ。
見た目だけなら、の話だが。
見た目は清楚で綺麗なのに内面的に難あり、という意味では部長と同じだ。
ただ違うのは、八辻先輩は困っているという点だ。
「……部長、一ついいですか」
「ええ、どうぞ」
「この人、部長と同類ですか?」
「稲本くん、その質問はどちらに対しても失礼よ」
「アンタが言うのかよ!? そんじゃ改めて訊きますけど、八辻先輩が言ったのって、俺らくらいの中高生の男子が棒状の物をふざけて男の……アレに見立てるやつ、で合ってますか?」
「その確認を何故言った本人にではなくて私にするの?」
「アンタ、普段から下ネタ言いまくるだろ」
間違ってない。
何一つ、間違っちゃいない。
部長はどこか腑に落ちない様だが、事実だ。
「否定はしないわ。でも蕾の悩みはね、そんな思春期真っ只中の男子中高生と同レベルの問題ではないのよ」
「じゃあどうしてこれが卑猥なんですか」
てっきり棒状だから、男性のアレを連想するから、という安易な考えが正解だと思っていた。
八辻先輩は何も言わずにテーブルに置いたボールペンを取り出した。そしてキャップを取り外し、先端の部品を回して取り外した。
「夏緒里、ボールペンないかしら?」
もう一本必要らしく、部長はたまたま自身の制服の胸ポケットに入っていたボールペンを「赤色で良ければ使って」と差し出した。
八辻先輩はそれを受け取り、カチッと音を立てて赤色のボールペンの先端を出した。
ペン先が問題なく出るのを確認すると分解した黒色の方の先端の部品を取り、口径が狭い細くなっている方をペン先に入れた。
そして無言のままカチッ、カチッ、と何度がペン先を出したり戻したりを繰り返した。
「……この動作、卑猥……だよね?」
向かい合って座っているので、問いかけは俺に向けられていた。
「……どこが?」
思うがままに返した。
我ながら年上相手に素っ気ないが、理解が落ち着かないので仕方がないだろう。
「……この、穴が空いていて、ある程度深さもあって、それにペンの先端を入れたり戻したりする動き……どうしても、ひ、卑猥に見えちゃうんですっ!!」
ボールペン片手に目頭が熱くなっていた八辻先輩だが、今にも涙がこぼれ落ちそうではないか。
「……部長、また確認いいっすか」
「ええ、どうぞ」
「……この人、やっぱり部長と同じ変態ですよね」
すると部長はムスッとした顔で睨んできた。
「今の発言は撤回してもらいたいわ! 他人を変態呼ばわりするなんて悪意しか感じられない……私にも堪忍袋というものはあるのよ!」
「てめぇの日ごろの言動、胸に手を当てて思い起こせ。俺の袋はもう底がないんですけど」
友人を変態呼ばわりされるのはとりあえず良いのだろうか。
この人、友達よりも自分のことを言われて怒るよな。
「そもそもこの人がボールペンを卑猥に感じるの、二本必要だし、片方を分解する必要あるし、手間かかってますけど」
ペンなどの棒状の、細長い形をしたものをただ見て、それを男性のアレに見立てるだけなら手間などない。それっぽいものが見えていればいいのだから。
卑猥に感じる物を見たいが為に面倒なプロセスを踏んでいるような気がしてしまう。
「……その、ポールペンだけじゃないんです」
八辻先輩はか細い声とともに恥じらいに満ちた顔を上げ、部室の壁掛け時計を指差した。
「……時計が何か?」
「……数字。"6"と"9"……」
少し震えた指先にあるのは一般的な壁掛け時計。
秒針がカチカチとせっかちに木霊し、分針とそれ以上にのんびり屋な時針がジッとしている。
円状の時計を一周するように配置されている"1"から"12"までの数字。そのうちの二つの何が気になるのだろう。
「たとえば6なら、その……丸みを帯びている部分と描き始めの部分があるでしょ?」
「……そうですね」
「書き始めの線の部分を伸ばして、それをジッと見ると……その……」
「その……?」
「…………うぅぅぅ、だっ、ダメっ!! 卑猥に見えて恥ずかしくなっちゃうっ!!」
八辻先輩は意味不明な言葉とともに目尻から大粒の涙が溢れそうなほどグッと瞼を閉じ、頬を染め上げながら俯いた。
「……なるほど、そういうことね」
数字から卑猥さを感じることもそうだが、それを見て理解できるこの女を俺はいつまでも理解できないだろう。
「何がわかるんだよ……いや、なんでわかるんだよ」
女同士の友情とかそういう青春っぽい綺麗なものではなく、変態という名の同類だから理解を深めるのだと、無理矢理理解した。
「数字の書き方にもよるけれど、6でも9でも、最初に書く部分を曲線ではなく直線的に書いてみるとわかりやすいわ」
部長の言う通り頭の中で数字の6を書いてみた。
何一つ難しいことはなく、ただ6と書くだけだ。
「……どこが卑猥なんですか」
「女性の私たちよりも男性である稲本くんならピンと、いやビンビンと来なくて?」
「いちいち卑猥な表現にすんじゃねぇよ」
ピンと来る、と言うよりもビンビン……。
ビンビンという語感、嫌でもアレを連想してしまう。
「アレから放たれる物があるわね」
「放たれるって、そりゃ……」
また『アレ』が出てきた。
が、今回の『アレ』が意味するものは自ずと限られる。
「……まさか」
その小声を、部長の鼓膜は聞き逃さない。
「その通りよ! 最初に書く直線の部分、ここは鞭毛と呼ばれる運動を司る尾部ね。丸い部分は頭部、遺伝子情報を含む核のことね」
「…………は」
「つまり数字の6と9は精子よ、精子!」
「いやただの6と9だろ! どうしてそんなにテンション高いんだよ」
◆
物には必ず取扱説明書があるが、組み立て方やトラブル時の対応方法など、だいたいそれを見ればわかる。
こういう場合はこうしろ、と載っている。
人間一人ひとりに、そんな丁寧なものはない。
だからその人物の容姿や言動などからある程度パターン化する。
こういう人間はこういうタイプだ、と根拠もない括り付けを行うわけだ。
絶対的な根拠もないものでも、今の俺は欲している。
藁にもすがる思いだ。
ギター部の部室には今、藁すらない。
「うぅぅ……私って、変だよね。やっぱり……」
もちろん変だ。
絶対に、変だ。
誰がどの角度から見ても、変だ。
頬を染めて自らを責め苛む彼女に敢えて何も言葉をかけないのは、憐れみなんかじゃない。
呆れというのも少し違う。
わからないのだ、このタイプの人間にどう接するべきか。
「蕾、俯くのはその辺にして顔を上げなさい。人間なんて、いえ、女子高生に限ってもこの世の中にごまんといるのよ。蕾のような女子高生が一人や二人いても不思議じゃないわよ」
こんな女子高生ばかりの社会になったらと考えると背筋が冷たくなるが、そんなことをいう部長も部長だ。
この志崎夏緒里という女、これも取扱説明書がない、そしてパターンとかタイプとかがわからない場合と言えよう。
だってエグい下ネタ平気で言うし、そういう下ネタ大好きだし。
そんな女子高生が大衆的な部類に入るわけがない。
だがもう一人、よくわからないパターン、それがこの八辻蕾だ。
部長は自ら、平気で、恥じらい一つ見せず、少なくとも俺の前では場の空気を読まず、呼吸感覚で下ネタを口にする。
直接的にエグい表現を用いることに躊躇いがなく、まったく抵抗がないのだ。
一方生徒会長の八辻蕾、彼女は直接的な表現で下ネタを口にする様子はない。
卑猥に感じてしまう、との悩みを吐露する際もその顔は羞恥に満ちていてた。
彼女と顔を合わせて三十分も経っていないが、少なくとも部長のように下品な言葉を好き好んで口にすることはないと判断した。
部長と親しいのなら下ネタを耳にするだけなら耐性がある可能性は否めないが。
副部長という例もあるので。
「稲本くんがやって来る前、夏緒里たちには話したけど、最近我慢できなくなってるかもって……。それがとても心配で」
「我慢?」
「ボールペンの先端や時計の数字を見て卑猥に感じるよって変……だよね?」
「はい、そうですね。絶対に変ですね」
この人、ある意味部長以上に変なタイプだが、恥じらいと自覚を持っているので、俺的には部長より数倍、いや数十倍はまともな人間な気がした。
「今までは卑猥に感じるものを見ても心の中でそう思うだけで、表情に出てしまうことがなかったの」
「最近になって変わってきたってことですか?」
「うん、今までは別にドキドキしなかったけど必要以上にドキドキしてしまったり、さっきのように顔が赤くなったりとか……。同じクラスの人や友達の前ではなんとか抑えていられるけど、いつまで持つか不安でで……」
強いなこの人、抑えられているのか。
この会話、事情を知らない他人が傍から見たら笑うかもしれない。
俺と向かい合っている顔には見逃せない陰りが鎮座している。
晴天を包み隠す薄暗い雲を見せられると、笑うに笑えない。
「……そうなんですね。でも真剣な悩みなら著しく羞恥心が欠如している部長を相談相手にしたのは誤りですよ」
「待ちなさい稲本くん! 温厚な私でも聞き捨てならない発言を何度も許すほど甘くないわよ」
「どの口が言いやがる……」
「もちろん上の口よ、下の口ではないわ!」
「そういうとこだよッ!!」
バカだな俺は。
昨日と同じ過ちを流れるようにしてしまった。
「とにかく稲本くん、蕾が私を頼ってきたのは長い付き合いだから、という何の変哲もない理由よ。何か悩みがあって、心に余裕がなくて、話だけでも誰かに聞いてもらいたくて……そういう必死な状況でも自分を知っている人間に頼るのは自然なことよ」
「確かに、そりゃそうですね」
つまり八辻先輩の方が藁にもすがる思いだったわけか。
俺は彼女にとって藁になれそうにないが、長い付き合いがあるのなら部長の方が溺れそうな心を救うのに適しているのは当然だ。
「でも顔が赤くなって様子がおかしくなっちゃうと大変だし、周囲からおかしく思われちゃうよね」
湯気の立ち騰るコーヒーカップを小さな両手で包みながら、副部長はもの思わしげな瞳を向けた。
八辻先輩がボールペンの先端や時計の数字を目にしてあんな様子を見せたのは、部長や副部長がいたからだろう。
部長は八辻先輩の素性を知っているし、副部長もそれなりに親しい間柄だろう。
そんは二人がいない状況でさっきのような様を他人が目にしたら、その他人は俺と同じ心境になるはずだ。
十中八九どころの話じゃない。
なんだコイツは____、ほぼ間違いなく十人いれば十人がそう思う。
しかも生徒会長という肩書きが余計に肩を、心を重くするのかもしれない。
「春音の言う通りね。私たちは蕾のことを理解しているから、何かを卑猥に感じて取り乱す蕾を見ても偏見など持たないわ。そして稲本くんも、もう問題ないわよね?」
「待ってください理解のために時間はください」
「理解しようとする姿勢はあるのね。とにかく、このままでは蕾の学生生活に支障を来たす由々しき事態なのよ」
「で、どうするつもりなんです?」
部長はソファから立ち上がり、悩める友を力強く指差した。
「変えるのよ……私たちの手で!」
「変える? 蕾ちゃんを変えられるのかな……」
「何を言うの春音、この世の中に古通りのまま後世まで伝わっているものが果たしてどれだけの数あると思うのかしら? 変わらないもの、変えられないものなどこの世に一つたりともないのよ!」
「へぇ〜、そうなんだぁ……」
「人間だって変わろうとすれば変わるものよ。世の中を見てみなさい。石●政権は高●政権に、れ●わ新選組はナントカの党に変わったじゃないの」
「ほんとだねぇー!」
「名前だけ変わっても結果や中身が同じなら無意味だけどな」




