最終話 純愛
「想像通りの反応だな」
YouTubeにゴーストアイドルの初動画がアップされてから三時間。途中Xでバズったこともあり、再生回数は爆発的に伸びていた。
動画の内容は、彩子と千代が歌唱するというもの。MV。ネットの反応を見るに、彩子の歌声はしっかりと視聴者の耳に届いているようだ。
「前世からファンでした、転生しても推し続けます。復活心待ちにしてました。おい怜太、撮影してるのバレバレだぞ。これは新たな神コンテンツ誕生の予感。声だけでわかる、彩子ちゃん超美人。……コメントも肯定的なものばかりですね。多少はアンチコメントがありますけど」
「千代ちゃん可愛いすぎて歌が全然入ってこない件。こけてるところそのまま使われてて草。朗報、2分16秒で止めると千代ちゃんの絶景の端が拝める。相変わらず千代は人気者ね」
「ちょ、それ読みあげる必要ないですよね!? コメントは私が確認するので、彩子はあっちで阿久井さんとらぶらぶしちゃっててください!」
「じゃあ遠慮なくそうさせてもらうわね」
「やっぱり気まずいからやめてください!」
「じゃあ千代宛てに入ったコメントを読みつづけるわね」
「それもやめてください!」
「おまえらうるさいぞ」
動画とコメントを照らし合わせて良かった点と改善点を探っていたが、外野がうるさくてまるで作業に集中できない。先月新居に越してきて、彩子と千代の部屋は別にあるから、特に用事がないのなら別の部屋に行ってほしい。
怜太が前髪を掻きあげてため息をつくと、突然前の前に彩子が現れた。
「うわっ!? ……あのさ彩子、瞬間移動は心臓に悪いからやめろって何度も言ってるよな?」
念動力に、憑依に、呪いに、瞬間移動に。今の彩子は、先輩の幽霊ができると言っていたことをすべてできる。つまり、立派に一人前の幽霊になっていた。
「怜太がおまえって呼ぶたびに驚かせるって私何度も言ってるわよね?」
「はいはい、俺が悪かったよ」
早々に怜太が白旗を振ると、彩子は満足そうに顔をほころばせた。
「幽霊育成ch演出プロデューサーの阿久井怜太を私に殺されて、ゴーストアイドルプロデューサーの阿久井怜太に生まれ変わった今のお気持ちは?」
「まずは奈子と久留実を追い越さなきゃなって思ってる。手助けの必要はなさそうだし」
怜太が亡くなり、彩子が成仏したと世の中に信じ込ませるために活動停止していた三か月の間に、奈子が運営するYouTubeコンテンツは大きく成長した。ジャンルは怜太たちと同じアイドルもの。久留実には、DREAMERSで活動していた頃以上に多くのファンがついている。
「あの時、私が怜太が遠まわしに言っていることを理解できずに殺していたらどうするつもりだったの?」
「そうはならないって信じてたよ。彩子は鈍感だけど、最後の最後できっと気づいてくれるって」
あの日、怜太は彩子に殺された。エンターテイメントに囚われた阿久井怜太を彩子が殺したから、こうして大切なもののためにすべてを捧げる阿久井怜太がいる。
彩子は演技が壊滅的に下手だ。だから、幽霊育成chが終わる寸前まで、怜太の真意に気づかれるわけにはいかなかった。
「ふふ、そうなんだ。いつからこうなるビジョンを描いていたの」
「彩子がアイドルになりたいと言ったときからかな。幽霊がアイドル活動をする。あの時も言ったけど、俺が幽霊に呪い殺されることに負けないくらい面白いエンターテイメントだと思ったんだ。千代が協力してくれるのは予想外の収穫だったけどね」
ちらと千代に目をやる。千代はパソコンから顔を上げ、にっこりと微笑んだ。
「これが私のしたいことですから。片桐さんに言われたんです。これからは千代ちゃんのやりたいことをしなさいって。誰かに合わせる必要はないんだよって」
元弥は三年間、千代のマネージャーとして側にいた。だから情が湧いたのだろう。
千代ちゃんを幸せにしてほしい。それが、元弥が怜太の死亡フェイクニュースを世間に流すための取引条件だった。今はその情報は誤報だったとされているが、ネットの記事で小さく紹介されただけなので、多くの人は怜太が本当に亡くなったと認識していることだろう。
「ところで阿久井さん、幽霊に呪い殺されるよりも面白そうだから、彩子の奴隷として生きていくことを選んだんですか」
「奴隷ってなんだ奴隷って」
一応、立場は怜太のほうが上だ。彩子はアイドルで、怜太はアイドルプロデューサー。
「今日はクリスマスイブです。本当の理由を打ち明けるのにこの上ない絶好の機会ですよ」
じっとまなざしを注ぎ、怜太の本音を引きずり出そうとしてくる。
「そんなものはないよ。エンターテイメントが最優先ではないとはいえ、俺はエンターテイメントを愛しているからね」
「……はぁ。阿久井さんってとんだへたれですね」
呆れたと言わんばかりの目を向けてくる。彩子に軽蔑した態度を取られてもなんとも思わないが、千代に蔑まれるのは屈辱的で少し悔しくなる。
「そうそう、本当の理由といえば私も気になっていることがひとつあってね」
彩子はからかうように微笑みながら言った。
「怜太がサブチャンネルで言っていたこと。全部本当のことなんじゃないの」
つまり、怜太は彩子を偽りなく好いている、と指摘しているのだろう。
「クライマックスを盛り上げるための演技に決まってるだろ」
「私は好きよ」
彩子の頬は赤く染まっていた。
「千代が私を演じているときに口にした言葉に一切の嘘はないわ。私はあなたを好いている。心と心でしか触れ合うことができないけれど、私はあなたとこ……恋人になりたいって、思ってるのよ?」
彩子がゆっくりと顔を近づけてくる。ぷるぷると震えながら、恐る恐るといった様子で、怜太の頬に口づけしてきた。
「っ!」
もっとも、熱も柔らかさも感じられないのだが。
けれど、それだけで充分だった。
「怜太はどうなの?」
「……お、俺は」
鼓動が加速する。頭が真っ白になる。
動顛して二の句を告げずにいると、彩子はしてやったりといった顔をした。
「演出家たるもの、いつ如何なるときも感情を露わにしない。そう言っていたのはどこの誰だったかしら?」
そこに来てようやく、怜太は彩子にいつかの仕返しをされているのだと気づいた。
「ふふ、この三か月、千代の演技指導を受けた甲斐があったわ」
「いや全然演技できてませんけど。……はぁ、彩子も大概です。似た者同士ですね」
千代の目は死んでいた。
「そんな未熟なあなたをプロデューサーとして欲するのは私くらいよ」
彩子は自信たっぷりに怜太を指差して告げる。
「だから怜太、私の生きた足跡を残すためにこれからもカメラを回しなさい。もう二度と死にたいだなんて言わせないんだから」
その怜太に選択権を与えない傲慢な物言いが、出逢ったばかりの頃の彩子を彷彿とさせる。
『私を育てないとあなたを呪い殺すわ』
あの誓いは、今なお生きているのだろう。
彩子は一人前の幽霊となった。しかし、今の彼女の夢は一人前のアイドルとなることだ。その夢を叶えるために、怜太はエンターテイメントを最優先とする自分を殺した。彩子に殺された。
とんだ呪いだ。彩子の夢を叶えるまで、怜太は自分を殺して、彼女をプロデュースするアイドルプロデューサーとして生きていかなければならない。
(いつかアイドルプロデューサーである俺も殺してもらわないとな)
そうしないと、いつまでも伝えることができない。
君のことが好きなんだと。
「好きにしろ」
だから今日も、怜太は遠まわしに彩子を慮る卑怯な言葉に逃げる。
怜太の最優先は、彩子と出逢ったあの日から変わらない。
――この子の幸せのためなら、俺は何度だって死んでやる。
―FIN―




