【コミカライズ記念SS①】夫と息子のラブレター
おかげさまでコミカライズが配信開始となりました。記念SS第一弾です^^
ある晴れた秋の休日。
レオンは自室の文机に向かい、一通の手紙をしたためていた。
『親愛なるジェシカへ
こうしてあなたと夫婦として過ごせる幸せを、私は日々噛みしめている。今朝、食卓でアレクと話していたときのあなたの笑顔が――』
口ではうまく言えないことも、文字だとすんなり伝えられるから不思議なものだ。開け放った窓から吹き込む秋風も心地よく、すらすらと筆が乗った。
――そのとき、突風が窓から吹き込んだ。
「あっ……」
書き上げたばかりでインクを乾かしていた便箋が、ふわりと舞い上がる。
伸ばした手がわずかに届かず、便箋はそのまま窓の外へと飛び出していった。
「……っ!」
便箋は風に弄ばれながら、ひらひらと庭へ落ちていく。
窓から身を乗り出して、レオンは顔をこわばらせた。
――まずい。
誰かに見られる前に回収しなければ。
邪竜の群れを前にしたときですら動じなかった『氷の騎士侯爵』は、俊敏な動きで部屋を飛び出した。
*
「なんだろう、これ」
庭を散歩していたアレクは、目の前に舞い落ちてきた紙を拾った。
「お手紙……?」
何気なく目を落とす。
『親愛なるジェシカへ
こうしてあなたと夫婦として過ごせる幸せを、私は日々噛みしめている。今朝、食卓でアレクと話していたときのあなたの笑顔が――』
「…………」
5歳のアレクでも分かる。
どう見ても、これは母ジェシカへのラブレターだ。
「お母様に? ってことは、これを書いたのは――」
ふいに、頭上にヌッ……と影が落ちた。
「アレク……」
「うわっ、お父様!」
振り返ると、父レオンが立っていた。
いつも無表情なその美貌が、おそろしいほど強張っている。
「返してくれ」
「これ、お父様が書いたの!?」
「…………ああ」
レオンは耳まで真っ赤だ。
(お父様、すっごく照れてる)
すなおに便せんを返しながら、アレクは首をかしげていた。
「お父様、お手紙だといっぱいお話しするんだね」
「…………っ」
レオンの顔がさらに赤くなった。
「だってお父様、いつもあんまりしゃべらないし」
「……まあ、そうだ」
「お手紙だと、ぜんぜん違うね」
「……話すよりも書くほうが自然にできる」
「そうなの!?」
アレクは、ぱっと顔を輝かせた。
「じゃあ、ぼくも書く!」
「ん?」
「お母様にラブレター!」
「ラブレター……」
その単語に何やら気恥ずかしそうな顔をしながらも、レオンはしばらく考え――やがて頷いた。
「……一緒に書くか」
「うん!」
*
「わあ……!」
レオンは、アレクを自分の部屋に連れて行った。アレクは文机の引き出しを覗き込んで、目をキラキラさせている。色も柄もさまざまな便箋が、何種類も収められていた。
「すごーい、いっぱいある! お父様、いつもお母様にお手紙を書いてるの?」
「いや。書こうと思って、買ってはいた」
「こんなに?」
やはり気恥ずかしくなって、レオンは口をつぐんだ。
――六年前。
邪竜討伐へ向かう前夜にも、一度だけジェシカへ手紙を書いたことがある。
口では言えなかった想いも、文字にすれば驚くほど素直に溢れ出した。あれ以来、妻への手紙を書く機会はなかった。
だが先日、王都で人気の文具店の前を通りかかったときに思い立ったのだ――また書いてみようと。
「これ、かわいい! シールも貼っていい?」
「ああ。好きなものを使いなさい」
「わーい」
アレクはさっそく椅子に座り、わくわくした顔でペンを握った。
『お母様。いつもありがとう――』
隣からそっと覗けば、幼いながらもしっかりとした文字が並んでいる。ふだんから、勉強もよく頑張っているのだろう。
レオンは密かに誇らしく思いながら、自分も新しい便箋を一枚取り出した。
予定とはずいぶん違ってしまったが――たまには、こんな休日も悪くない。
*
その夜。
「まあ。二人とも、私にお手紙を?」
ジェシカは目を輝かせた。
「お母様、読んで!」
「ええ」
『お母様。いつもありがとう。この前のピクニック、すごくたのしかったね。また三人でいこうね』
その下には、湖畔で遊ぶ3人の絵。色とりどりのシールも、とてもかわいい。
「ふふ。ありがとう、アレク。宝物にするわ」
「ほんと?」
「もちろん!」
アレクを抱きしめてから、ジェシカはもうひとつの封筒に目を向けた。
「それじゃあ、次はレオンの――」
思わず目を見開いていた。
……封筒が分厚い。一見すると、手紙というより書類のようだ。
「いや…………私のは、今見る必要はない」
ぼそりと呟くレオンの顔が、とても赤い。
「ここで読んだらいけない内容なの?」
「そういうわけではないが」
「じゃあ、今読ませて」
「…………」
封を開け、ジェシカは一枚目に目を通す。
そこに綴られていたのは、日々の中でレオンが見つめていたジェシカの姿だった。
笑顔がまぶしく、愛おしい。何気ない仕草や交わした言葉。そして、今こうして家族三人で過ごせることへの、溢れんばかりの喜びと感謝が綴られていた。
読み進めるうちに、ジェシカの頬も赤く染まる。
「ありがとう、レオン」
そしてジェシカは、ふと思った――6年前の手紙には、何と書いてあったのだろう?
出征前に書いてくれたあの手紙は、ジェシカに届くことはなかった。
何が書いてあったのか以前レオンに尋ねたけれど、レオンは首を振っていた。――「あの手紙は、無事に役目を終えたんだ」と、淡く笑って言っていた。
あの日の手紙は届かなかった。
けれど今は何度でも、レオンの言葉を受け取ることができる。
「それじゃあ、私も二人にお返事を書くわ」
「ほんと!?」
目を輝かせるアレクの隣で、レオンも優しい笑みを浮かべる。二人の手紙を胸に抱き、ジェシカは幸せそうに笑った。
コミカライズが9/5よりコミックフェスタ先行配信となりました。
⇒ https://comic.iowl.jp/titles/254710
1話無料で読めますので、ぜひぜひお越しください^^





