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Horse Nose North  作者: 久愚藁P
第四章(最終章) うまのはなむけ
24/25

 事件のあとの事はセトに任せ、僕達は宿に戻り湯浴みをしてはぐっすりと眠った。

 日は昇って昼にもまだはやい頃、ヴァレリーと僕が泊まっている部屋にノックが響いた。

 まだ寝足りなくて重い瞼をこすりながら僕は扉を開ける。

 僕はてっきりセトが来たのだとばかり思っていたが。

 そこに居たのは植物や小鳥のレリーフが美しい白い甲冑を身にまとった黒人女性だった。


「退魔師が泊まっている部屋はここで良いな? 時間をくれ」


 強引に部屋に入ってきた彼女はシャニスと名乗った。

 テーブルにヴァレリーと女騎士が座り。僕はわずかに離れてソファーに腰をかけた。

 

「これはこれは、アベルタ騎士団屈指の前線指揮官がわざわざ出向かれるとは、今度はどんなご依頼ですかな?

 報酬次第でなんなり承りましょう」


 ひょっとしたらあの虫男の件なのでは。と僕は思うのだが、その予想は外れた。

 セトの時とは違い、丁寧に迎えるヴァレリーに、シャニスは表情も変えず口調も平坦に「期待させてしまって悪いが、依頼ではない」と断った。

 そう断りを入れたあと、シャニスの表情は柔らかくなった。キツい騎士からひとりの温和な女性の顔つきという表現が正しいのだろうか。


「数年前と比べて少しは貫禄が出てきたかヴァレリー・ギゴフ」


 ヴァレリーもわざとらしい口調から急にくだけて。


「キミ程ではないよシャニス・ガルシア。あの時は4年前、いち騎士のキミと協力して遺跡に住む盗賊どもを退治したのはたしか2年前の話だ、依頼内容と違って呪術と関係なかったあの一件は本当に驚かされたよ。いずれからにしても見違えたね。

 それでどうだい? 自分の故郷を脅かしたかつての騎士団を、今度は自分で百人単位もの戦力として指揮する気分は」

「ああ最高だ。と、言いたいところだが。ふふっ。あれから苦労が続いているよ」


 雰囲気はそこから再び張りつめて行く。


「——だが、明日には私は騎士ではなくなるだろうと思ってる」

「……今回の用件だな?」

 

 シャニスは頷く。

 彼女は目を瞑りながら「早朝、セトが第二王妃を暗殺して、懸賞金が掛けられた」と告げて来た。


「そんな馬鹿な」

「セト殿がか、信じられん」

「当然、私はそんなこと信じていない」

「で、そのときの目撃者は?」

「子供の影を見たという者は3人。セトの顔を見たと言う者が——」

「いるのか……」

「私を含めて2人だ」

「みたのか……君が。確かなのか?」

「ああ。奴は確かに顔と格好はセトそのものに見えた」


 一度だけ僕とヴァレリーの視線が合う。

 再び僕と彼はシャニスを見る。

 何か含みのある言い方をするその心を聞く為だ。


「……偽物と思えた根拠は?」

「利き腕だ。奴は左手に剣を持っていて、右手にバンブルビーのような布を巻いてた。我が民族の魔術道具、私が4年前に使ったあれだお前も見たろう」


 バンブルビー。地下水路でクレアと戦った時に見たあれか。

 あの時、ヴァレリーは初めて見たような口振りだったと思ったが、なんだ。知っていたのか。


「あ、あれってバンブルビーだったのかい?

 ……そんな顔をしないでくれフィリップ君。4年前に見たときは皆が聖布とか呼んでて、もっと特殊な使い方だったんだ。しかし、それで偽物と判断できるのか? たまたまではないのか?」

「あれは元々は大規模な魔術儀式だけに使う神具、利き腕に関係なく、左腕につける掟がある。他の者なら知る事もないだろうが。セトは民族の格式を破るような事はしない」


 あの畏まり過ぎている口調からその性格は想像しやすかった。

 「同郷ならではの看破か」とヴァレリー。


「それを城で言えば指名手配は取り消せるんじゃないか?」


 僕がそう質問すると。シャニスは一度首を縦に振ったあと、眉間に皺を寄せた。


「難しい。本当に本物のセトがやっていなくとも、この事件を利用しようとする官吏が居る以上は覆すには難しい」

「利用する……? セトってそんなに影響力があったのか?」

「言い方こそ悪いが、彼らにとって、ただの御付きであるセト殿本人そのものには何の利用価値もないんだよ。問題は誰の御付きであるか、そして誰がセトを城中に招き入れたか、さ」

「ああ、その通りだヴァレリー・ギゴフ」

 

 ヴァレリーは語る。

 利用とする官吏たちの目的は。ハドリー将軍をその座から下ろす事。

 軍部や国民に限らず、その無双で究竟なる彼の勇名は他国にすら語りぐさだという。


 シャニスも続いて打ち明ける。

 その強さから来るカリスマ性は文官では得られるものではなく。

 アベルタの王を前にした際の発言力にも影響していた。

 官吏、特に政治に尽力している文官たちの妬みは城中の者ならば嫌でも伝わってくると言うのだ。

 しかも、今現在ハドリー将軍は国家機密の特別な任務のため、腕の立つ者数名を同伴させてしばらく外へ出ていて、いつ戻るかわからないのだという。


「明日、指揮官以上の役職を持つ全員が城の広間に集まることになっている。ハドリー将軍を待たずに、合議は終わるだろう。きっと今の状況を覆す機会はそれが最後だ」

「なるほど。ハドリー将軍が降格しようものなら。彼の方針である、実力主義の構成は刷新。過去の貴族だけの統治に舞い戻るわけだ」


 そうすれば、当然のことシャニスは追放される。


「私は間違いなく明日、王族に具申する。それでもおそらく、アグニス王妃の支持者やそれを装った反ハドリー派の官吏たちの邪魔が入る」

「最悪、そこで共犯者扱いだろうな」

「そうだ、分の悪い賭けだ。だから、きっとお前とはもう会えそうもない」


 予想だにしない窮地だった。


 シャニスは何故ここに来たのか。

 今、こうして来ているのは、本人の言うように依頼ではない。

 昨日のセトの様子を僕達に聞くどころか、信じて止まない時点で取り調べるという訳でもない。

 だとしたら。ただ、ヴァレリーに伝えにきたのだ。


 僕は気付いた。

 なので財布を手に取り、席を立った。


「宿は今日までだったな。ヴァレリー、延長するのか。それとも——」

「いいや、出発する。ここから北東に交易者専用の休憩所と宿がある。そこへ行ってエムレシア、それかその間ほどであるセレンティアへ行く人間が居たら話を付けてくれ。金額は君が交渉してくれ。居なかったり金貨8枚より多く吹っかけられるようであれば、大人しく馬を2頭買ったほうが安上がりだ。乗り方はその時に覚えてくれ」

「無茶を言ってくれるな……。まあいい、承知したよヴァレリー。昼の鐘から2つ目くらいに、北門前で待つ」

「すまないな」


 僕は持てる分の荷物を持って部屋からでた。

 閉じた扉の向こうからは


「手伝ってはくれないんだな……、っ、薄情者……」

「すまない。王城となると私は力になれない。

 信じてるさ。また会える。キミは逆境にとても強いからな。心配ない」

「ふふ……、冗談だ気にするな。なあ、あの時のお礼を————」


 僕はつい立ち止まってしまっていた自分に気づき、階段を降りた。



 思うようには行かなかった。

 交易者の乗る馬車は、休憩所にはひとつもなく。

 ナシュアラとの戦争が一段落した直後である今、馬が売れるタイミングでもあったようだ。

 運が良ければ、交易者に頼ることが出来たという思いだった。

 しかし、馬が売り切れていたというのは、見通しの甘さと言うよりは運が悪かったのだと思う。

 格好つけてあの場を出た手前、荷物だけ持ったまま北門で待つのは最悪な居心地だった。

 

「あれ、助手? フィリップじゃない? あんた目立つわね」


 声をかけられた。見てみるとクレアがそこに立っていた。彼女の値の張りそうなタイトなドレスはところどころ汚れている。何をしていたのか。


「偶然ね。なに、助手クビになった?」

「なってない。これからセレンティアかエムレシアに出発するつもりなんだが……」

「なんだが?」

「乗せてもらえそうな交易者も居なければ、馬も売ってなくて、お手上げだ」

「計画性が無いわね」

「……」


 ヴァレリーの指示だったとはいえ。

 ぐうの音も出ない。

 今、約束の時間を知らせる鐘が鳴った。

 結局準備が何一つ出来なかった。ヴァレリーは何て言うだろう。


「そっかぁ、行っちゃうんだ。あのエセ紳士はともかく、アナタは地味に遊びがいがあったわ」

「そうか」

「寂しくなるわねえ。あ、ちょっと待って。なんかあるかな……。あー、勿体ないかな。いっか、これあげるわ」


 クレアが手渡したのは虫男と退治したときに借りたあの短剣だった。しかも宝石が埋め込まれたり魔方陣が描かれた、これもまた値が張りそうな鞘に収まっている。


「これは……さすがにもらえない」

「この短剣、実は魔術道具作製の失敗作だったの。あの時は普通に武器として持って行っただけだったし。

 本当なら、魔力を感知すると光って知らせるっていう非適正者用の冒険アイテムの試作品としてつくってたんだけど。光らずに伸びちゃった」


 「部屋の床に穴開けちゃった」と続けておどけるクレア。正直、キャラがあわないと思った。


「そこで、あの時の使い方を見て。さらに手を加えてみたの」

「どれ、……何も変わってないように見える」

「短剣そのものはね。鞘の方に、なんとふたつの機能が備わってるのよ。

 ひとつは、宝石の方に魔力を込めると伸ばした刀身が元に戻るの。で、もうひとつは、魔方陣に魔力を込めると短剣が勝手に鞘に向かってもどってくるの」


 へえ、すごい。

 誤って落してしまったり、あるいは投げつけたりなどして離れた場合、これをつかえば——。

 その短剣が飛んでくる!


「怖くないか?」

「怖くないわ。慣れよ。たぶん」

「それに、魔力をそれなりに使うようだし、使える人間は限られるんじゃないか?」

「そんな事を気にする必要ないじゃない。あなたが使うんだもの」


 言われてみればそうだ。僕が使えば、魔力がどうこうと考えるまでもなく、ただ触れるだけで機能する。

 まるで、自分の為に誂えたかのような短剣じゃないか。

 ……さすがにそれはないだろうけど。


「私からの心ばかりの餞別(うまのはなむけ)よ」


 

 ぼくは南側の道を眺めた。そろそろ彼が来るか。

 人通りは少ない。少女の操る荷馬車が近寄ってくるのでその向こう側の通行人は脚しか見えない。

 その馬車は近くでとまり、少女が降りてこちらへ寄ってきた。


「こんにちは、何日かぶりですね。あのときはありがとうございました」


 見知らぬ少女が僕に話しかけてきた。


「へえ、知り合い?」

「いや、しらない。人違いだろう」


 少女は「え〜〜っ」と目をぎゅっとつむるようなすごく残念さが伝わる表情をとった。


「一緒にお財布探してくれたじゃないですかー」

「ごめん。記憶に無い。僕、いいや、その人の名前はわかるかな?」

「えーっと、あれ、教えてもらったかな……忘れちゃいましたが……。あ、一緒に居た女の人なら覚えてます!

 たしか、ルエラさん。そうだ。ルエラ・アルクインさんですよ!!」


 ほらっ、と両手を広げて訴えるが。その一緒に居たという人の名前も完全に知らない名前だったし。

 やはり完全に人違いだ。

 僕は首を振る。

 そのとき、停まっている荷馬車の脇から一人見覚えのあるエセ紳士が現れたのが見えた。

 「ほう、これかな」と微かに聞こえた。


「忘れちゃうなんて、ひどいですよー……。あの時、とってもやさしくしてもらって。嬉しかったのに」


 その刹那。

 その間髪入れないその瞬間。

 まさに「その刹那」な早さでその男は反応した。


「やっぱりかー!!」


 エセ紳士は手を顔に当てて、ものすっごいわざとらしい動きと言葉で「あーあー」と残念がった。

 僕は一瞬赤面したのと同時に、心底むかついた。


「そういう趣味かぁー! フィリップ君……カァーっ! そういう……やっぱりかー!」

「違うぞ。断・じ・て! 何が”やっぱり”だ! 大概にしてくれっ。ただの人違いなんだ」


 いきなりおっさんが大声で近寄ってきたものだから。

 この人違いの少女はぴょんとクレアの横まではねては拳を構えていた。

 さぞびっくりした事だろう。

 クレアはその子の頭をそっとかばうように手をそえて一言。


「ねえ、助手。アンタ、本当に覚えてないの?」


 と、じとっとした目を僕に向けて言った。

 完全にお疑いモードだ。

 ……なんだこの状況。


 ——事態がひとまず収束したあと。


 聞けば、この少女(名前はアリス・エマーソンというらしい)。

 昨日の昼頃にバーランド王国で物品の売却を終えて、アベルタに前もって取引で買って置いてあった大量の食器と食品の粉袋を乗せて今に至っている。これから次の取引場所であるセレンティアへ茶葉を買いに向かい、そのあと彼女の住まいがあるエムレシアに帰るのだと言う。


「乗って行きます? 全然良いですよ。楽しくなりますねー。

 そうだ。セレンティアへは途中の村や街を除いて、二晩は野宿しないとですから、そのとき木箱に入ってる食器も使っちゃっても良いですからね」

「え、これって売り物でしょ? こんなおっちゃん二人に使わせたらダメなんじゃ?」

「おっちゃんじゃ無くてもダメだろう」

「おっちゃん……」

「いいえー。売り物じゃないですよこれ。わたしは商人じゃなくって。ただのギルド経営の酒場の娘で、ただのお使いです。これ持って帰ったら、どっちみち一度洗ってから使うから一緒ですよ」

「ほう、エムレシアにあるエマーソンの酒場か。有名だな。この魔力減衰期でも数少ない、魔物の討伐の依頼がギルドに寄せられる場所だね。そこのウェイトレスも評判がいいとか」

「えへへ、照れますよー」

「あれ、ちょっとまって。エムレシアのエマーソンて。ケイティ・エマーソン!?」

「あっ、それ2番目のおねーちゃんの名前です。さすがお姉ちゃん。有名なんですね」

「ほぉー。あの付与師か。あの付与師の技は流石の私も認めざるを得ない」

「知り合いなんだけどね……」

「お名前は? ——へえ、クレアさん。 あ、クレアさんの話してましたよ」

「何て言ってたのあのア、……お姉さんは」

「たしかー”マジックなんたら製造の腕だけは褒めてやってもいい”って」

「くっそ!」

「あのお姉ちゃんが他の人褒めることってあんまりある事じゃないんですよ」

「……決めた。私も乗せて! 支度してくる」

「はい。どうぞ。鐘ひとつ分なら待てますよ、ここから次の街は結構近いですから」

「本気かね……」

「……ヴァレリー。食料を買い足してくる」

「ああ頼む——、と言いたいところだがそれは私がいってこよう」

「そこはまだ信用してもらえてないんだな」


 そんなこんなで、王都アベルタの大きな門をくぐったのは、ちょうど鐘がなる頃のことだった。


「おや、荷台に花が……」

「アネモネだね。あれ、前も拾ってなかったかい?」

「どこだったかな、噴水で拾ったんだったか」

「きれいな花ですね」

「ねえー、ここの下が軸で、お尻が痛くなるんだけど——」

「——その尻がさらに大きくなる前に降りたらどうかね?」

「やめるんだヴァレリー」


 僕は、腰に提げている波打つ短剣の鞘に、その花を挿した。

 晴れの草原の一本道に荷馬車が揺れる。



「ヴァレリー。聞かなかったが、なぜエムレシアなんだ?」

「言ってなかったか? そこには極東独自の魔術を使う術者が居る。

 奴に聞けばキミのその体について何かわかるかもしれない。

 ただ、せっかく潤わしのセレンティアに寄るのだ。そこで少し滞在するのもよかろう」

「そうか、……それもいいな」


 餞別携え、進路を北に。

 果てなく広がる青空を見て笑う。

 そんな僕の心は躍っていた。

まだ外伝2が続きますが本筋はこれで終了です。


さて、実はひとつの物語を最後まで書くのはこれが初めてだったりします。

いくつかあるプロットのどれも最初に書くのに及び腰になってしまって、苦肉の策として複数のプロットを寄せ集めて、その中に登場する脇役のヴァレリーとフィリップを主人公にして練習で書いてみようという発想で、このお話はできました。

実験台の二人がなんとかお話として成立したのかなと思うと少し自信が持てた気がします。


 拙い文章、未熟な文法、浅い知識に偏った常識。まさに至らないところだらけで本当にお恥ずかしい限りです。なので、このような小説を、最初から全部読んだ方、最後だけ読んだ方、ほとんど飛ばして読んだ方、どんな方に関わらず、読んだ方みなさんへ。感謝の気持ちをお伝えできたらなと思います。ありがとうございました。

 そして、あと4000字ほどですが、この馬鼻北を相手にしてもらえれば幸いです。

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