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22.浮気の真相2

*****


 デートの日――。


 リヴィとの待ち合わせ場所に、怒りの形相でディディエを見るライアンが立っていた。

 ディディエはバツが悪そうに視線を下に向ける。ライアンは、歯をギリギリと鳴らさんばかりに噛み締め、彼の胸倉を掴んだ。


 ディディエは手紙に細工した事を謝った。本当はセルパンの上刻ではなく、上刻半がレディLとの待ち合わせであった事を打ち明けた。

 上刻と上刻半では半刻――つまり、30分違うのである。


「あんなに嫌だって言ったよな? なぁ !?」

「でもライアンを連れてくるっていう事をするのと、しないのとでは、彼女からの印象はまた違うだろ! 『あぁ、ちゃんと頼んでくれたのね!』ってなるだろ! 頼むよライアン! そこの馬車にいるんだ!」


 『あぁ、ちゃんと頼んでくれたのね!』の台詞をディディエは裏声で言ったので、腹が立っているのに余計腹が立った。ライアンはぐっとディディエの胸倉を左手で掴んだまま、右手の拳を胸元で震わした。


「ちょっ、ここは寮じゃない! こんな街中で問題起こしたら新聞に載る! 【将来のカルム伯爵、ご学友を殴る】とか書かれる! 新聞屋ならもっと面白い見出しを思いつくぞ!」


 そう言われ仕方なくディディエを離した。友人を許した訳では無い。彼の言うようにそんな事になってしまったら、祖父や父に迷惑がかかると思ったからだ。それだけでない、もしかしたら父が護衛をしているレオナールや、待ち合わせをしたリヴィにもかかるかもしれない。

 ディディエはほっと一息吐いて、乱れた首元を直した。


「……ひと言だけだぞ」

「ほんとゴメン。今すぐ連れてくる」


(こいつがモテない理由がわかった気がする……)


 そう思っているとディディエが馬車へと向かう。ライアンは左手を腰にあて、馬車に背を向けて待った。深呼吸をしてなるべく自身を落ち着けた。

 イライラしている表情も、なるべく普通へと戻す。ディディエが悪いのであり、ディディエの彼女と元カノは悪いわけでは無いので、彼なりの配慮だった。


「ライアン!」


 その声と共に左腕に重みと衝撃が走る。いきなりの事で前に倒れそうになるも、鍛えられた体幹で何とか持ち直した。

 左腕にはアリスが腕を絡ませていた。豊満――いや、爆乳な胸を腕に当て、うっとりとした表情でライアンを見ていた。


「ありがとうライアン、よりを戻してくれるのね」

「え……はぁ!?」


 驚いて振り向きディディエを見ると、首を横に振り「そんな事は知らない」とアピールをしていた。ライアンは再びアリスを見た。


「アリス、何か勘違いしてる。俺はよりを戻しに来たわけじゃない」

「――え? ここに来たって事は『いいよ』って意味じゃないの?」


 ライアンはディディエを睨みなら「違う」と言った。こうなるのが嫌だった。変に勘違いされたくなかったから、頑なに無理だと言っていた。そう言われてもアリスは腕を離さなかった。むしろ先程より強く握っている。


「『よりは戻さない』って言いに来た」

「はぁ! 何それ! 意味わかんない!」


(俺だってわかんないよ!!!!)


 アリスはディディエの彼女と顔を合わせた。

 馬車の中で「わざわざ来てくれるってことはそういう事よね!」「断るなら私に会うなんて事しないわよね!」と散々恋話で盛り上がり楽しみにしており、その後の4人でのデートプランも練っていた。話せば話す程、気分は高まった。


 だが違った。

 アリスの乙女の心は踏み躙られた。


「俺、今彼女いるんだよ。その子と別れるつもりはない。それにこれから遊ぶんだ。あと半刻もしたら彼女がくる。だからもうこの腕離し――」

「酷い!」


 アリスはライアンを睨みつけていた。先程のうっとりとした表情など無く、その瞳には炎が宿っており――愛情は憎しみへと変貌していた。


「え?」

「わざわざ王都を指定したのは、彼女と会う次いでってこと!?」

「――ん? ちょっと待って」

「王都はデートスポットが多いからこの後私と遊ぶんだって思ったのに……適当にひと言いって振ったら彼女と遊ぼうとしてるって事よね!」

「いやだって、そもそもこの事は……」


(あれ、これ言っていいのか……?)


 ライアンは言葉を詰まらせた。「この事は知らされていなく、騙された」なんて言ってしまったら、ディディエは彼女と喧嘩をし別れるかもしれない。

 殴りたい程苛ついた友人ではあるが、腐っても友人である。


「えぇ……なんて言うか、その……」


 視線をウロウロさせ考えを巡らせていた時、数メートル先にいるフード付きのケープを纏った少女が目に入った。口をポカンと開け、こちらを見ている。

 そしてその少女が誰か分かった時、はっと息を飲んだ。


「リヴィ……」


 アリスは動きが止まったライアンの視線の先にいる少女を見つけた。そしてすぐに今の彼女なのだと分かった。

 リヴィはゆっくりと歩きながら近付いてきた。


「早く着いちゃって来てみたら――何してるの」


 どうやら会話は聞こえていなかったようで、腕を組んでいる所だけを目撃したようだった。リヴィの視線はライアンから腕に押し当てられた爆乳へと移る。

 ライアンは今の自分の状況を考えた。リヴィから見た自分は、他の女と腕を組んでいる恋人である。


「違う違うリヴィ、これは違うんだ。離してアリス。リヴィ、話そう。本当、本当に違う。彼女は全くもって何でもない」


 ライアンが「全くもって何でもない」と言った時、アリスは指が食い込む程に強く腕を握ってきた。痛くて顔をしかめたが気にしてられなかった。

 それよりリヴィが大事だった。


 彼女は思い込むと話を聞かなくなる時がある。

 以前「変な所がレオナールに似てしまったのね」と母親が言っていたが本当にそうだと思った。自身を見る目が疑いの目であった。話を聞かなくなる前に、早く何とかしなくてはならない。


「何でもない? そんな事してるのに?」

「ちょっと待ってね。誤解しないで。説明するから。アリス、腕を早く離――」


 アリスはライアンの胸元を、これでもかと力強く引っ張った。そして近づいたライアンの唇にアリスは強引にキスをした後、離れた。

 ライアンもリヴィも、いきなりの事に驚き目を瞬かせた。


「ライアン。いつもしてくれるお別れのキスを忘れてるわ」

「――――はぁ!?」

「私の時間が終わって次はこの子と遊ぶのでしょ?」


 何を言っているのか分からなかった。何故こんな事を言ったのかも分からなかった。


「いつもと違うのは、次の子と遊ぶまでの時間を1刻空けなかったのね。半刻程度じゃ、楽しみにしてる子は早く着ちゃって時間が重なるわよ。特に――」


 アリスはリヴィを、じろじろと見た。


「こんな純粋そうな子じゃ、ライアンの彼女は自分だけだと思ってるわ。彼女は貴女だけじゃないのよ。それじゃあね」

 

 フンっと鼻を鳴らしてアリスは去った。「ちょっと待って」とディディエの彼女とディディエも一緒に去った。残されたのはライアンとリヴィで、最悪の空気である。

 リヴィは俯いていた。

 

「……リ、リヴィ」


 そう言って歩み寄り、リヴィの手を取ったが離されてしまった。俯いた彼女の表情は見えないが、怒っているのが分かる。


「……彼女……いっぱいたんだ」


 冷たい声だった。

 初めて聞く声だ。


「いないよ! いるわけないだろ!!」

「じゃあ、私とあの人の――2人が彼女?」

「違うって!! リヴィ、聞い――」

「どっちが彼女?」

「そんなのリヴィに決まってるだろ!」

「じゃあ、あの人は浮気相手?」

「違っ――」

「じゃあ何!? なんであの人あんな事言ったの!?」


 自分の発言に怒って、最後に嫌がらせをしたのだろう。

 だがそう答えるより前に、リヴィは後ろを振り向いて走り出していた。


「リヴィ!!」


 ライアンはリヴィを追いかけた。

 ライアンは足が遅い訳では無い――むしろ速い。だが追いつけないのは、リヴィが風の剣(シルフィード)の魔法を使っているからだ。しかしリヴィもいつもより遅かった。王都の街は人が多い。その人達にぶつからない様に、風を纏って魔法で走っているからだ。捕まえる事は出来ないが、見える位置にはなんとかいる。


 リヴィは1台の馬車の前に止まった。トントンと叩くと、中から見覚えのある女性が出てきた。リヴィの侍女エマである。


「エマさん、帰ろ」

「え? ええ? もう、ですか? デートは……」


「リヴィ!!!!」


 数メートル後ろから叫んだ。

 行かれては困る。

 何としても誤解を解きたい。


「さようならライアン。あの女の人とお幸せに」


 リヴィは馬車に乗り込んだ。


「違うんだ。話そうって! エマさん、リヴィを出して。話がしたい」


 エマが戸惑っていると、馬車の中から「閉めて!」と大声が聞こえ、エマはライアンに会釈をして扉を閉めた。

 身分はライアンが上だが仕えているのはリヴィである。ライアンの指示には従えなかった。


 馬車は走り去りライアンは残された。


 ライアンはその後の事はあまり覚えていない。いつの間にか騎士学校の寮に戻っていた。

 ジェレミーの証言によると、魂を何処かに置いてきたライアンが椅子に座っており、その横でディディエが額を床に擦り付け、1日中、土下座をしていたという。

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