殺し屋コウ
初めての小説、初めての投稿です。
最後まで読んでいただけたら幸せです。
第一章
深夜1時。
月明りもない漆黒の闇、遠くに街灯が薄暗くちらついている。
黒のスポーツウエアに身を包んだ男が、夜の闇に紛れ、ある屋敷の1つの扉の前にいた。
辺りは大きな屋敷が多く、近くにコンビニもないことから、こんな時間に歩いている者もなく、静まり返っている。
そこは外見こそ古い洋館のようだが、最新のセキュリティーを採用している。
塀の中に入り込んだだけでも、敷地内に灯りが煌々とともり、けたたましいサイレンが鳴り響く。
そのため警備員はいない。家主はセキュリティー装置は絶対だと信じているのだろう。
今時セキュリティー装置など、ハッキングでどうにでもなる。
古い人間はそういうことに疎いので助かる。
男はこともなげに屋敷内に侵入し、あっという間に家主の寝室のドアの前にいた。
ドアをそっと開けると、奥の窓の近くに大きなベッドが置かれている。
ドアの中にすっと入り、部屋の中をざっと見まわす。
部屋の広さは12畳くらいか、ベッドのほかにデスク、袖机、サイドテーブル、本棚など、全て重厚な雰囲気の家具が配置されている。
動くものはない。
次にベッドを観察する。
毛布が息をするように上下しているのがわかる。
家主が眠っているのは間違いない。
男は音を立てずベッドに近づき、寝ている家主の顔を確認する。
ターゲットに間違いない。
男は確認するや否や、毛布をめくりサイレンサー付きのグロックで家主の心臓に一発撃ち込んだ。
ターゲットは目を開ける間もなく命を落とした。
毛布を元通りにかけ、すぐに部屋を出ようとする。
するとドアの外で気配がする。
デスクの陰に身を潜め、様子を窺う。
誰かが部屋に入ってきた。
「あなた、もう寝ましたか」
夫人であろう女の声がした。
女は家主のベッドに近づき、夫が寝ているか確認している。
女がはっと息をのむ気配がした。
女はしかし声も出さず、佇んでいる。
1分ほど後、女は静かに部屋を後にした。
男は10分ほど息を潜めていたが、特に何も起きないことを確信すると部屋を出た。
入ってきたルートで正面玄関から外に出る。
塀を乗り越え、少し離れた場所に停めていた車に乗り込むと、静かに発進させた。
屋敷では、夫人が自室のソファに身じろぎもせずに座っている。
「終わった…」そうつぶやくと口元が自然にほころんでいた。
*****
「は?」
男はシャツの袖に手を通しながら、まだベッドでまどろんでいる女を横目で見下ろす。
女は聞こえなかったのかと思い、もう一度繰り返そうと唇を開きかけた。
が、言葉を発する前に男が言い放つ。
「すまない、二度目はない」
女は少し傷ついたような顔で首をかしげる。
男は構わずジャケットを羽織り、腕時計をはめ、部屋を出ていった。
女は自分の容姿に自信があった。
昨夜、女友達と待ち合わせをしていたホテルのバーであの男を見たとたん目が離せなくなった。
今まで会ったどんな男よりも、いや比べ物にならないほどのオーラを放っていた。
背が高く、あつらえたであろう黒いスーツを着こなし、少し長めの前髪の隙間から見える切れ長の目には翳りがあり、しかしバーデンダーとの会話は意外にも和やかな雰囲気が醸し出されていた。
気が付くとカウンターに座る男に声をかけていた。会話らしい会話をした覚えはない。
実際女はのぼせ上がってしまっていた。
男はどうでもいいような素振りで女がとった部屋へついてきた。
なぜか一度きりの関係だとは思わなかった。それほど男は優しく繊細で、終始女を気遣っているように感じた。
だが、男は「二度目はない」とはっきりそう言った。
「そう…」
女は理解した。きっと住んでいる世界が違うんだ。すんなりそう感じられるほど男は異次元に思えた。
そんな人と一晩でも過ごせたことがラッキーだった。
いや、本当にラッキーだったのか…。きっともう他の男には目がいかない。
ふーっと一つ長い息を吐き、充実感と寂しさを味わいながら、女も身支度を始めた。
*****
男はホテルを出るとタクシーを止めた。運転手に行き先を告げ目をつぶる。
先ほどホテルの部屋に残してきた女のことはもう忘れていた。
男はもともと他人に興味がない。
誘われて気が向けば遊ぶし、必要なら感じのいい会話もする。
見た目は少々とっつきにくい感じがするが、話すとそうでもないとよく言われる。
そりゃそうだ。見た目通りの人間なんていない。
持って生まれた容姿は変えられないが、中身はどうとでも変えられる。
その下にもう一つの顔があるとしても。
タクシーが目的の建物の前に停車する。
住宅街の端にあるちょっとした緑の公園、そのまた端の方に建っている少し変わった屋根の建物。
くじらをイメージしているらしく、なだらかな曲線を描いている。
ここは図書館。
この都市には幾つか公立の図書館もあるが、この図書館は私立。ある企業の先代が無類の本好きで自分専用の図書館をつくった。
世代交代の折、今の社長が誰もが利用できるよう公開した。
ただし、なにせ個人の趣味に偏った書籍のラインナップのため利用する人は少ない。
近所の老人が夏は涼みに、冬は暖を取りにきて入り浸っているのが日常である。
男はその中に入っていく。
迷いのない足取りで奥の方まで進み『関係者以外立ち入り禁止』の札が貼ってあるドアを開け、中に入る。
ドアの中は左右に廊下がのびており、男は左へ向かって進む。
廊下の両側にドアが3つずつあり、男は右側の一番奥のドアの前に立つ。
ドアの横のボードに手をかざすと鍵がカチッと音を立てて開錠される。
窓のない部屋は薄暗いが、間接照明の淡い光があるおかげでスムーズに動くことができる。
部屋の中央の左側にL字型に並んだ大きめのソファ、そばにサイドテーブル、あとは正面の奥に大きめのデスクとキャビネットがあるだけ。
部屋の真ん中にふかふかのラグが敷いてあり無機質な感じを和らげている。
男は奥のデスクまで行きパソコンの電源を入れる。
パソコンが立ち上がると、待ってましたとばかりに画面に顔が映し出されすごい勢いでしゃべり出した。
「コウ、おまえ昨夜はどこに泊まった? スマホの電源切ってただろう! 女か、また女なのか! いや言うな、言わなくていい! どうせ相手の顔も忘れてるんだろう、もったいない…いや気にするな、心の声だ」
男はコウと呼ばれている。
コウは興奮して口をはさむ暇がない相手の息がきれるのを面白そうに待っていた。
「仕事があるから連絡をとろうとしていたってわかってるよな、いつ急ぎの仕事が入るかわからないことも、なのになぜ、なぜにおまえはすぐに行方をくらます!」
ここでようやく相手が息継ぎをした。
コウは相手に最上級の笑みを向けた。
「社長、悪かったよ、今度からスマホの電源は切らないよ。最中でも出るから許せ」
コウは女には冷たいが男には基本優しい。
社長と呼ばれた相手はコウにそんな優しい眼差しを向けられるとそれ以上文句を言えなくなる。
いつものことだ。
「この人たらしめ! いやそれより『最中』って…」
「仕事、あるんだろ」
コウはニコリとして先を促す。
社長は仕方ない、とばかりに一つ大きなため息をついて画面にデータを出してきた。
「今回のターゲットはこいつ、笠原洋平、22歳。バイト帰りの高校生を何の理由もなくボコボコにした。高校生は意識不明の重体。おそらく植物状態になるだろうとのこと。調査部の調べでは…」
「ちょっと待て」コウが口を挟む。
先ほどと打って変わって、厳しい声。
「そんな素人相手に俺が出ていく必要が? そんなのアガタにでもやれるだろ」
「まあ、最後まで聞け」社長が続ける。
「笠原が同じことをしたのは初めてではない。同じことを今までも把握しているだけで3回はやっている。そのたびになぜか罪を免れている。
親は普通の会社員、有能な弁護士がついてるわけでもない…不思議じゃないか?」
「ん?」とばかりに、画面越しに社長がコウの顔を覗き込んでくる。
「調査部でもわからないのか」
コウが尋ねる。
「ああ、笠原の周囲を洗っても半グレの輩との付き合いしか出てこない」
「だから」社長が続ける。
「殺る前にそこら辺の事情を聞き出してほしいんだよ」
なるほど、とコウが考える。ただ、
「拷問は俺の仕事じゃないんだけどね」
「うん、知ってる。でも拷問からの殺しってさ、分けると面倒じゃん」悪びれもなく社長が答える。
「だから」さらに社長が続ける。
「君の助手を準備したよ」
「は?」
本日二度目の「は?」
十数秒間があり、コウが聞き返す。
「助手?」
「そう、助手…まあ、新人研修も兼ねて一緒に連れてってよ。手足として使ってくれていいからさ」
「いらねーよ」
「そう言わずに」
「邪魔にしかなんねえだろ」眉間にしわを寄せてコウが渋る。
「うーん、私は結構買ってるんだけどね」
コウは黙って社長を睨む。無言の抵抗。
「もし邪魔だったら、殺っちゃっていいから」
しれっと社長が言う。笑顔のまま。
(そうか、殺っちゃっていいのか。じゃあ、まずそいつを先に殺るって手もあるか)
コウはそう考えると渋々といったテイで頷く。
日程の調整をして話が終わった。
今日はもう何もすることはない。ジムにでも行くか、コウは立ち上がり部屋を出た。
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