第40話 「せんぱい、恥ずかしかったんスよ!?」
上と下で、柔らかい感触が二つある。
下はベッドだ。
これは小夏に押し倒され、背中からベッドに落ちたからである。
上は小夏だ。
これも小夏に押し倒され、腹の上に跨られているからである。
「こ、小夏っ!?」
「ぐるるるるるるるるっ……!」
義妹でもなく後輩でもなく威嚇モードの小夏が俺を見下ろす。
赤を基調とした陸上のユニフォームは、肌にフィットしているせいで発育の良すぎる小夏の身体のラインをこれでもかと見せびらかしていた。
まるで初日の出のように、俺の目線からだと大きな二つの山の向こうに小夏の日焼けした可愛い顔が見えている。
そんな男の夢のようなアングルを楽しむ余裕は一切なく、俺はただただ困惑していたんだ。
「き、急に……どうしたんだ……?」
「恥ずかしかったんスよ!?」
何とか言葉を紡ぐ俺。
そんな俺の小さな声を、小夏の大声がかき消す。
大きな二つの山から見える顔がグイッと近づき、その頬は朱色に染まっているのが分かった。
「休み時間も、部活の前も、せんぱいは……せんぱいはぁ……っ!」
「す、すま――」
「それにぃっ!!」
謝る事すら許してくれない小夏が言葉を続ける。
「練習中、ず~っと私の事を叫んでたっスよねぇ!? あ、あれ! 校庭の反対側にいても聞こえてたんスよ! これ、ど~いう事か分かるっスかぁ!?」
「……俺の気持ちが小夏にとどい」
「他の部活含めて、ほとんどの人に聞こえてたって事っスよぉ!!」
――グイィっ!!
小夏の顔が更に近づいた。
近づいたどころの話じゃない。
このまま昨日みたいにキスが出来てしまいそうな至近距離である。
でも恥ずかしさで膨れる小夏を前に、そんなムードもへったくれも無かった。
「……食堂であ~んをしてる時点で手遅れだと思うぞ?」
「何でそーいうところは冷静なんスかっ!?」
「……昨日、小夏とキスしてから覚悟が決まったからかな?」
「あぁもう! そういうところも好きっスけどぉ!? 違うんスよぉ~!!」
何かもう、真っ赤だった。
爆発しそうなぐらい真っ赤って、こういう事を言うんだろう。
そんなところも可愛いなんて言えば、それこそ火に油を注ぐ行為だ。
でも小夏も好きって言ってくれてるんだよなぁ……。
「だけど小夏、待ってほしい。俺も正直今すぐにでも小夏に襲ってほしいと思ってるけれど、父さんと義母さんの仕事が落ち着くまでは健全なお付き合いをしよう!」
「義兄妹で一緒にお風呂に入ってキスもして、学校で愛を叫ぶのが健全なんスか?」
「……小夏も、言うようになったな」
「…………せんぱいの、おかげっス」
突然の正論パンチ。
義妹の成長を感じて、お義兄ちゃんは鼻が高い。
でも後半はともかく、前半は小夏からしてきたんだからな?
「どれだけ頑張っても、せんぱいは私の先を行くっス……」
「……小夏?」
さっきまでの勢いが完全に消えて。
小夏はシュンと視線を落としてしまう。
だけどその視線の先、つまり真下には俺がいるので、その顔が丸見えだったんだ。
「……うぅうぅうぅうぅうぅうぅうぅうぅううううううううううっっ!!」
「小夏ぅ!?」
――ポカポカポカポカポカポカポカポカっ!!
そんな可愛い擬音が聞こえてるぐらいの勢いで、小夏が弱弱しく俺の胸元を両手で叩いてくる。
何だこの可愛い後輩は。
何だこの可愛い義妹は?
何だこの可愛い彼女は!?
可愛いところしか無いぞっ!?
「……せんぱい」
「……お、おう」
小夏が、俺を見つめる。
「…………せんぱいは、私と出会った時の事。覚えてるっスか?」
その顔には恥ずかしさと同じぐらい、不安が混じっているように見えた。
「あぁ」
だから俺は即答する。
「忘れた事なんて、一度も無いよ」
俺にとっても小夏にとっても、お互いの人生を変えた……大切な思い出だからだ。




