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小説家 ミス・グリーン  作者: 太地 文
12/16

9章 ルーベント


「お綺麗です。お嬢さま」

 支度が終わった私を見てマーサが嬉々として呟きます。


「本当にそうしていらっしゃるとオリビアさまにそっくりでございますな」

 チャーリーも懐かし気な眼差しで正装した私を見ています。


今の私は大きく開いた襟元を隠すように芸術的な白いレースをふんだんに使った萌黄色のドレス姿です。

普段は滅多に付けないので、ドレスの色に合わせたペリドットのチョーカーとイヤリングがちょっと重く感じられます。


今日はレイモン殿下とマリーベルさんの婚儀の日です。


本来なら養子先のパーネス家が嫁親として出席するのですが、父は辺境の警備(という名目の配流)に忙しく、母は療養中(あれ以来、引き籠り)なので名代としてマリーベルさんの実の御両親のカンド男爵夫妻が行かれることになっています。


ですが親族としてパーネス家の者が誰も参列しないというのは外聞が悪いので、年は同じですが生まれ月は私の方が早いので義理姉として出席することになりました。



「お待たせして申し訳ありません」

「いえ、大丈夫ですわ」

 顔を紅潮させて玄関にやって来たのはルーベント・カンド男爵令息…マリーベルさんの弟君です。


この春に社交界デビューしたばかりの16歳。

式やその後の祝宴で私のパートナーを務めて下さいます。


「姉上の花嫁姿を見られるよう取り計らっていただいてありがとうございます。ですが本当に僕で良かったのですか?」

「もちろんです」

 自信なさげなルーベント君を元気づけるように微笑みかけます。


パーネス家の養女となったマリーベルさんとルーベント君に接点はありません。

なので本来ならば婚儀の席に参列することは出来ないのですが、仲の良い姉弟なのにそれではあまりに不憫です。

それで私のパートナーとして出席してもらうことにしました。



 親族用の控室に行くと既にウエディングドレス姿のマリーベルさんとご両親が談笑されていました。


「まあ、リア義理姉(ねえ)さまっ」

 嬉し気に私の下に駆け寄ろうとするマリーベルさんを慌てて止めます。


「その姿で走ってはいけませんわ」

 言いながら私から彼女の側に歩み寄ります。


白いドレスに無数のクリスタルが縫い留められていて、まさしく光り輝いているマリーベルさん。

背中を覆うように長く伸びたベールが素敵です。


初めてレイモン殿下に連れられて屋敷に来た折に、私の顔を見るなり『神っ!』と叫ばれ平伏された時にはドン引きましたが…。


何度かお会いし、作品の話をするうちに漸く普通に接してくれるようになりました。

今では実の姉妹のように私のことを慕ってくれています。


為人(ひととなり)も優しくて誠実な良い方でレイモン殿下のお相手に相応しい令嬢です。


マリーベルさんのような人が本当の妹だったらと思うのは今更な繰言でしょうか。


「これはリザリアさま。この度は感謝に絶えません。マリーがレイモン殿下と夫婦(めおと)に成れるとは正に夢のようです」

「ええ、すべて貴女さまのおかげですわ」

 立ち上がって私に向かい深々と頭を下げるカンド男爵夫妻。


「いえ、この婚儀は殿下と義理妹マリーベルの互いに想い合う心が成しえたこと。私はその手助けをほんの少ししただけですわ」

「…何と謙虚な」

 私の言葉に感極まったように涙ぐむご夫妻。


その姿に少しばかり心が痛みます。

そもそもは王家の威光を利用しようと持ち掛けただけの…思い切り自分勝手な動機ですので。


「それよりお父様、黄茶豆のことでリア義理姉さまにお礼をいうのでしょう」

「ああ、そうだった」

 マリーベルさんの言に慌てて男爵が居住いを正します。


「ミス・グリーン先生のおかげでこれといった特産品の無かった我が領が黄茶豆の出荷で大いに潤っております。誠にありがとうございます」

 そう言ってさらに頭を下げる男爵に私は困惑の笑みを返します。


モートン卿との一件で別の意味で有名になってしまった『さすらいの魔法士』ですが、この作品は思ってもみない副産物を生み出しました。


主人公の性格付けとしてカフィが好物でよく嗜むという描写を入れました。

そうしましたら作品が広まるに従ってカフィの売れ行きが急激に伸びたのです。


開発部の方々のおかげでカフィ沸器が普及し誰もが手軽に美味しく飲めるようになったことも追い風となり、巷ではデキる男の代名詞としてカフィが持て囃されています。


主人公に憧れた女性たちも愛好するようになり、街中にはカフィスタンドが数多く生まれました。


当然ながらその原料である黄茶豆も高値で取引されるようになり、生産量も上がっています。


カンド男爵領もその恩恵に与り、好景気に沸いていると聞き及んでいます。


「私の小説がお役に立てたのなら何よりですわ」

 そう返しましたら、さらに感激されて大変居心地が悪かったです。




 荘厳でありなから笑みの絶えない暖かな式の後、しばしの休憩を挟んでから宴が始まりました。

まずはご夫婦となられたレイモン殿下とマリーベルさんへ祝福のご挨拶です。

爵位の高い順にお祝いの言葉を述べて行きます。


「お幸せに」

「姉のことをよろしくお願いします」

「ああ必ず」

 私とルーベント君の言にレイモン殿下は大きく、マリーベルさんは涙を浮かべて頷きます。


「落ち着いたら我が屋敷に遊びに来てくれ」

「喜んで伺わせていただきますわ。その時には新作をお持ちします」

 そう答えてからお二人に聞こえるくらいの小声でお伝えします。


「この度、白百合と黒バラの第二部を書くことが決まりましたの」

 結婚のお祝いにお二人が一番喜ぶものを考えて…続編を書くことにしました。


「なっ!」

「本当ですのっ」

 思わず身を乗り出すお二人の前で、そっと指を唇の上に乗せます。


「落ち着いて下さいませ。正式発表はこれからですので」

「わ、分かった。誰にも言わない」

「楽しみにしていますわ」

 期待に満ちた…というより熱狂に染まった目をするレイモン殿下とマリーベルさんに笑みを返すと礼をしてその場を離れます。


名残惜し気なお二人には申し訳ありませんがまだ挨拶をする方は大勢いますからね。

進行の邪魔をするわけにはゆきません。



「ルーベント殿」

 そのまま会場の壁際に行きましたら背後から声をかけられました。


「姉上のご結婚、誠におめでとうございます」

「ご手寧にありがとうございます。ランドーノ伯爵」

 慌てて礼を返すルーベント君。


相手は金の髪に深い碧の瞳をした端正なお顔の青年です。

ランドーノ伯爵とのことですが…頭の中で貴族名鑑を検索します。


確か王都の東…海に面した領地をお持ちで領内の港によってそれなりに栄えているお家の方ですね。


「五日後の私が主催する夜会に出席していただけませんか?」

「いえ、僕はまだ学生ですし。そういった集まりはちょっと…」

 困り顔で答えるルーベント君に相手は懇願するように言葉を継ぎます。


「新たな友人である君を他の友人たちに紹介したいのですよ。それに大仰に考えることはありません。年の近い者同士の気さくな集まりです」

「…僕はよく知らない人との会話は苦手なので」

 やんわりと断りを入れるルーベント君にランドーノ伯がさらに言い募ります。


「苦手ならばこそ克服をしないと。それに社交を覚えた方が君の為にもなります」

 随分と強引ですね。

王家と繋がりを持った、それも黄茶豆で好景気に沸いている男爵家の跡取りと何としても繋ぎを取りたいのでしょうが…。


「そうですね。よろしくお願いします」

 少し考えてから頷くルーベント君に満足げな笑みを向けると今度は私の方へと視線を向けます。


「ロベルト・ランドーノと申します。お美しい方、この私めにお名前をお教えいただけますか」

 ここはルーベント君、減点1ですね。


この場合、パートナーである彼がランドーノ伯に私を紹介しないといけません。

それせずに先に問われるのは令息として恥となります。


ですがルーベント君を通さず直接聞いてくるランドーノ伯も分かってやっているので減点1。

相殺といったところでしょうか。


「お初にお目にかかります」

 淑女の礼をして相手を見返します。


形の良い唇に甘い笑みを浮かべているさまは一枚の絵のようです。

普通の令嬢だったら一発で恋に落ちるでしょう。


しかしながら…物書きの(さが)とは悲しいものです。

恋愛対象になる前にまずネタとして使えるかを見定めてしまいます。


彼の場合、自分の容姿が女性に好まれると十分に分かって立ち回っていることが透けて見えます。

作品中で使うなら女たらしの脇役として良い活躍してくれそうです。

そんなことを考えつつ社交用の笑みを浮かべて名乗ります。


「リザリア・パーネスと申します」

「…貴女が」

 驚きに満ちた目で此方を見るランドーノ伯。


公的な場に出たのはお披露目会のみで、後は王妃様主催のお茶会に何度か出席したくらいでしたので私の名は知られていても顔はそれほどでないので無理はありません。


「名高いミス・グリーン先生にお会いできて光栄です。良ければこのままダンスのお相手を願えませんでしょうか」

 喜色を露わにし恭しく差し出される右手と向けられる艶美な笑み。


本当に自分を良く見せる術を心得ていますね。

対人用の身のこなしや話術の修練も欠かさないでいるのでしょう。

その努力には敬意を表しますが…私の答えは一つです。


「お断り申し上げますわ」

「は?」

 まさかそんな答えが返ってくるとは思わなかったのでしょう。

ポカンとした顔で此方を見てます。


「今日の私のパートナーはこちらのカンド男爵令息です。彼の承諾を得ずにダンスを申し込む礼儀知らずとはお付き合いしかねます」

 そう笑みを返してからルーベント君の手を引いてその場を離れます。


「あ、あの…」

 私に連れられるままだったルーベント君が我に返ったように声をかけてきます。


「御不快にさせて申し訳ありません。その…ランドーノ伯爵は公的な場に慣れない僕に声をかけてきてくれて、いろいろと親切にしていただいた方で。僕以外にも多くの方に…」

 必死に弁明するルーベント君。


その話に引っ掛かりを感じて問いかけます。


「他にもとは?」

「コラダム子爵令嬢やナーシュ伯爵令息、エールド伯爵令嬢です」

「…確か貴方と同じにこの春に社交デビューしたばかりの方々ですね」

 私の言に、はいとルーベント君が頷きます。


どなたも王都から離れた領地の出の方ですね。

学園に通っているとはいえ、生粋の王都育ちの子弟と比べて社交場では不慣れなことは多いでしょう。


「初めての社交場で不安だった貴方に声をかけ親切にしてくれた。その相手を信用したい気持ちは分かります。…ですがそれは詐欺師の常套手段ですよ」


「え?」

「貴方の立場を田舎から出てきたばかりの娘さんに置き換えてみてください。勝手の分からない都で知り合いも少ない。毎日が不安で仕方がなかったところに現れた優しい美男。そんな相手の頼まれ事ならば多少無理をしても叶えたくなる。貴方がそうだったように」

「あ…」

 私の話に思い当たる節があったのかルーベント君の顔が曇ります。


「そうして自分に依存するように仕向けて、後は時々甘い言葉をかけてやって機嫌を取り他に目を向けなくさせる…軽い洗脳ですわね。そうなった者がどうなるかお判りになります?」

 私の問いにルーベント君の首がゆっくりと振られます。


「嫌われたくない一心からお金を無心されればされただけ渡し、それが叶わなくなると割の良い仕事を紹介すると言われ花街に売られてしまう。残念ながらそういった事件は珍しくありません」

「そんなっ…騎士団は取り締まらないのですかっ?」

 思わずと言った様子で聞いてくるルーベント君の前で小さく息をついてから答えます。


「娼館との雇用契約書にサインをしたのは本人です。反故にするには騙した相手から前渡し金を取り返すしかありませんが…それはほぼ不可能です。その手の輩は逃げ足だけは早いですから」

 私の話にルーベント君が暗い顔で考え込みます。


「ランドーノ伯爵も…その詐欺師と同じだと」

「そこまで酷くなくとも似たようなものですわね。口で何と言おうと腹の中では貴方のことを蔑んでいるから貴方に断りもなく私にダンスを申し込んだり出来るのです」

 

本来の標的であるルーベント君よりも美味しい獲物ミス・グリーンを前にしたため、焦って馬脚を現してしまったようですが要注意人物であることに変わりはありません。


「これから先、貴方の前にあの手の輩は現れ続けるでしょう。マリーベルの為にも相手の本性を良く見極めてから付き合うようになさいませ」

「は、はい」

 私のお節介な忠告にルーベント君が素直に頷きます。


自分に近づく虫は捕らえて逆に上手く使うのが貴族というものですが、それを今の彼に求めるのは酷でしょう。


でも真面目な彼なら良いように利用されることなく成長してくれると思います。

せっかく繋がった縁ですので私も微力ながら応援して行きたいです。



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