予知能力を持った令嬢が、結婚初日に「君を愛することはない」と言ってきた夫から、溺愛されてる未来を予知した
「エレナ、悪いけど君との婚約は破棄させてもらうよ」
煌びやかな夜会の最中。
私の婚約者であるディンゼル様が、唐突にそう宣言した。
ディンゼル様の隣には、男爵令嬢のフレンダ嬢が、まるで伴侶のように佇んでいる。
「君は女のクセに、男に愛想を良くするという努力がまったく足りていない。どんなに勉強ができても、それじゃ僕の妻としては役不足だ。やはり僕の妻には、フレンダこそが相応しい!」
「ディンゼル様、嬉しいです!」
ディンゼル様はフレンダ嬢の肩を抱き、ハチミツみたいに甘ったるい空気を醸した。
やれやれ、『役不足』の意味すら知らないなんて、このお方は、最後までこうだったわね。
「承知いたしました。この婚約破棄、謹んでお受けいたします。それでは失礼いたします」
「え? あ、あれ? エレナ?」
まったく動揺した素振りすら見せず、二つ返事で婚約破棄を受けた私に、ディンゼル様は困惑の色を浮かべる。
だが私はディンゼル様を無視して、さっさと会場を後にしたのだった。
――私にとっては、この結末は予め知っていた、脚本通りの展開に過ぎない。
子どもの頃から、私には未来を予知する特殊な能力があった。
今回のこの婚約破棄劇も、事前に予知してこうなることはわかっていたので、無駄な問答に時間を消費せずに済んだのだ。
この能力のお陰で人生を効率的に生きられるようになった反面、何とも人生が味気なくなってしまっているのも、また事実だった。
「エレナ、お前の新しい嫁ぎ先が決まったぞ」
ディンゼル様に婚約を破棄されてから数ヶ月。
ある日お父様からそう告げられた。
この展開も予知していたことなので、私の心はまったく動かない。
「左様でございますか。お相手は、どちらの方でしょうか?」
もちろん相手が誰かは予知でわかっているのだが、一応知らないフリをしておく。
私が予知能力なんていう得体の知れないものを持っていることは、家族にさえ秘密にしているからだ。
「うむ、それは、あのシュトラウス侯爵家のご長男、ルドルフ様だ」
そう、私の新しい結婚相手は、【氷の貴公子】の異名を持つ、ルドルフ・シュトラウス様なのだった。
「君がエレナか」
そして私がルドルフ様のお屋敷に嫁いで来た当日。
初めてお会いしたルドルフ様は、私に氷のように冷たい視線を向けてきた。
顔合わせや結婚式すらなしの慌ただしい入籍だったので、私とルドルフ様は、結婚初日の今日が初対面なのだった。
とはいえ、私は予知でルドルフ様のお顔は知っていたのだけれど。
だが、こうしてリアルでお会いしてみると、ルドルフ様のお顔はまるで彫刻みたいにあまりに整いすぎていて、ハッキリ言って人間味を感じなかった。
そのまったく感情が読めない無表情も相まって、これぞまさしく【氷の貴公子】。
まあ、愛想がないという点では、私も人のことは言えないのだが。
ある意味似たもの夫婦と言えるかもしれない。
「はい、ルドルフ様、本日より、よろしくお願いいたします」
私は儀礼的に、カーテシーで挨拶をする。
「変に気を持たせるのも忍びないので、この場で明言しておく。――俺が君を愛することはない」
「……」
この台詞も予知していたので、ああそうですかとしか思わない。
「両親がそろそろ身を固めろとうるさいので一応籍は入れたが、君とは白い結婚にさせてもらう。数年経ってほとぼりが冷めたら、相応の慰謝料を支払ったうえで離婚するから、そのつもりでいてくれ」
「承知いたしました」
そう、私とルドルフ様は、あくまで白い結婚になるのだ――。
これだけハイスペックなルドルフ様が今まで独身だったのは、これが理由だったのだろう。
まあ、現時点で私が予知しているのはここまでなので、ここから先に何が起こるかは私にもわからないけれど、きっと無味乾燥な毎日が待っているのでしょうね――。
「――!」
その時だった。
唐突に頭の中に、未来の映像が浮かんできた。
あ、予知だわ――。
基本的に予知は、私の視点で描かれる。
どうやら予知の中の私はルドルフ様と、街中に二人で立っているらしい。
『……エレナ』
『……はい』
『今さら虫がいいことを言うようだが――俺は君のことを、心の底から愛してしまった。どうかこれからは、俺と本当の夫婦になってほしい』
『ルドルフ様……』
ルドルフ様は火傷しそうなくらい情熱的な視線を、私に向けている。
――えっ!?!?!?
な、何今の????
「ん? どうかしたかエレナ?」
「い、いえいえいえ!! ななななな、何でもありませんッ!」
「?? そうか……」
あ、危ない危ない……!!
あまりのことに、珍しく私も動揺してしまったわ……。
……でも、今のが本当に、未来の光景なの?
今まで私の予知が外れたことは一度もないけれど、このルドルフ様から、あんなハチミツみたいに甘い台詞が出てくるとは、到底思えない……。
「……まあいい。夕食まではまだ時間がある。それまで自室でゆっくりしているといい」
「あ、はい、そ、そうさせていただきます」
ああもう!
まだ心臓がドキドキしてる……!
「…………」
「…………」
そして訪れた夕食の時間。
果てが見えないくらい長いテーブルの端と端で、お互い無言で淡々と料理を口に運んでいく私とルドルフ様。
一流シェフが作っただけあって味は一級品だが、一切の会話がなく進む食事というのは、何とも味気ない。
いや、これだって、さっきの予知を見ていなければ、何も感じなかったのかもしれないけれど……。
「――!」
その時だった。
唐突に頭の中に、未来の映像が浮かんできた。
ま、また予知だわ!
あわわわわ……!!
まだ私、心の整理がついてないのに……!!
予知の中の私は、今食事をしているこのテーブルで、ルドルフ様と身体を密着させながら、並んで座っていた――!
『エレナ! エレナ! あーん』
『うふふ、本当にルドルフ様は、甘えん坊ですね』
ルドルフ様は雛鳥みたいに大口を開けて、私に料理をせがんでいる。
――噓でしょッ!?!?!?
【氷の貴公子】の姿なの!? これが……。
最早完全に氷が解け切って、気化してるじゃない――!!
「ん? どうかしたのかエレナ?」
「い、いえいえいえ!!! ななななな、何でもありましゅえんッ!!」
「ありましゅえん???」
はう!!
あまりのことに、思わず噛んでしまったわ!!
……でも、ルドルフ様、これだけ距離が離れていても、私の表情が見えるのね?
どうやら相当視力はいいみたいね。
私はあまり目がいいほうじゃないから、羨ましいわ……。
「では、そろそろ寝るか」
「あ、は、はい……」
そして訪れた新婚初夜。
私とルドルフ様は、海みたいに広いベッドで、並んで横になっている。
「おやすみ」
「お、おやすみなさいませ……」
とはいえ、私とルドルフ様はあくまで白い結婚。
夫婦の営みなどするはずもなく、そのまま寝る空気になった。
でも、私はさっきの予知で見た甘えん坊ルドルフ様がどうしても頭から離れず、とてもすぐには眠れそうになかった。
「――!」
その時だった。
唐突に頭の中に、未来の映像が浮かんできた。
ま、またなの!?!?
ちょっと待って!!
今だけは勘弁してッ!!
だが、予知は容赦なく、私の頭に映像を見せてくる。
予知の中の私は、今まさに寝ているこのベッドで、ルドルフ様に押し倒されていた。
こ、これは――!!!!
『……エレナ……エレナ、愛してるよ、エレナ』
『あ、あぁ……、ダメです、ルドルフ様……』
ルドルフ様は私を抱きしめながら、耳元で蕩けるような甘い言葉を囁いてくる。
うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!
『あぁ……、可愛い……、俺のエレナ。どうか俺に、もっと可愛い君を見せてくれ』
『ル、ルドルフ様ァ……』
どっひゃあああああああああああああああ!!!!!!!!
「なっ!? どうしたエレナ!?」
「う、うああああ!? ななななな、何でもないんですッ! 何でもないんですうううッッ!!」
「?????」
新婚早々の嫁の数々の奇行に、流石の【氷の貴公子】も、頭に疑問符を65535個くらい浮かべている。
でも、あんなもの見せられたら、しょうがないじゃない……。
――結局この日私は、朝まで一睡もできなかった。
「では、いってくる」
「い、いってらっしゃいませ」
お仕事に向かわれるルドルフ様を、玄関先で見送る私。
――私とルドルフ様が夫婦になってから、早数ヶ月が過ぎた。
その間も毎日のように予知で、ルドルフ様との甘々ラブラブな未来を見せられていたのだけれど、それに反して現実の私とルドルフ様の心の距離はまったく縮まっておらず、相変わらず白い結婚のまま。
それが何とももどかしく、私の胸を締めつけていた。
い、いや、別に、早くルドルフ様とラブラブになりたいわけでは、決してないのだけどね!
……誰に言い訳してるのかしら、私。
とはいえ、ここまで一切何の進展もないのは、流石に気になる。
こうなると私たちがラブラブになるためには、何かしらの劇的なキッカケがあったと考えるのが妥当だけれど、それがまったく見当もつかない。
そもそも私、未だにルドルフ様のこと、ほとんど何も知らないし……。
「――!」
その時だった。
唐突に頭の中に、未来の映像が浮かんできた。
予知の中の私は、屋敷の中庭にある東屋で、ルドルフ様と二人でお茶を飲んでいた。
こ、今度はいったい、どんな未来が……。
『フフフ』
『? どうされたんですかルドルフ様、そんなにニヤニヤして? 私の顔に何かついてますか?』
『いや、やはりエレナは、三つ編みメガネが似合っているなと思ってな』
なっ!?
こ、これは――!!
『あはは、本当にルドルフ様は、三つ編みメガネがお好きなのですね』
『いや、三つ編みメガネが好きなのは否定しないが、俺が好きなのはあくまでエレナだよ。他の女性が三つ編みメガネだったとしても、ここまで胸はときめかないさ』
『ル、ルドルフ様……』
ルドルフ様は春の木漏れ日みたいな暖かい笑顔を、私に向ける。
照れて視線を下げ手元の紅茶に映った私の顔は、三つ編みメガネになっていた――。
……そういうことだったのか。
予知は私の視点でしか描かれないから、今まで未来の私がどんな容姿をしているのかは、わかっていなかった。
まさかこんなところに、答えがあったなんて――。
「お、おかえりなさいませ、ルドルフ様」
「ああ、ただい……まッ!?!?」
その日の夜。
仕事から帰られたルドルフ様を出迎えた私を見て、ルドルフ様は目を見開かれた。
――私が、三つ編みメガネ姿になっていたからだ。
「エ、エレナ……、そ、それは……!!」
ルドルフ様はガタガタ震えながら、私の顔を指差す。
「ああ、実は私、あまり目がいいほうではなくて。今後はメガネで生活しようかと」
「そ、そうだったのか……」
「髪もくせっ毛で纏まりがないので、三つ編みにしてみたんですけど、似合いませんか……?」
「い、いやッ!! そんなことはないッ!! うんうんッ!! とてもよく似合っていると、俺は思うぞッ!!」
「ふふ、そうですか」
ルドルフ様はハァハァしながら、私をガン見している。
どうやらストライクだったらしい。
――私は元々、この三つ編みメガネスタイルで生活していたのだ。
だが、元婚約者であるディンゼル様と婚約した際、このスタイルがあまりにも芋臭いという理由から、ディンゼル様に三つ編みメガネをやめるように強要されたのだった。
でも、まさかルドルフ様にはこっちのほうがツボだったなんて。
人生というのは、本当にわからないものだわ。
「エレナ、これは念のため訊いておきたいんだが、もしかして君は、学生時代の委員会は……!?」
「ええ、図書委員でした」
「はうッッッッ!!!!!!」
ルドルフ様は心臓を押さえながら、悶え苦しみ出した。
どうやら図書委員も刺さったらしい。
うふふ。
遂に崩れ始めた【氷の貴公子】の牙城に、私の胸はかつてないほどに躍っていた――。
「な、なあエレナ、たまには並んで食べないか?」
「……!」
その日の夕食。
頬を桃色に染めながら、ルドルフ様がそんなことを訊いてきた。
おぉ、昨日までの無関心が噓みたいだわ。
「ええ、いいですよ」
「そうか! よかった!」
ルドルフ様は人懐っこい大型犬みたいな笑顔を浮かべる。
あらあら、最早【氷の貴公子】の見る影もないわね。
「うん、美味しい」
今日の夕食は、真鯛のポワレだった。
ジューシーな真鯛の白身と、パリッと焼かれた皮の風味が口の中で溶け合い、思わず口角が上がる。
私は真鯛のポワレが好物なのだ。
……だが、この数ヶ月、夕食に真鯛のポワレが出てきたことは何度かあった。
それなのに、今日だけこんなに美味しく感じるのは、きっと――。
「エレナは、真鯛が好きなのか?」
私のすぐ隣で、ルドルフ様が春の木漏れ日みたいな暖かい笑顔を、私に向けてくれているからかもしれない――。
「はい、そうなんです。子どもの頃から、これが好物で」
「そうだったのか。……俺は、エレナのことを何も知らないのだな」
ルドルフ様は、雨に濡れた大型犬みたいに、シュンとしてしまった。
その様が何とも愛らしく、私の胸は思わずトクンと跳ねた。
「エレナ、もしよかったら、エレナのことをもっと教えてほしい。例えば、趣味とか」
「趣味、ですか……。強いて言うなら、読書でしょうか」
「オオ! 読書ッ! やはり図書委員だけあって、本が好きなのだなッ!?」
ルドルフ様は、図書委員が好きすぎでは……!?
それに、図書委員がみんな本好きとは限らないと思うのですが……。
ふふ、本当に、可愛い人――。
「はい、特にミステリー小説が好きで。ケウィーゴ・ガシノとか、イッシン・ニーショの小説を、よく読んでます」
「そうだったのかッッ!! 実は俺もミステリー小説が大好きで、ケウィーゴ・ガシノとイッシン・ニーショの小説は、刊行されてるものは全部持ってて、私室の本棚に飾ってあるよ!」
「まあ!」
まさかルドルフ様も、ミステリー小説マニアだったなんて!
……相手のことを何も知らなかったのは、お互い様ね。
「では後で、私にも貸していただけませんか? ケウィーゴ・ガシノの初期の頃の作品は、まだ読んでないのも多いので」
「ああ、もちろん! 今でこそ斬新なストーリー展開が目を引くガシノだが、デビュー当時は王道の密室トリックを用いたものが多くて、その作風の遍歴を辿っていくのも面白いぞ!」
「ふふ、それは楽しみです」
これからルドルフ様のことを、もっと知っていくのも――。
「ああ、早く帰って読みたいなぁ!」
あれから数ヶ月。
あの日以来、私とルドルフ様の心の距離は日増しに近くなっていき、今では使用人たちから毎日生暖かい視線を向けられるくらいにまでなっていた。
今日もケウィーゴ・ガシノの新刊発売日だったので、二人で本屋さんに行き、ソワソワしながら新刊を買ったところだ。
好きな作家の新刊を手に取った瞬間の多幸感は、筆舌に尽くし難いものがある。
帰り道でずっと新刊を宝物みたいに抱きしめているルドルフ様を見ていると、心の奥がぽわっと暖かくなる感覚がした。
「でもエレナ、本当に俺が先に読ませてもらっていいのか? エレナも早く読みたいだろ? 何だったら二冊買ったってよかったんだぞ」
「ふふ、いえ、いいのです。私は、ルドルフ様が読まれた本を、読みたいんです」
「エレナ……」
そうだ、今ならハッキリとわかる。
――私はルドルフ様のことを、心の底から愛してしまったのだ。
「エ、エレナ!」
「「――!!」」
その時だった。
聞き慣れた耳障りな声が、私の鼓膜を震わせた。
「……ディンゼル様」
そこに立っていたのは、私の元婚約者のディンゼル様だった。
「いやあ、こんなところで会うなんて、奇遇だね! 元気そうで何よりだよ!」
「……お久しぶりですディンゼル様。ディンゼル様こそ、お元気そうで何よりですわ」
異様に高いテンションのディンゼル様に、悪寒が走る。
この展開は私も予知していなかったのだけれど、予知なんてするまでもなく、この後のディンゼル様の台詞は予想できた。
「ああ、うん! ここで会ったのも、何かの運命に違いないよ! ――もし君さえよければ、もう一度僕とやり直さないか?」
ああ、やっぱりね。
「どういうことでしょうか? ディンゼル様は、私よりフレンダ嬢を選ばれたではありませんか」
「クッ! それが、あの女は思いの外頭が足りてなくてね……。マナーもなってないし、客先でも無礼な言動が絶えなくて……。やっぱ愛想がいいだけの女はダメだって、僕も気付いたんだ。僕の妻には、やはり君みたいな頭がいい女のほうが相応しい! この際見た目が芋臭いのには目をつぶるから、僕と結婚しようよ、エレナ!」
「……」
うわぁ。
「……フザけるなよ」
「え?」
その時だった。
ずっと黙って私たちの遣り取りを見ていたルドルフ様が、氷のように冷たい目をしながら私の前に立ち、ディンゼル様と相対した。
おぉ、【氷の貴公子】モード、久しぶりに見たわね。
「俺のエレナを芋臭いだと? ――エレナはこの三つ編みメガネこそが至高だとわからんのかッ!? 貴様のような頭も目も腐ったクズが、エレナを語るなッッ!!!」
わ、わぁ。
これは最早【氷の貴公子】というよりは、【炎の魔王】って感じね。
「なっ!? ぶ、無礼だぞ貴様ッ! 僕をあのグライナー伯爵家の嫡男、ディンゼル・グライナーだと知らないのかッ!」
ああ、ディンゼル様もルドルフ様のお顔は知らないのね。
ルドルフ様は社交が苦手で、滅多に貴族が集う夜会にも出席されないものね。
「知っているとも。エレナの元婚約者だろ? ちなみに俺は、エレナの夫の、ルドルフ・シュトラウスだ」
「…………え? 夫? そ、それに……、ルドルフ・シュトラウスって……、あの、【氷の貴公子】、の……!?」
ふふ、流石にその異名は、ディンゼル様も知ってましたね。
ちなみに私とルドルフ様が結婚したことは、ちょっと調べればすぐにわかったはずなのに、それすら知らなかったということは、ディンゼル様がそれだけ私に無関心だった証左でもある。
仮にルドルフ様と結婚していなかったとしても、こんな人、こっちから願い下げだわ。
「ああ、そのルドルフ・シュトラウスだ。――エレナを侮辱した貴様のことを、俺は決して許さない。今後シュトラウス領からグライナー領への商談については、厳しく制限させてもらうから、そのつもりでいろよ」
「そ、そんなッ!?」
あらあら。
国内屈指の領土と権力を持つシュトラウス家から見放されたとあっては、グライナー家の行く末も、予知するまでもなく確定したわね。
まあ、どの道ディンゼル様が跡取りな時点で、遅かれ早かれこうなっていたでしょうけど。
「も、申し訳ございませんでした! この通り誠心誠意謝罪いたしますので、どうかご勘弁を!」
ディンゼル様はその場で土下座し、ルドルフ様に許しを請う。
「ダメだ。――今すぐ俺の前から消えろ。俺の理性が、まだ残っているうちにな」
「ひ、ひいいいいいいいいいいいいい!?!?」
ルドルフ様の魔王オーラに完全に気圧されたディンゼル様は、半泣きになりながら、そそくさと逃げ去って行った。
……本当に、惨めな人ね。
「……エレナ」
「……はい」
ルドルフ様は火傷しそうなくらい情熱的な視線を、私に向ける。
この瞬間、私にはわかった。
――あの日私が予知したシーンは、ここだったんだわ。
「今さら虫がいいことを言うようだが――俺は君のことを、心の底から愛してしまった。どうかこれからは、俺と本当の夫婦になってほしい」
「ルドルフ様……」
嗚呼、ルドルフ様――!
「……嬉しいです」
「――! で、では!」
「ええ、私もルドルフ様のことを、心の底から愛しております。私もルドルフ様と、本当の夫婦になりたいです」
「ああ、エレナッ!」
「きゃっ!?」
往来にもかかわらず、ルドルフ様は私のことを強く抱きしめてきた。
ルドルフ様の逞しい腕に包まれて、全身の細胞が多幸感で打ち震えているのを感じる――。
「もう二度と、離さないからな、エレナ」
「は、はい……!」
耳元で甘く囁かれて、思わず背筋がゾクゾクした。
「――あっ!」
「ん? どうかしたか、エレナ?」
「い、いえいえいえ!!! ななななな、何でもありましゅえんッ!!」
「フフ、本当に可愛いな、俺のエレナは」
そうだ、ルドルフ様と本当の夫婦になったということは、あの日予知した――。
『あぁ……、可愛い……、俺のエレナ。どうか俺に、もっと可愛い君を見せてくれ』
『ル、ルドルフ様ァ……』
あの未来が待ってるってことに――!!!!!!
どっひゃあああああああああああああああ!!!!!!!!
拙作、『戦争から帰って来た婚約者が愛人を連れていた』がコミックグロウル様より2026年3月6日に発売された『選ばれなかった令嬢には、本命の彼が待っています!アンソロジーコミック』に収録されています。
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