第41話 「小夏と鷹臣1/5」
昔から、走るのが好きだった。
いつから好きだったかは覚えていない。
誰よりも走るのが好きで、誰よりも早く、長く走りたい、そんな子供だった。
「……負け、たぁっ!!」
「俺も、ギリギリだったよ……ありがとう」
「……おう。だけど、高校生になったら絶対に負けねぇからな!」
「もちろん! お互い学校も違うから、高校生になってからもライバルだ!」
絶対に負けられない相手が出来た。
物腰柔らかで飄々としていて、風みたいに速い、同級生のライバルが。
俺達は何度も大会で顔を合わせて、時に勝ち時に負け、切磋琢磨し合っていた。
中学最後の勝負は俺が負けたけれど、次は絶対に勝つと、お互い心に誓ったんだ。
◆
「…………事故?」
「あー。オレと同中だった奴から聞いたんだが……鷹臣、推薦で入学予定だった生徒が一人、交通事故で走れなくなったらしい。今の時期、推薦でそんな話があるとすりゃぁお前の――」
「っ!!」
「――オイ、鷹臣っ!?」
だけどそれは叶わなかった。
部長、当時のくるみ先輩が言う通り不慮の事故だった。
命に別状は無いと後日、本人から連絡があったけど……それ以降、一緒に走れる事は……二度と無かったんだ。
◆
「鷹臣、お前本当に大丈夫か?」
「……部長。ありがとうございます、大丈夫っすよ」
「だからまだ部長じゃねーよ! 確かに次期部長だけどよー、陸上部は引退が遅ぇの知ってんだろ! まだ今の部長がピンピンしてるわ! って、そんなんじゃなくてだなー!!」
「……大丈夫っす。あいつの分まで、俺が走るって決めましたから」
「…………無理だけは、絶対にすんなよ」
高校生になっても、俺は陸上を続けていた。
小学生の時から地元クラブで世話になっていたくるみ先輩も、今の俺のように次期部長に選ばれていた。
尊敬できる上級生達、真摯に向き合ってくれる先輩、一緒に走ってくれるチームメイトや同級生に恵まれた、充実した高校陸上生活。
だけどこの時の俺の心にはポッカリと大きな穴が空いていて、それを俺はただただ強がっていたんだ。
◆
「はーっ……! はーっ……!」
『行けるぞ鷹臣ー! そうだ前だけ見ろ前を! もう敵はいねー! 今この瞬間だけは、お前だけのレースだーっ!!』
沿道から歓声に混じって怒号とも言える応援が聞こえる。
大きな駅伝の予選会を、俺は最終走者として走っていたんだ。
予選とはいえ、一年生の俺が最終走者を任せて貰えるのはとても嬉しかった。
ここまでレースを作ってくれた先輩達の為に、沿道から叫んで並走している化け物じみたスタミナのくるみ先輩の為に。
そして走るのを辞めてしまったアイツの為に、俺は一心不乱に走っていたんだ。
「はーっ……、はーっ……」
ゴールが近い。
部長が言う通り、あの時だけは俺だけのレースだった。
研ぎ澄まされた感覚。隣を、近くを、後ろを走る相手は何処にもいない。
このまま一位でゴールして、先輩達と華々しく駅伝への切符を掴むんだ……!
『うっ……ぁっ……!』
『き、君! だ、大丈夫か!』
そう、思っていた時だった。
視界の先の沿道から一人の女の子が胸を押さえてコースに倒れてきたのは。
応援する人だかり、その奥で並走しているであろうくるみ先輩も気づかない。
気づいているのはその周りにいる人達と、コースを走る俺だけで――。
「くっ!!」
――気づけば、俺の身体が勝手に動いていた。
コース上でうずくまる、オレンジ色のカチューシャをかけた女の子に駆け寄って。
「え、君……レースは!?」
「そんな事よりっ! 誰か早く! 救護の人呼んでください!!」
「ゲホゲホっ! ごめ、なさ……」
「大丈夫、大丈夫だから! 誰か、誰か救護の人を! ……くるみせんぱーい!!」
足を止め、咳き込む彼女の背中を擦りながら、俺は叫んでいた。
フチなしのメガネの奥で、苦しさから涙ぐむ彼女の顔が忘れられない。
それが俺と小夏の、最初の出会いだったんだ。




