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5-1

【二〇XX年 五月二日 土曜】

東京都 千代田区神田 秋葉原駅



 五月の風物詩ともいえる大型連休に入り、しかも土曜日だ。

 それ故か、秋葉原の街は訪れる者たちの喧噪と行き交う人々の波に呑まれていた。

 現在地だが東京都千代田区外神田一丁目、JRの秋葉原駅。

 我が家から最寄の世田谷代田駅から小田急小田原線で新宿へと向かい、更にそこから総武線に乗り換え、たった今構内へと降り立ったのだ。

 旅費にして376円、時間にして三十分程度の短く小さな旅を経てわざわざこんなオタク臭い街へやって来たのには当然理由がある。※


「ほらほら拓弥、早くーー!」


 我が家の四女であり、俺にとっては二つ上の姉であるこの人の目的に沿ったに過ぎない。


「はしゃぐなよ玲亜れいあ姉さん、危ねえだろって」


 大人びた風貌をしているためか、玲亜姉さんは良くいえば落ち着きあるように映るが、それはこの人のプライベートを知らぬ人間が勝手に抱く幻想のようなものに過ぎない。


「だってさ、せっかくデートなのに拓弥ってば電車の中でスマホばっか見てさ、私と話してくんないんだもん」

「デートじゃなくてパソコン買うための付添いな。それに、あんな混んでる電車の中で姉相手に話しかける弟なんて嫌なんだけど……」

「そんなことないよ! 人目を憚らずお姉ちゃんに積極的に話しかける弟とかポイント高いからね。缶コーヒー買えちゃうね」

「どうせならもっと高いモン買えるだけのポイントにしろや」


 いや、そんなポイントいくら溜まって俺的に嬉しくないから。

 世の中、物価高だの言われているが、缶コーヒーなどそんなに高い買い物じゃない。

 そもそも、何故だ。

 何故らパソコン一台を買うためにわざわざ秋葉原まで行く必要があるのだろうか。


「なぁ、姉さん? 今更だけどよ、どうして秋葉原なんだよ。わざわざ秋葉原まで行かなくてもさ、新宿にだって大きな店あんだろ」


 もちろん同じ都内だからそれ程苦ではないのだが、問題はそうした金銭的、時間的なものではない。

 新宿にも大型の家電量販店は幾つかあるのだ。


「そんなの決まってるじゃん! 秋葉原はオタクの街であると同時に家電の街でもあるんだよ」

「そんな理由でかよ……。まぁ、わからねぇでもねぇけど」


 こんな理由でも、俺の姉達の中では割とまともな理由だと思えた。

 所謂アレか。『この商品はこの店で』的なアレか。ただ、それでもパソコンなんて今の時代オンラインでも買えるのだが、玲亜姉さんの場合、ネットオークションで古いものを購入し、失敗したという経緯から直接自分の目で見たいと。

 俺も柄にもなく、思わずこんな約束をしてしまったのだ。


「とにかく今日は約束通りたっくさん付き合ってもらうからねっ! あ、お昼ご飯は奢ってあげるから好きなもの言ってね!」

「そうか。んじゃ、●ヤングソース焼きそばで」

「駅を出たタイミングでお家で食べられるもの言うのやめてくれるッ!?」


 だって美味しんだもん、ペ●ング。

 実家がどんどで太くても、ああいうもん摂らないと食のバランスが崩れてしまう。


「はぁ……とにかく、今日は一日中、可愛い弟を独り占めできるもんね!」

「姉さん、独占禁止法って法律知ってる? あれって姉が弟に対して遵守しない場合は死刑なんだよ」

「そんな物騒な法律初耳なんですけどっ!?」

「日本は法治国家なんだ。きちんと守れや」

「……今日だけ日本の法律が適用されないって設定で」

「川口市かよ」

「拓弥、それヘイトよッ!!」


 冗談はさておき、普段訪れる機会が少ない秋葉原の街を駅構内から見渡してみる。

 家電の街秋葉原には、数多くの家電量販店が所狭しと建ち並ぶ。

 大型の店舗はもちろん、PC部品を扱う小型の店舗も多く、マニアックな層向けに構えているような店もある。ジャンク品ばかりを扱う店もまあまああるようだ。


「新作とかあるかな?」

「そりゃデカい店だし、寧ろ新しいのしかねぇんじゃねぇのか?」


 秋葉原駅の昭和通り口改札を出て直ぐ、左を向くと、客人たちも招く内容が記された目立つ看板がある。

 間違いなくこの秋葉原の中で最大規模の量販店だろう。


「確かに、これだけ大きなお店だしね。きっといい子が見つかるよね」

「犬か猫を買いに来たんですか、アンタ」


 改めてだが、今日はGW真っ只中で、しかも土曜日だ。

 平日以上に人が行き交う。

 現にこうしてデカい文字の下で佇んでいる間にも、何人もの客達が店舗の扉を出たり入ったりしている。


「ほら、邪魔になるしさっさと入ろうぜ」

「うん、そうだね」


 気が付くと、自然と俺の方が姉さんを引っ張るような形となっていた。

 無論、実際に物理的に引っ張るという意味ではない。

 こんな大勢の前で実の姉の手を掴むだなんて恥ずかしくてできっこないし、服の袖を掴むのも抵抗がある。

 さて、店内に足を踏み入れると、日々多くの客を招き入れるに相応しい大きな空間が海のように広がり、その中にズラリと並ぶ家電製品とそれを客たちに勧める制服に身を包んだ店員の姿が映り込む。

 大型で人の出入りが激しいだけあり床にはそれなりに傷や汚れが目立つが、それでも清掃がされていることがわかる程度には薄っすらと客の姿を反射している。

 真っ白な照明が店内を照らし、買われることを待ち焦がれる商品たちを美しく見せる。


「本当に広いな、ここ」

「私もね、秋葉原アキバに来たら必ずと言っていいほど寄るよ」

「必ずって、毎回か。こんだけ広くて品揃えも良さそうなら、退屈しねぇよな」

「家電ってさ、なんか見てるだけで楽しいよね〜!」


 それはすげぇわかる。

 適当に配信で観たやつで『家電芸人』みたいな回があったな。

 用もなく訪れる人が多いのだろう。

 店的には買い物しない客なんて迷惑だろうけどな。


「なるほど、ぼっちの姉さんでも楽しめるってわけね」

「ちょっ!? 私が今ぼっちなのは関係ないでしょ!  ……まあ、そうなんだけどね」

「やっぱり、独りで来てたのかよ……」


 可哀想に、いや、ホントマジで。

 誰か貰ってくれよ、うちの姉さんを。

 弟の立場でこう評価するのもアレだが、アイドル声優として売り出されているだけあって見た目は綺麗な黒髪で涼やかな清楚系……に見えなくもないし、彼氏でもできれば人生変わるぞ……俺のな。


「でもでも、今日は拓弥と一緒だし、だからぼっちじゃないもん!」

「あぁ……"今日は"な」

「いやいや、これからも二人の予定が合う日はこうして買い物行こうよ、ね?」

「予定が合うって、今日はたまたま玲亜姉さんだけ仕事なかったんだろ。姉さんもアニメのイベントとか収録とか土日にあったりするだろ?」


 稲本玲亜いなもとれいあは、声優としては若手だが人気はあり、仕事数でいえば美沙貴みさきよりは上だ。

 アイドル声優は当然の如く表舞台に顔を出し、スポットライトの下人前に出て喝采を浴びる職業……もちろん、氷山の一角に過ぎないはずだが。

 それでだ、オタクたちは自分の好きな声優が出演するイベントには同然参加したがるもので、そうした催しは土日が多いが、GWという大型連休の期間は金を使うオタクの財布の紐はついつい緩み、そこに声優を差し出してオタクから金を絞り取る側からすれば好機に違いない。


「うぅぅ……こうして拓弥と二人で買い物出来るのは嬉しいけど、でも声優としてはイベントとか多いGWの日に休みがあるってやっぱり……」


 もっとも、当の本人は複雑な心境のようだ。

 ブレイクして間もない玲亜姉さんがGWの期間中に休日があること自体、変わっているかもしれないし、当たり前なのかもしれない。


「店の中でネガティヴになんなよ。ブレイクできて幸せだろう。これから頑張れば休みがない程に売れっ子になれるかもよ」

「うん……ありがとう。そうなるように、頑張るよ。弟と過ごせるお休みはたまにはほしいけどね」

「精々頑張ってくれ。姉さんが売れれば俺は子守りをせずにすむ」

「拓弥くん、当たり前だけどお姉様の方が歳上ですからね」


 落ち込む姉を相手にしても変に気を遣わず胸の内を包み隠さない俺___マジ弟の鑑だろ。

※2026年現在の運賃(Yahooで検索)

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