10章 フェイル
「…些末なことではありますが、一応お耳に入れておいた方が良いかと」
新作のプロットをまとめ終わり休憩に入ったところでチャーリーが入室してきました。
「どうかしましたか?」
「長兄のリチャードさまと次兄のリアンノさまが王都に戻って来ております」
「は?」
兄たちは父と共に国境警備の任に就いているはずですが…。
思わずその顔を見返すとチャーリーがやれやれとばかりに首を振ります。
「片田舎での生活に嫌気がさしたらしく療養中の母を見舞うという名目で一か月前に王都に戻り、今は鬱憤を晴らすように頻繁に酒場や賭博場に出入りしています」
「それは任務放棄にならないのですか?」
「休暇申請が受理されれば戻れます。ですが騎士の場合は長くとも10日と規定されております…どうやら旦那様が手を回して誤魔化しているようです」
「バレたら父共々懲戒ものですわね」
チャーリーの話に深いため息が零れます。
まったく何をやっているのでしょうか。
王都育ちの兄たちにしてみたら華やかな都会から何もない田舎への配置換えですから、何かと不満がたまっていたのでしょう。
でもだからと言って仕事を放り出し、遊び歩いて良いことにはなりません。
それを咎めることなく好きにさせている父も同罪です。
「いかがなさいますか?」
チャーリーの問いに私は嘆息の後で言い切ります。
「取り敢えず…放置で」
私はもう本家とは別れて独立していますので、彼らがどうなろうと知ったことではないです。
「承知いたしました」
軽く頭を下げてからチャーリーが言葉を継ぎます。
「それとロベルト・ランドーノの件でございますが」
「さすがですわね」
その仕事の早さを褒めつつ報告を待ちます。
「お嬢様の睨んだ通り、なかなかに厄介なことになっておりました」
「やはりですか」
彼の貴族家と繋がりを持とうとする貪欲さに引っかかるものを感じて、念のためチャーリーに調査を依頼したのですが…どうやら私の勘が当たってしまったようです。
小さく息をつく私の前でチャーリーが屋敷のフットマンの一人であるウィキーノを呼び寄せます。
「お疲れ様ね、ウィキーノ」
「いやぁ、これくらいどうってことねぇすよ」
照れた顔で金茶の頭の後ろを掻いてからウィキーノは調べ上げたことを話し始めました。
「信じられねぇことっすけどお嬢様が会ったランドーノ伯爵は…真っ赤な偽物っす」
「はい?」
変な声が出た私に同意の頷きを返しつつ言葉を継ぎます。
「本物は子供ん時に疫病に罹った所為で顔中に痘痕があるんで」
それならば確かにあのランドーノ伯は別人です。
続けられたウィキーノの話によると。
当人はその痘痕を気に病んで滅多に外には出ず、部屋にこもって執務だけをしている。
家督を譲った前伯爵のサポートもあり、領政は滞りなく行われているので問題はない。
それで公的の場には妾腹の弟であるフェイルが当主代理として出席ということになっているそうです。
「私が会ったのは弟なのですね。…でも彼は代理とは言っていませんでしたが」
もっともな私の疑問に、そいつはとウィキーノが種明かしをします。
「地元はともかく王都では代理とは知られていやせんから好きに名乗ってるみたいですぜ。確かにその方が受けもいいってんで本物も実害がないならと黙認してやすし」
確かに外見で判断する人は多いですから見た目が良い方が物事も円滑に進むでしょう。
本物の伯爵はその利に重きを置いたといったところでしょうか。
「まあ、それだけなら事も無しなんすが」
「当主代理から代理を外したいと画策でもし始めましたか?」
「さすがっすねー」
私の言葉に目を見開いてからウィキーノが感嘆の声を上げます。
「自分の方が優秀だと周囲に知らしめて兄を隠居させ伯爵位を得る…愚兄賢弟であるなら交代は有り得ますが」
そこまで言って、ですがとチャーリーは思案顔を浮かべます。
「昔はともかく泰平の今ではそれはお家の恥になりますので、大抵は優秀な側近を置き当主交代など起こりません」
「それを押し通すだけの理由があるのでしょうね」
考え込む私にウィキーノが調査の続きを伝えてくれます。
「そいつの一つと思えるのが出自っすかね。奴の母親は側妻でもない妾で、旅芸人だったのを前伯爵が見初めたらしいんすが」
前伯爵としては一夜の遊び相手だったようですが、一年後に貴方の子だとフェイルを連れて訪ねてきたのだとか。
大枚を叩いて鑑定の魔法師を呼び調べてみたら確かに伯爵の子で、仕方なく母子を離れに住まわせることにしたそうです。
ですが母親は彼が6歳の時に屋敷の厩番の男と駆け落ちして行方を晦まし、その後も本邸に入れてもらえず使用人に育てられました。
そんなフェイルですが母親譲りの美貌と貴族の子らしい賢さがあったので成長と共に父親から目をかけられ、成人後は長男の補佐役を命じられるまでになりましたが…彼の中には腹違いの兄に対しての敵対心があったようです。
兄は醜い容貌で部屋に引き籠ったきり顔も見せない。
それなのに後継ぎとして厚遇され、今は伯爵として自分の上にいる。
あの美貌とそつのなさを持つフェイルにしたら我慢のならない状況だったのでしょう。
「あと、気になるのは金っすかね」
続けられたウィキーノの言葉に大きく頷きます。
「確かに多くの家と繋がりを持つにはそれなりのお金がいりますものね」
「かなり派手に立ち回ってやすからね。遊興費に衣装代に贈答品代…この一月で百万ロラはくだらねぇですぜ」
「それは…よく使ったものですわね。そのお金はどこから?」
首を傾げる私の横でチャーリーが難しい顔で口を開きます。
「調べた限りでは本物の伯爵は金にかなりうるさく、妾腹の弟が好きに使える額はそう多くはないはずです」
「…当たりはついていますの?」
「はいっす。隣国を根城にしている裏組織があるんすが、その手先から領内の港を通じて香木を大量に仕入れてやして。そいつを知り合いになった貴族たちに高値で売り捌いておりやす」
「…香木ですか」
香木とは心地よい芳香を持つ木材のことです。
それを薄片に削ったものに火をつけて芳香を楽しむということが貴族の間で愛好されています。
しばし考え込んでからチャーリーたちへと視線を向けます。
「物によっては高値が付くと聞きますけど…どういった品を扱っているのでしょう」
「でしたら現物を手に入れて来やす」
「お願いしますわ」
礼をして下がるウィキーノを労ってからとひとり呟きます。
「単なる野心家ならば良いですけど…キナ臭いですわね」
「お嬢さまっ」
翌日の午後、珍しく焦った様子でチャーリーが仕事場へやって来ました。
「お仕事のお邪魔をして大変申し訳ありません。ですが事は急を要しますので」
「何かありましたか?」
首を傾げる私の前に小さな陶器の箱が置かれます。
「件の弟が扱っている香木でございます」
「本当に仕事が早いですね。それで?」
感心しながら報告の続きを促します。
「見かけは普通の香木ですが、これは偽物でございます。しかも夢幻茸の粉末が仕込まれております」
その名に私は驚きを隠せません。
夢幻茸は強い幻覚作用を及ぼす毒キノコで、しかも常用性があるため国内での販売は厳禁とされています。
それを僅かでも摂取すると最初は良い気分になるだけですが、回数を重ねるごとにその愉悦は大きくなり使用量も増え、最後は無しではいられぬほどに依存するようになります。
巷では香木のにおい成分を含んだオイルに木の欠片を漬け込んだ偽物を暴利で売り付ける詐欺が起こることがあります。
それだけでも罪深いですが、その中に夢幻茸の粉末を混ぜるなど悪意そのもです。
「エリオン国はそれで滅びかけましたものね」
30年前、夢幻茸が含まれた葉巻が近国のエリオンで蔓延したことがありました。
中毒者となった者は精神を侵され葉巻を求めて暴徒と化し、治安は乱れ、経済は疲弊し、その混乱を収めるのに長い時間を要しました。
下手をすればこの国もその二の舞になります。
「即刻、宰相様にお知らせして。それと香木を購入した家を調べ上げてちょうだい」
「かしこまりました」
頭を下げるが早いか高齢とは思えぬ動きでチャーリーが退出して行きます。
「夢幻茸事件の所為で貴女も大変だったわね」
気の毒そうに此方を見やるコリアンヌさまに私は苦笑を返します。
今日は王太子妃コリアンヌさまのお茶会に招かれ王宮に来ています。
紹介されてからすぐに意気投合し仲良くさせていただいている側妃のユーリアさまとメルウェーナさまも同じ眼差しで此方を見ています。
「まさか協力者の中にパーネス兄弟がいたなんてね」
そうなのです。
夢幻茸入りの香木を購入している者を調べた結果、その仲介役となっていた者の中に兄たちの名がありました。
何故2人が事件の片棒を担ぐことになってしまったのか。
早く任務に戻るようにという父の手紙を見なかったことにし、なんだかんだと理由をつけて戻らないで遊び暮らしていたところをフェイルに付け込まれたようです。
『ロルナドの盾』と呼ばれている名門パーネス家の者の友人なのだからと、他家を呼び込む餌として利用されていると気付きもせず、せっせと知人をフェイルに引き合わせていました。
当人たちも薄々は怪しいことに手を貸しているとは分かっていたようですが…。
紹介料として多額の礼金を受け取っていた手前フェイルに逆らうことも出来ず。
毎日のように酒宴に興じ、多くの女性を侍らかし、面白おかしく過ごして嫌なことから目を反らしていたようです。
「2人はどうしておりますの?」
メルウェーナさまの問いに、それはとユーリアさまが口を開きます。
「職務を放棄して遊興にふけっていたことも問題ですが、何より事件の共犯者ですから当然のことながら騎士団は罷免、今は裁判で罪を明白にするために拘留中ですわ」
ユーリアさまの父君が法務大臣を務めているだけあって詳しいですね。
「どれくらいの罪になるのかしら?」
小首を傾げるコリアンヌさまの前で、ユーリアさまが軽く肩を竦めます。
「自分たちは何も知らなかった。騙されただけの被害者だと言ってさらに心証を悪くしていますので、貴族籍を抹消されて開拓地送り。監督不行き届きということで当主も責を負って男爵へ降格となると聞いていますわ」
「では『ロルナドの盾』の名は返上ですわね」
緩く首を振るコリアンヌさまの前で私は頷きながら口を開きます。
「残念ながらそうなります。領地も国境近くに変わりましたので父母は王都の屋敷を引き払って新領地へ向かうそうです」
チャーリーから聞いた話を伝えると誰もから小さな溜息が零れます。
『王妃様と懇意なのだろう。処罰を軽くしてもらえるように執り成せ』
事件発覚後、父がそんなことを言ってきましたが…。
『お願いしたら却ってご不興を買いました。私ではどうすることも出来ません。王命に従わないのならば準男爵まで位を下げるとの仰せです』
準男爵は爵位こそありますが一代限りで、有能な平民が恩賞として得るものです。
さすがにそれは嫌だったようで、それを聞いた後は大人しく新領地に向かってくれました。
戦乱の世ならば戦いで功績を上げてということが出来ますが、今は泰平の世。
処世術に長けていない父ではその機会さえ作れないでしょう。
つまりパーネス本家が返り咲くのはほぼ不可能になった訳です。
「ですが主犯のフェイル・ランドーノの供述には驚かされましたわ」
「彼の境遇を考えたら無理もないことかもしれませんが…あそこまですべてを憎めるとは」
眉を顰めるメルウェーナさまの言にユーリアさまが同意します。
どうやらフェイルは最初からいずれ事件が発覚することが分かって行動していたようです。
その証に夢幻茸の中毒者は存在せず、誰もが数回使用しただけで終わりました。
捕縛時にも抵抗一つ見せず素直に従い、牢の中でも満足しきった顔で大人しくしているとか。
彼が事件を起こした理由…それは復讐でした。
行方不明となっていたフェイルの母親は…前伯爵に殺されていたのです。
だた殺すだけでなく男と逃げた性悪な女という汚名を着せて。
そうしたのは前伯爵が領地の港を使い禁制品の密輸をしていたことを知られたから。
しかもその元手となったのは民からの税金です。
つまりランドーノ伯爵領の領民は国に治める税の他に密輸で使う分も取り立てられていたのです。
そのくせ密輸の利益は領民には還元せず、自分たちの贅沢のために使っていました。
おかげで領民は長年に渡り重税に苦しめられてきました。
それを国に訴えようにもランドーノ家が巧妙に帳簿を操作し証拠となる物は無く、そんな動きをみせる者たちが現れると事故死に見せかけたり冤罪で処刑したりして黙らせていました。
フェイルの母親もその一人で、平民出の彼女は見て見ぬふりは出来ず帳簿を持ち出して騎士団に訴え出ようとしたのです。
ですがその前にランドーノ前伯爵一行に追いつかれて協力者であった厩番の男と共に殺されてしまいました。
厩番の男の両親から真実を聞かされたフェイルは亡くなった母親の意志を継ぎ、事件を起こすことでランドーノ家の所業を白日の下に晒す決意をしました。
彼の思惑通りに夢幻茸が出回ったことで国が動き、すべては明らかとなってランドーノ前伯爵は極刑に。
その協力者たちも罪に見合った刑を執行されることになっています。
「悲しい事件でしたわね。…でもだからこそこんな事が二度と起こらぬようにしなくてはなりません」
力強く言い切るコリアンヌさまにその場にいる誰もが同意します。
フェイルが今回の計画にわざわざ夢幻茸を使ったのは国への脅しでもありました。
こんな簡単に禁制品の夢幻茸を巷に蔓延させてしまったことと、自分が動かなければランドーノ前伯爵の罪を暴くことが出来なかったことで泰平の世に緩み切った首脳部の襟を正させ、影士がいかに無能であるかを思い知らさせたのです。
「国を治める…この重責を担う者として」
「はい、平和が続き私たちは少し慢心していましたわ」
「心してかからねばなりません」
決意を語るお三方に私も大きく頷きます。
「微力ではありますが出来る限りお手伝いさせていただきます」
「ええ、頼りにしていますわ。ミス・グリーン先生」
ニッコリ笑うコリアンヌさまに私も笑みを返しました。




