7-3
「そういえばね、春音」
「うん、なにかな」
部室に入って、かれこれ十分は経過しただろう。
ギター部の部室は普通教室と同じ広さ。
そこに男子高生一人、女子高生二人。
ギターを演奏する部活であり、美室内に練習用のギターやエフェクター、小型のアンプなどは置いているが、この人数ということもありかなり広々としている。
「街中には当たり前のように点字ブロックが設置されているわよね」
「うん、目が見えない人もいるもんね」
「点字ブロック、あれ……コンドームの表面にあるぶつぶつしたイボを連想させるから視覚型セクハラに該当しないかしら?」
「普段加害者のくせに被害者ヅラすんな」
秒でツッコんでしまった。
被害者ヅラした加害者を見ると、キョトンと首を傾げているではないか。
「……何故私に加害性があるのかしら?」
「日頃の自分の言動について思い当たる節は?」
「稲本くん、まず貴方の誤解を解いておくわ。私、日頃から相手や場所を選ばずに下ネタばかり口にしているわけではないわよ」
「どの口で言いやがる」
「無論、上の口よ!」
どの口でと言ったがこれはフリではない。
それなのに部長が待ってましたと言わんばかりの勝ち誇った顔なのがムカつく。
苦い苦いコーヒーが優しくまろやかなミルクのように感じてしまうのは、きっと俺の味覚がおかしいわけではない。
豆を焙煎した成れの果て、この黒い液体がバターのように舌の上で溶けて歯の間まで甘く染み込む感覚を抱くのは何故だ。
「あの二人とも、そろそろ部活らしいこと始めませんか?」
そうだらここは部室だ。
読んで字の如し、部活動のための部屋だ。
コーヒーや紅茶を片手にゆっくり過ごすのも悪くないが……まったくゆっくりした時間ではないが、ギター部なのだからギターの練習に打ち込むべきなのだり
「貴方はせっかちね。もう少しティータイムを楽しもうという心の余裕を持つべきよ」
「俺が来て十分以上経ってますからね。二人は俺より早くいたわけでしょ?」
しかも洒落たデザインの容器に注がれたティーをご用意してたわけだ。
真面目な話、俺が来るまでの間、練習できたというのに。
「その通りよ。だって教室では下ネタで盛り上がれないもの」
「部室でも盛り上がるな」
そもそも教室で許さねない会話が部室では許されるのだろうか。
「花の命は短いものよ。貴重な青春の時間だからこそ好きなことに心を燃やして、何も悪いことなどないわ」
「部長はTPOって知ってます……?」
「チ●チン、パイ●リ、最後のOは女性器に見えるわ」
「言葉の略で答えろよ!」
無論、そういう問題でもないし、そしてこれもフリではない……断じて。
「夏緒里ちゃんってば、チン●ンなんて小学校の低学年みたいで可愛い表現使うね〜」
この発言だけ切り取れば嫌味にも思えるのだが、副部長が部長に向けている笑みが親しい仲に向けるそれでしかなく、悪意を感じないので嫌味に思えない。
「そもそも女性器と比較して男性器って俗語が多いのよ。チンチ●、チン●、チンポ●、ペ●ス……食べ物でもそれに喩えられるモノがかなりの数あるわね。SNSで自称フェミニストが炎上して自滅するのをたまに見かけるけれど、ああいう人間は俗語の数に男女で差があるというのに叫ばないのかしら」
そういうタイプの自称フェミニストと部長が口喧嘩したらどうなるのだろう……。
ダメだ、俺は何故少し見たいかもとか思っているんだ。
「……二人がやらないなら俺だけ練習しますからね」
さて、茶番もここまでだ。
真面目に練習したいのでこの二人は無視しよう。
これ以上は無視して、コーヒーだけご馳走になって、あとは貴重な一秒一秒を上達のために費やすことにしよう。
と思って矢先、二人も流石に察したのか、手にしていたカップを受け皿に置いた。
「そうね。新入部員だけが張り切って練習に励む部活なんて部長として見過ごせないわ。春音、私たちもそろそろ激しくイジりましょうか」
その含みのある言葉を耳にしておっとり口調で「そうだね」と緩く返事をする副部長。
二人はソファに立てかけていたケースからそれぞれの物を取り出す。
俺は既に二人が手にした物とは形状は異なるが同じ呼称の楽器を手にして、チューニングをしている最中だ。
「では今日も練習を頑張りましょう。私たち、ギター部の練習を」
こうして今日も俺たちの部活、ギター部の活動が始まった。




