6.柴田 健一 1周年記念宿泊イベント②
"ジリリリリ…“
発車ベルがプラットフォームに響き渡る。
「ただいまよりイベント内特別パフォーマンス『緊急停止列車殺人事件・事情聴取編・その1』を開演します」
駅長が頭を抱え椅子に座っている。
白衣を着た女性が紙が挟まったバインダーを片手に駅長に近づいた。
「柴田駅長、少しお時間よろしいですか」
駅長は顔を上げて彼女を見やる。
「あぁ、近藤先生。わざわざすみません」
彼女はバインダーの紙をにらみながら
「検死の結果をお伝えします。死因は【スズメバチに刺されたことによるアナフィラキシーショック】でした」
と、言った。
駅長が
「スズメバチ?」
と、オウム返しにつぶやく。
「ええ、スズメバチです。秋の行楽シーズンですからね。何処かから紛れ込んで来たんでしょう」
「こんな台風の中を?」
荒れ狂う雨と風の音が流れる。
彼女はわざとらしく咳払いをし
「自然が近い場所ですからね。巣でも近くに有るんじゃないですか?」
駅長は緩く首を左右に振って
「駅の中にスズメバチの巣が有ればすぐに気が付きます。人が多いですからね。ましてや今は秋です。巣作りの時期は春ですから有れば相当の大きさになっていて目立つはずです。それに一番凶暴で数も多くなっている時期です。少なくとも私は駅構内にスズメバチを見かけた事はありません。」
と、答えた。
彼女は大げさに肩を竦め
「まぁ、可能性は皆無ではありませんがかなり不自然ですね。そして服の中にいたのは3匹だけでしたからさらに不自然過ぎます」
と、苦笑する。
「ますます不自然です。巣が近くに有るななら数が少な過ぎますし彼しか被害に有って無いのも不自然です」
駅長は再び頭を抱えた。
突然駅長は立ち上がると
「蜂が他にもまだいる可能性が!?」
と、叫ぶ。
「まぁ…有るでしょうね…」
近藤医師が呑気に呟いた。
「すぐに注意喚起のアナウンスをしなければ!」
駅長は制服のポケットから携帯電話を取り出し放送の指示を出す。
『お客様の中にスズメバチの被害に会われた方がいらっしゃいます。スズメバチを発見されたらどんな状態の蜂でも速やかに駅係員までお知らせ下さい』
注意喚起の放送を聞き駅長は少しだけ安堵の表情を浮かべた。
そして…
「でも何で蜂に刺されたんでしょうか。そもそも蜂が服の中に入り込むものなのですか?」
と、近藤医師に話しかける。
「さぁネェ…」
近藤医師は少し視線を外らせて
「ホトケさんはかなり体臭のキツイ人だったみたいでしたからね。加えて整髪料やらなんやらがかなりキツかった。蜂はそういったニオイに敏感だから引き寄せられたのかもしれませんね」
と解説した。
「じゃあ服に蜂が入り込んだのは列車に乗る前でしょうか?」
駅長の問いに近藤医師は肩をすくめる。
「山登りハイキングの帰りらしいから可能性としては有りますが…乗車してからかなり時間が経っていますから少し無理が有りますねぇ…。自然は豊かですが、この駅の近くに山まではありません」
「確かに…」
携帯電話の着信音が鳴った。
駅長は無造作にポケットから携帯電話を取り出す。
「はい…はい…。わかりました」
駅長は短く答えて電話を切り、深いため息と供に立ち上がる。
「関口真奈美さんが気がつかれたようです」
そう、近藤医師に告げると彼女に背を向けた。
「念の為、彼女を診察しましょう。事情も聞きたいです」
"ジリリリリ……“
発車ベルが鳴り響く。
「『緊急停止列車殺人事件・事情聴取編・その1』
終了です。ご観覧ありがとうございました。」
プラットフォームに拍手が湧いた。
演者2人は深々と周囲に頭を下げる。
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私は演者の方々にインタビューするべくパイプ椅子を抱えて女性専用車両に足を踏み入れた。
「みゃあ先輩お疲れ様」
車両中程のホーム側の席から華やいだ声が聞こえる。
医師役の近藤美也が自席に戻ったところで被害者の恋人役の関口真奈美が労いの言葉をかけていたようだ。
「あー緊張したあ…。変じゃなかった?」
「大丈夫、大丈夫! ちゃんとできてましたよ。セリフも間違えてなかったし…」
そう言いながら関口真奈美が烏龍茶を差し出した。
近藤美也も受け取りながら席に腰を降ろす。
「お疲れ様でした。ちょっとインタビューさせて欲しいんだけど…」
私は二人に声をかける。
「あ、お疲れ様です。駅長さん」
「お疲れ様でした~」
二人は烏龍茶のグラスを掲げて労ってくれた。
ちなみにこの居酒屋を知った経緯とか利用頻度とかは劇の練習の時にインタビュー済みである。
私は通路にパイプ椅子を広げて座り小型録音機を取り出した。
そして、
「どうでした。演ってみて」
と、聞いてみる。
「緊張したあ〜。劇なんて小学生の時ぐらいしかやった事ないしぃ…」
「カンペ付きOKだったから少しは楽だったかな? 精神的に…」
「そうそう! 完璧に覚えなくて良いって思えたのがありがたかったねぇ…」
そう言いながら小道具や手に書いてあるカンペを見せてくれた。
「これ写真に撮ってもいい?」
私はカメラを取り出す。
「えーっ! 嫌ですぅ。恥ずかしいじゃん」
「そうそう! 実はセリフは覚えてませんでしたってバレちゃう」
二人は慌ててカンペをしまった。




