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俺にはアイドル声優の姉が5人いるのだが、全員ブラコン過ぎて困る!  作者: 松葉葉志
4.ギターの練習にメトロノームはいらない
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4-3

 モニターに映っているのは、間違いなく姉達かぞく以外で俺のことを最もよく知る異性である、幼馴染の弓野。

 そしてもう一人、よく知る後輩である明浜。

 モニター越しに視線を送る二人に奪われていた視線をすぐに外し、鋭い風のようにその場を慌ただしく後にする。



 ◇



「あっ、こんにちは、拓弥くん!」


 にこやかに挨拶をする幼馴染の姿があったのだ。

 そして、もう一人。


「えぇぇぇーーーーんん! 先輩〜〜〜〜!!」


 柔らかさのある弓野とは違った明るさ、というかいきなり距離を詰めて来た明浜。


「わわっ、天璃ちゃん! 落ち着いて、拓弥くんがビックリしちゃうよ」

「あ、そうだった……ごめんね先輩、突然来ちゃって」


 事あるごとに、俺は彼女に対して長年の付き合いになる幼馴染という認識で接するが、先程の返答で俺が意外そうな口振りで彼女に尋ねたのには、もちろん理由がある。


 アクセル全開の明浜、上手くブレーキをかける弓野。  

 随分と慌ただしい。


「明浜、あと弓野も、一体どうした?」


 弓野がこうして我が家を訪れるのはそこまで珍しくないが、けっこう久々だと思う。

 そして後輩である明浜だが、彼女は初めてだ。


「えっと、この間みんなでお花見に行ったでしょ。 そのときに撮った写真をプリントアウトしたから持って来たの」


 すると弓野は小さなショルダーバックを肩から下ろし、徐ろに手を入れて白色の紙製の包装を取り出しは「はい、これ」と俺の前に差し出した。


「わざわざこれを渡すために来てくれたのか。GWゴールデンウィークっていっても、今日と次の土曜までに普通の平日挟むから、写真なら明日にでも学校で良かったのに」


 俺の幼馴染は随分と親切だ。

 この間クラスのみんなで花見をしたときの記念写真をわざわざ届けてくれたのだ。

 手を煩わせてしまったのではないかと小さな罪悪感が芽生えたが、こちらを捉える大きな瞳を見てその芽は短命に終わった。


「ううん。早く渡してあげたいなって思って……えっと、迷惑じゃなかったかな?」

「いや、ありがとな」


 礼を伝えると、彼女の表情が一変する。

 感謝の意を伝えて気を悪くするはずがないが、俺の目をしっかりと捉えていたはずの大きな瞳は、やや横を向き始めたのだ。

 頬はあかいと表現するにはオーバーだが、まさに先日クラスの連中と訪れた花見スポットの桜の木からゆるりらと泳ぎ舞う花びらとよく似たうっすらとした色に染まっている。


「う……ううん、お礼なんて別にいいよ。 ほら、用事があってね、それでその帰りに拓弥くんのお家の前を通ることになるから、だからその……ぜ、全然お礼なんて言わなくてもいいんだよ! 私が勝手に善かれと思ってしたことだから……」

「そ、そうか……」


 どこか恥じらう弓野、その隣で大きな瞳を潤ませて熱い眼差しを送る明浜が口を開いた。


「それで、明浜は何の用で? 明浜は俺の家に来るの初めてだよな」

「うん! たまたま鼓ちゃんと会って先輩のお家に行くって聞いたから、あたしもついて来ちゃった! 先輩にお願いがあって……」

「俺にお願い?」


 すると明浜は普段の明朗快活めいろうかいかつな雰囲気を閉ざすように表情を鎮め、どこか怪訝な眼差しを向けてきた。


「あのね、先輩……ギター、教えてほしいの」

「え、ギターを……俺が?」

「うん、先輩にギターを教えてほしいの!」



 ◇



「お邪魔しまーーす! うわぁ……先輩のお家、ほんと大きいよね〜〜!」

「お、お邪魔いたします……」


 よそよそしいというか、畏まっているというか、少し緊張した面持ちと声色で弓野は我が家に足を踏み入れた。

 対照的なのが明浜で、キラキラと無邪気な表情で見回している。


「弓野、そんな緊張すんなよ。俺の家、初めてじゃないだろ」

「うん、でも拓弥くんのお家にお邪魔するの、けっこう久々だから……」


 腰を低く落として脱いだ靴を綺麗に並べる弓野の細い後ろ姿にそう言いながら、少し昔のことを思い出す。

 俺の両親と弓野の両親は仲が良く、特に母親同士が学生時代から友人だったらしい。

 そういう縁もあり付き合いは長いが、最後に弓野が我が家に来たのは、記憶が正しければ中等部時代。けっこう前だった気がするな。

 そうこうしている間にリビングに着いた。

 扉を開けすぐ左、そこにあるのは我が家で【客間スペース】と呼ばれている謂わば応接のためのスペースがある。

 誰が呼称したのか、いつから広い広いリビングルームの一角がそうなったのか、住居する俺もよくは知らん。

 声優業をする姉たちの職業柄、この家には様々な人が訪れることがしばしばある。目的も職種も多種多様だ。

 遊び目的で訪れる者の少なさなのだろうか、設けられたテーブルを弓野は食い入るように見ている。


「うわぁ……テーブルもそうだけど、やっぱり先輩のお家って大豪邸だね! 一日中見て回っても飽きないかも!」

「いや、確実に飽きる。デカくても一日あれば余裕で全部屋見れる」


 明浜はまるでテーマパークに遊びに来ているような無垢さだった。


「あはは、さすがに一日あればそうだよね」

「確かにデカいというか、両親が気合い入れてさ、代田しろたなんかに何故かこんな家を建ててさ」


 世田谷の中でもここ代田地区は低層住宅地である。大規模な公共や商業の施設はないのだが、新宿に近いということもあり住宅地としての人気は高いようだ。

 高層住宅が多いイメージがある世田谷の中で、何故か自他共に大豪邸と表現するに相応しいこのデカ物ハウスは代田地区のいただきに君臨しているのだ。

 両親は二人共海外にいることが多いが、俺たち姉弟していの両親は良くも悪くも"ズレている"人である。且つ"抜けている"人でもある。

 それ故に、『高級___つまり金持ちといえば世田谷だろ!』程度にしか考えていなかったのかもしれない。

 低層住宅が集うこの地区にこんな大豪邸を建ててしまったら、そりゃ目立つだろよ……。


「あははっ、確かに拓弥くんのお家ってこの辺りだととても目立つよね」


 苦笑を浮かべる弓野の言う通りなのだ。

 俺はまだいいが、姉たちは声優、それも今をときめいてしまっている【アイドル声優】ってヤツだ……。

 いや、いちいちアイドルと強調せずとも"女性声優"と呼称すれば意味は通る。

 ちなみに俺は、姉たちを一人の人間という括りで嫌っているわけではない。

 一人の声優、有名人として嫌うつもりもない。ただ、俗に言う【女性声優】については、上手く言葉にできないが疑問に感じている。


「取り敢えず座っててくれよ。飲み物だけど、水とかお茶ならあるけど」

「うふふっ、拓弥くんは優しいね。そんなに気を遣ってもらわなくても大丈夫だよ」

「ごめんね先輩、突然お邪魔しちゃって。これ、手土産なんだけど良かったらどうぞ」


 朗らかな態度で遠慮する弓野、それに続いて明浜が紙袋を渡してきた。

 ずっとそれを手に持っていたので視界には入っていたが、渡されたその中身を確認すると重みのある箱に包まれた何かがそこにはあった。


「えっと、これは」

「トマトジュースだよ! 先輩、トマトジュース好きなんだよね? 鼓ちゃんが教えてくれたんだよ」

「そ、そうか……ありがと」


 こういう時に手土産でトマトジュースはよくあるのか知らないが、とりあえず好物なので有り難く受け取った。





 話を聞くと弓野は用事で午前中から出掛けていて、その先で明浜とバッタリ会ったらしい。

 そこで俺の家に行くつもりだと伝えて明浜も一緒になったが、訪問前に手土産としてトマトジュースを百貨店で購入したと。

 ちなみになかなか高級そうなのだが、お金は親からもらったようだ。お世話になっている人がいてお願いしたことがあるから手土産を渡したいと伝え、お金を渡されたとのことだ。

 トマトジュースは冷蔵庫に入れた。

 客人への飲み物だが、無難にお茶。外は天気も良く暑いし、アイスティーにした。

 用意した時に二人も手伝うと言い出して、客人なので悪いと思ったが結局は言葉に甘えた。

 グラスに注いでそれをテーブルに置き、三人仲良く会話を弾ませて、喉の渇きを癒すために口にする。

 ごくごくと飲み干して、本題に入る。


「……それで、明浜たちは部活の催しで演劇をすることになったと?」


 明浜は俺より少し遅いタイミングでアイスティーを口にしていた。

 口に含んだそれを飲み込むと、柑橘系の芳香漂う使い捨てのおしぼりの隣にグラスを置いた。


「そうなんだよ! チアリーディング部のイベントの一環でね、他の中学校と一緒になってお芝居をやることになったんだ。あっ、お芝居って言っても簡単なやつだけどね」


 明浜はチアリーディング部に所属していて、その活動の一環で他校と合同で劇のようなことをするらしい。

 他校との親睦を深める、地域交流を図る、という名目のようだ。


「そのお芝居の中で天璃ちゃんはどんな役なの?」


 弓野は両手で優しくグラスを包み込みながら訊ねた。


「あたしの役は、"生き別れた両親を探す旅を続けるギター少女"だよ」

「どんな台本なんだろう、それ」

「ちなみに部長の子が主役で、あたしは敵役なんだ」

「親探してギター弾いて敵なのか……」


 劇の内容が頭に入ってこないのは、使い捨てのおしぼりを丁寧に畳んでいる弓野も同じようだ。

 何とも言えない苦笑いで、首を少し傾けていた。


「とにかくそのお芝居の中でギターを弾くシーンがあって、でもあたし、ギター弾いたことなくて……」

「それで拓哉くんにお願いしようと思ったんだね」

「うん! 先輩、ギター上手って聞くし、小さい頃からやってるんだよね? だから、もし迷惑じゃなかったらでいいんだけど、教えてほしいなぁ〜って」

「なるほど、そういうことか……」


 とりあえず、事情は理解できた。

 確かに幼少期から弾いているのでギター歴は年齢にしては長いと自負しているが、自分で弾くのは良いが他人に教えたことが全然ない。

 友達に少し教えたというか、軽いノリで弾かせたことならある。

 だが、皆ギターにはハマらず、やれゲームだの、やれ野球やサッカーだの、各々没頭するものがあるので、中等部時代に同世代に教えるという経験がなかった。


「えっと……ダメかな?」


 眉を上げて困り顔。

 どこか申し訳なさそうにも見える。


「ダメじゃないけど、俺、誰かに教えるって経験がほぼないけど、それでもいいのか?」


 素直に伝えると、明浜の表情から翳りが吹き飛んでいつもの通り晴れ晴れとなった。


「ぜんぜん気にしないよ! 頼れるの先輩だけだし、迷惑じゃないならお願いしたいな!」


 教えるといっても金をもらって本格的なレッスンをするわけではない。

 明浜は良い後輩だし、中等部時代からの付き合いだ。


「そうか……まあ、そこまで言うなら」


 少し考えたが特に断る理由もない。

 とりあえず了承した。


「えっ、ほんとに!? わぁーーい、ありがとう、先輩!」


 クシャっとした笑みが返ってきた。


「良かったね、天璃ちゃん」

「うん! 鼓ちゃんも連れて来てくれてありがとね!」

 

 ちなみに明浜は中等部三年で、高等部一年の俺と弓野の一つ下。

 よく知っている間柄ではあるので敬語ではなく、呼び方も俺に対しては「先輩」、弓野に対しては「鼓ちゃん」だ。

 そこまで親しくない場合は普通に敬語で話すが、年上でも仲が良ければフレンドリーな接し方をする。


「ところでその劇はいつ頃あるんだ?」

「三週間後だったかな……来月の十五日だよ」

「今日は四月二十九日だから……十六日後だな」


 気になるのが、本番でどんな曲を演奏するかだ。

 約二週間で初心者が難しい曲をマスターできるはずもなく、GWは部活の練習もあるだろう。


「どんな曲をやるかは決まってるのか?」

「曲というか、短いフレーズでもいいから演奏してほしいって言われたよ」

「そうか」


 ライブのように一曲丸々演奏するわけではないようだ。

 それから簡単なコード進行なら練習すればおそらく間に合うだろう。


「あ、それじゃ先輩、あたしはそろそろ帰るね。長居すると悪いし、学校でよろしくね」


 グラスの中身を空にして、明浜は細く引き締まった体をピョンと起こした。


「え、学校でって、もしかしてGW明けから練習するつもりか?」

「え、そうだけど……もしかして、それだとダメかな?」

「ダメというか、簡単なコード弾きならなんとかなると思うけど。ただ本番を考えるともっと早めに練習した方が良いと思うぞ」

「そ、そうなんだね……!」


 どうなら明浜はGW明け、しかも学校で教わるつもりだったようだ。

 高等部と中等部は同じキャンパスにある。ついで言えば幼稚園から大学まで同じキャンパス内にある。

 どちらに移動して教える、ということは可能だが、GW明けから始めるのは余裕がないかもしれない。


「天璃ちゃん、ギターは持ってるの? あと教材本とかは?」


 弓野が明浜に確認してくれたが、そもそも練習するためのギターがなければ意味がない。


「うん、ギターは中等部の音楽室にあるのを借りてるんだ。教材本は……本屋さんで買えると思うけど、ネットで探したり、YouTubeじゃダメ?」

「簡単な曲ならYouTubeでも問題ないかな。でも一人で練習続けるのは限界あるというか、ある程度教材の中身が頭に入ってると理解しないと思う」


 明浜は怪訝に「う〜〜ん、ギターって難しいんだね」と小さく唸った。

 ふと時刻を確認すると、まだ14時にもなっていない。

 当然、外は明るい。そして暑い。


「……なあ、もし時間あるならここで少し練習するか?」


 明浜は目を大きく開いて「え、先輩のお家で? いいの!?」

「明浜が大丈夫なら。俺のギター使えばいいし。簡単なことならここで教えて、あとは自主練続ければなんとかなると思うけど」

「ほんとにっ!? うん、迷惑じゃないなら教えてもらおうかな!」


 笑顔を弾けさせて、明浜は小さな拳を作り腕を曲げた。

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