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Horse Nose North  作者: 久愚藁P
第四章(最終章) うまのはなむけ
22/25

断章1 削れた記憶の観測 前編(ルエラ編)

このお話は第10話にある空白の時間帯です

 フィリップ・ジョーンズという大男が浮かない顔で広場前にある店から出て来た。

 ぼうっとした面持ちは今の心境を現している訳ではなく、染み付いたものである。


「あの、この挟んであるパンください。 そう、そのサンド」


 パッとしない口振りで露店からファストフードを買い、広場の中央にある噴水の縁に腰を下ろす。

 一口頬張り、またしてもぼうっとして空を見上げる。

 それまでの生活がそうしたのか、あまり外へ感情を出すことのない彼は、こうしているとオブジェクトのように動かない。放っておくと鳥が止まってきそうなほどだ。

 そして今……鳥、ではなく、ひとり停まった。


「ああーもう。落ちたなぁー。完璧落ちたよあれぇ……。筆記は完璧なんだけど、どうしても面談がだめだぁ〜。どうしてアガっちゃうんかなぁ〜」


 女の子がひとり髪をぐしぐしと乱しながら、何故かわざわざフィリップのすぐ横に座って……彼に寄りかかった。


「えっ」

「あわっ!?」


 寄りかかった瞬間、感触が想像していたものと違ったらしく。彼女は勢い良く立った。


「し、失礼しました! その、てっきり石像かと思っちゃって!」


 えへへー! と笑う女の子。

 一言多くて謝罪になってない言葉だったが、フィリップは「いいよ」と言ってその場を終わらせようとした。

 しかし、女の子はフィリップの服装を見て、少し目を輝かせた。


「あの! その服。軍人さんですよね。そのベスト!

 ほら。そのブーツだって。あれ、このブーツは……たしかナシュア——」

「——そう!いや、えっと。まあ、傭兵みたいな……。ものかな。

 それがなにか?」


 フィリップは何かまずいことを隠すように言葉を遮った。


「傭兵の方なんですね。へぇー……、じゃあちょっと違うんですよねー……」

「……そうか」


 なんだか煮え切らないな。

 そう思うフィリップは止せばいいのにと思いつつもつい訊ねた。


「落ちた。とか言ってた」


 それを聞いて、女の子は肩を落としてため息。ゆっくりと噴水の縁へと腰掛けた。

 フィリップから人ひとり分の間を空けて。


「これ。今日のです」


 そういってフィリップに見せてきたのは一枚の紙。


「ええと、アベルタ騎士団採用試験……。 ルエラ・アルクイン。19……」


 私の名です。と、女の子ルエラは言った。


「ダメだったのか」

「ダメだったのです」


 おそらくはショックが先行して言葉が定まらないのか。両手で自分の顔を覆うルエラ。


「えっと、アルクイン、さん」

「ルエラでいいです。苗字でさん付けとか逆にキモいです」

「そうか……」


 すでにイヤな汗を感じているが、もう諦める部分は諦めると腹をくくったフィリップ。


「じゃあ、ルエラ……。どこがダメだったんだ?」

「面談ですよ……。大体無理ですよー。お偉いさんを前にして何を喋れっていうんですか〜」

「質問されたことじゃないのか?」

「知ってますよそのくらいバカにしないでください」

(……何この子。僕はひょっとして絡まれているのか)


 へこんでいる人を相手にすること自体あまり経験がないフィリップは頭を抱えた。

 ——しかし、彼はここ最近感じることがなかった、何か安心感のようなあるいは既視感のようなものを感じ取っていた。


「だいたいー。自分の良いところって貴方は3つも挙げられますか?」


 フィリップは少し考えた後。


「……体力がある。……慎重なところ。……あとは、なんだろうな。洞察力を褒められたか」

「なんでそんなポンポンと出てくるんですか。自分大好きっ子なんですか」


 ルエラの言葉にフィリップは微かに吹いた。

 少し余裕が出てきたフィリップ。


「キミは何もないのか?」

「良いところなんてーー」

「——良いところに限らず。ルエラは何て言われているんだ?」


 ルエラは悩んでいた。その間、フィリップは持っていたファストフードを置き。ベストから筆と紙を一枚取り出した。

 フィリップの持つ紙には「魔術道具について」「ランクについて」などと細かに書かれているが、その裏面は白く、そっちを表にして筆を構えた。


「えー……。”行動が遅い”って言われる。”短気”……とも言われるかな。あとは……なんか言われたかな」

「”うるさい”とか?」

「あー、言われます! よくわかりましたね!」

「……たまたまだ」


 フィリップはそれぞれを紙に箇条書きにして、ルエラに見せた。

 そして。


「”慎重である”、”気っ風のある”、”溌剌としている”」


 そう、言い換えた。


「…………何言ってるの?」

「言い換えたんだ」

「ん? …………あ! そっか。わかりました!」


 自分で短所と思っている性格は、見方を変えれば長所と取れることもある。

 故に、短所を長所に言い換えることもできる。

 口下手、いや、慎重な彼は、そう言い換えることに寄ってルエラに伝えたのだった。


「すごいです。ふざけた見た目なのにやるじゃないですか! えっと……」

「フィリップだ。君ちょくちょくそういうの入れてくるよね?」

「何がですか?」

「いや、いいんだが」

「へえー、フィリップさん。この手のこと詳しいんですか?」

「あんまり」

「またまたー」


 詳しいのかと聞かれてフィリップの反応は鈍った。

 これまでの記憶の中でそんなことを知る機会など彼には無く。

 発揮する場面もなかったはずなのに、なぜかすんなりと出て来た。

 気分をすっかり良くしているルエラを見て、フィリップはもっと力になればと考えた。


「しかし、大事なのはこうして箇条書きに出ていない部分だ」


 紙に書かれている”行動が遅い”と”短気”の隙間に○を描いてみせたフィリップ。

 ルエラは何も言わず見る。


「表に出るこういった性格を繋いでいるこの見えない部分こそが、君自身を形成しているということを——」

「——ふーん……」


 完全に興味がなさそうな返事だった。

 これ以上は邪魔か。そう判断して話すのを止めたフィリップ。

 「そうか」と聞こえないほど小さく言って、メモ書きをそそくさとレギンスのポケットにしまった。

 置いていたパンを手に取りなおすフィリップ。


 会話に一区切りが付きフィリップとルエラはそれぞれが、そろそろ離れるかと考えていたとき。


「すいませーん!」


 見た目、十代半ばくらいの女の子が二人に話しかけてきた。

 異性と話す機会がこれまでほとんど無かったフィリップにとって、今の状況は恐ろしい確率の出来事であるのだが。彼自身は今さっきまでの経験上、あまり良い予感はしていなかった。

 「どうしたの?」と優しく聞くルエラ。


「このくらいの大きさの財布を見ませんでした? 今日ある午後の取引に必要なんです!

 どっしりしてる革袋なんですぐわかると思うんですが。もし見つけたら教えてください!」


 それを聞いた二人は唖然とした。


 「——このままだとエムレシアに帰れない。お姉ちゃんにお仕置きされちゃう」


 少女は事態を自ら悪化させている事に気付いていない。

 フィリップとルエラは顔を見合わせる。

 言いたいことはおそらくは一緒。

 二人は周囲を見回すと、何人かの街人が、目をぎらつかせて石畳を見て回っているのが見えた。

 唇を噛み、腰に両手をそえるルエラ。

 残念そうにパンの包み紙を包み直すフィリップ。


「ねえフィリップさん!」

「きっと、善い人が拾ってくれる……」

「普通あんなの聞いたら、ネコババするに決まってるでしょ!

 私達が一緒に探せば、まだ間に合うかもしんないじゃないの!?」


 フィリップもわかっているようで、浅くため息した後、腰を上げた。



 財布を落した少女と合流して3人は一緒に探した。

 少女が通った道をくまなく探すも見つからない。

 探しているあいだに、ルエラは少女に、財布を落した事を言いふらさない方が良いということを教えていた。


「はあ、言われてみれば危ないかも」

「でっしょう? 私はルエラ・アルクイン。貴女は?」

「はい、アリス・エマーソンです」

「いくつ?」

「14です」

「貴女の親御さんは何を考えてるのかしら……その年で、しかもひとりで。

 2カ国も離れたところに取引に行かせるだなんて」

「はあ……でもいつもの事ですから」

「それがおかしいのよ。そもそも、エムレシアとアベルタの間のナシュアラは、ここと戦争してんのよ!

 フィリップさん。貴方からも何かないの」

「早く見つけよう」

「はい」

「……もぅ」


 しばらくして、裏路地を歩くと、その財布は見つかった。

 見つかりはしたのだが。


「あれですね」


「へっへっへ。今日はパァーっとやるしかねえなぁこれ!」

「団長もちょーよろこぶっすよ。ひっひっひ」


 レザーアーマー。軍用のレギンス。くたびれているものの旧型の軍用ブーツ。

 フィリップよりは背が低いものの。恰幅があり、戦闘向けの服装をしている男が、その革袋を持っていた。

 その横にいるひょろっとした男もまた戦闘向けの服装をしていて。腰には短剣を提げているのが見える。


「拾われていたか。しかしどうやって——」

「しらないわ! ちょっとそこのお二人さん!?」

「あん?」

「へっへっへ。なんだ嬢ちゃん、今夜おれたちと一緒に飲みてえんか?」


 ルエラは無謀、いや、勇敢だった。

 フィリップは困っていた。

 フィリップの体は鍛え抜かれている。狩人として、歩兵として、その体はそれなりの戦力として発揮できる自信があった。

 しかし丸腰だ。2対1で自分は素手で相手は武器を持っている。

 さて、どう戦うべきかと。彼は頭を働かせていた。


「だれが! その財布はこの子のものなの。返してあげなさいよ!」

「ああんだ? おっめちょっとちょーっずっこいってんじゃねぇえっぞこら!」

(今何て言ったんだろう)x2

「へっへ。ちょうどいい、女を買う手間が省けるってもんだぜ」

「さっすがアニキぃ、まじ悪党の鏡だっぜ。まじまびぃ。ひっひっひ」

「くっ。アンタ達、フィリップさん! 現役の傭兵なんでしょ。やっちゃってください!」

「そうなるよな」


 フィリップは、止むを得ず二人の女の子を守るように前にでた。


「傭兵だぁ。ってんっめ、オレったちを誰だかわかって言ってんのか。オレらぁ——」

「——名乗るんじゃねぇバカ。おうそこのデカいの。引き下がるってんなら

 しゃーねぇ。見逃してやっても良いぜ。

 ただーし、一歩でも前に出てみろ、そのドタマに太矢( ボルト)が生えるぜ!」


 恰幅の良い男がそう言って背中から出したのはボウガンだった。

 内心、フィリップはどうしたら良いのかわからなかった。

 後ろの子供には絶対に被害が及んではいけないということ。

 頭や胸に太矢が直撃しようものならただでは済まないということ。

 おそらくは、脅しではなく撃ってくる。

 奴らの持つ装備は使い古されていて、裏路地の暗がりでも、細い方の男が提げている短剣は何度も研がれた跡が光って見えていた。

 手練れである。

 どうするればいいだろう。フィリップは悩んだ。

 二人を担いで逃げる。難しい。

 一瞬で頭を下げながら、距離を詰める。それも難しい。

 降参して、謝る。この場で一番現実的かもしれないが、ルエラがなんと言うか。

 しかし、このままだと最悪の結果を招いてしまう。

 フィリップは自身の雇い主ならどうするかと考えた。

 そして。


「すまなかった。非礼を詫びる。話し合おう」


 フィリップは両手を上げた。

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