34.対峙
コバルトブルーをした切れ長の瞳が印象的な、端正な顔立ち。清潔感のある七三に分けられたブロンドヘアー。贅肉のかけらすら感じさせない、すらりと伸びた肢体を包むのは、白の礼服だ。
広間に集まった貴婦人たちの熱視線を一身に集めながらも、それらを意に介することなく、第二王子エーミールは人好きのする微笑みをこちらに向けている。
「先ほどから見ていたが、そのワインに何かあるのかな?」
声を張り上げるというよりも、よく通る声でそう言うと、エーミールは赤紫色の液体で満たされたグラスに視線を注いだ。
「せっかくのワインだ。飲まないのはもったいないと思うのだが。……もしや、何かが混ぜられているとか」
さりげなく追求するエーミールの言葉に、広間に集まった貴族たちがささやきを交わし合う。つい先ほどまで、俺に対する悪意を隠そうとしなかった人々が、エーミールが加わったことにより、憐憫の声を交わし合っているのだ。
なんという茶番なのだろう。肩をすくめたくなる衝動に駆られていると、耳なじみのある怒声が広間に響き渡った。
「エーミール! 余の挨拶を無視してまで、そやつと親しく言葉を交わすとは、無礼であろう!」
ミヒャエルの声を無視するように、エーミールは思案顔を浮かべ、顎に手を置いた。
「……ああ、そうか。アルフォンスは十六歳になったばかりだったね。ワインを賜ったとて、酒を嗜むにはまだ早かったか」
「エーミール! 貴様、余の話を無視するのか!」
「うん、ここは私に任せて、アルフォンスは別の飲み物を飲むといい。兄上には私から話しておくから」
「何を勝手に……!!」
「勝手なのは兄上、あなたのほうですよ」
怒声にようやく応じてから、エーミールは振り返り、ミヒャエルと対峙する。
「先ほどからまるで王にでもなったように振る舞っておられますが。次期国王は年明けに決まるはず。それまでは空位であるのに、なにか思い違いをされているのでは?」
「なんだと……!?」
「そもそも年内は喪に服すとお決めになったのは兄上ではありませんか。であれば、当面は父上を偲ぶのが礼儀というもの。自分本位で行動を起こされては、亡き父も悲しまれることでしょう」
「貴様ぁ……。余に、余に刃向かうというのか……!」
歯ぎしりをたてんばかりに、表情をゆがませるミヒャエル。しかし、どう考えてもエーミールの言に一理あるわけで、広間の貴族たちは若きカリスマへ味方するように遠慮がちな非難の眼差しをミヒャエルへと向けるのだった。
「……っ! もうよいっ!」
ワイングラスを床にたたきつけることはなかったものの、衣服を汚すような勢いで給仕に押しつけ、ミヒャエルは大股に広間から立ち去っていった。
後に残された人々はしばらくの間沈黙を守っていたが、やがてどこからともなくささやきが上がると、喧騒が再び広間を支配するのだった。
噂話が飛び交う中、エーミールはやれやれといった面持ちでこちらに向き直り、申し訳なさそうに呟いた。
「兄上がすまないことをしたね、アルフォンス。この通りだ」
「いえ……」
「まったく、兄上には参ってしまうな。聞いての通り、次期国王についてはまだ決まっていないのだがね」
なるほど。ということは、やはりエーミールもその座を狙っているんだなと理解したものの、俺は首を縦に振ることなく、相手の出方をうかがった。
いまさら気付いたけれど、エーミールの取り巻きである他の王子たちがいない。第三王子ダミアン、第五王子オイゲン、第六王子ヨアヒム。彼らがいない中、一対一でエーミールと向かい合うのは初めてのことだ。
給仕を呼び寄せたエーミールは、俺のワインを預けては、“丁寧に処分”するよう念を押してみせる。遠ざかる給仕の背中を見送ってから、若きカリスマは思い出したかのように口を開いた。
「アルフォンス。アーベントラントの再興は上手くいっているみたいじゃないか。任命した私としても鼻が高いよ」
「恐縮です。皆が助けてくれるので、なんとかやっております」
声に出しながらも、俺は別のことに思考を巡らせる。
(どうして俺に助け船を出したんだ?)
考えれば考えるほど謎なのだ。ぶっちゃけた話、俺が死んでいたほうがエーミールにとって都合が良いはずなのである。
犯人としてミヒャエルを追求し、さらに病死と見せかけて国王を害したのもミヒャエルということにしてしまえば、次の王座は、次期国王の発表待たずしてエーミールで確定していたというのに。
何を考えているのか、さっぱり読めない。もはや、軍拡路線の強硬派の人物という評では済まない得体の知れなさと、拭いきれない違和感に悩みながらも、俺はなんとか平静を取り繕った。
「ああ、そうだ。アーベントラントで思い出したが。古代魔術の研究をしていた魔術士たちがそちらに渡ったね」
「……アルバート殿のことですか」
「ふむ、名前までは覚えていないが……。お世辞にも役に立たない研究にいそしんでいた魔術士を喜んで受け入れたそうじゃないか」
「…………」
「どういうつもりだったのか、この機会に聞かせてもらえないかと思ってね」
「古代魔術は使えないにせよ、彼らの知識量は目を見張るものがあります。特に医薬など、民衆に役立つものもあり、であれば助力願えないかと考えた次第でして」
うーん、我ながら言い訳が苦しい。とはいえ、馬鹿正直に思念魔術について話すわけにもいかないし……。
これでさらに追求されたらどう切り抜けようか。そんなことを考える間もなく、エーミールは語をついだ。
「その割には、麾下の兵団にその魔術師たちを編制したそうじゃないか。民衆に役立てるという言には違和感を覚えるが」
……これはバレているのか? いや、どうなんだろう? 思念魔法が使えることがわかっていれば、アルバートたちを閑職に置くことなく、もっと有効活用していたはずなんだ。
ここは知らないほうにかけるしかないなと高をくくり、俺は意識して苦笑いを浮かべると、再び応じ返すのだった。
「なにせ人手が足りていませんで。彼らの本意ではないのですが、無理を言って兵団に加わってもらったのです。医薬が役立つのは民衆も兵士も変わりありませんからね」
そう言うと、エーミールは観察するようにじぃっと俺の顔を覗き込み、やがて何事もなかったかのように話題を転じた。
「今日はよく来てくれた。だが、お前にとって宮中は危険が渦巻く場となっている」
「…………」
「夜も遅いが、早く立ち去るといい。兄上が何かしでかす前にな」
きびすを返したエーミールは、やがて集まる取り巻きを連れると広間から立ち去っていく。
……何かよくわからないが、見逃してもらったと考えていいのだろうか? それとも、こちらの思い違いで、エーミールは俺のことなど眼中になかったのだろうか?
考えれば考えるほどよくわからなくなってきたな。ただまあ、ひとつだけ言えるのは一秒でも早くこんなところを抜け出したいという事実で。
すっかりと談笑を取り戻した貴族たちの間を縫うように、俺はひっそりと広間を抜け出し、着替えをすることなく、レオンハルトと落ち合うための場へと足を運ぶのだった。




