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第18.5話 智香と麻耶

GL回です。

 学外研修を終えて学園へと戻ってきたその日の夜。龍平達の担任である鷹野麻耶は学園が所在する新東京区の少し外れにある居酒屋の暖簾を一人くぐる。

 麻耶はここである人物と待ち合わせをしていた。


「ともちゃん! ごめん待った?」


「私も今来たところですよ」


 既に到着し個室で一人待っていたその相手とまるで恋人同士のテンプレのような会話を交わす。最も、その待ち合わせの相手は友人の智香であり、そんな愛し合う男女というわけでもない二人がこんな逢引のようなやり取りをしたところで甘い空間なんてものが生まれるはずもなく、むしろそんならしいやり取りをしているということに二人は微笑した。


「とりあえず料理は適当に注文しておきました」

「あいよー。じゃ、飲み物オーダーするね」


 長い付き合いということもあってこの辺りのコンビネーションに抜かりはない。このやり取りも何回も繰り返しているうちに特に意味もなく洗練されてしまっていた。


「「乾杯」」

 

 お酒が到着すると、まずは乾杯と優しくジョッキを合わせてゆっくりと一口飲む。度数の高いお酒を一気飲みしたり、記憶が無くなるまで飲むなどそのようなモラルに欠けた飲み方はしない。

 お酒が到着すると間も無くして料理が運ばれてくる。


「これはひどい……」


 枝豆、だし巻き卵、味噌キャベツ辺りまではまだ普通だったが、そこに刺身、唐揚げ、麻婆豆腐、ハーフサイズのピザとテーブルの上に和洋中の料理が無秩序に並ぶカオスが生まれていた。


「とりあえず食べたいものを頼みました」


「全世界のファンには見せられない光景だわ」


 智香の恐ろしいのはこれを一つの正解に出来てしまうところだ。例えば、智香がカラスを白だと言えば『カラスは黒いが、白でも正解』ということになるかもしれないし、或いは熱狂的な信者なら『カラスは白い』というところまで発展するかもしれない。ヘンペルのカラスなんてパラドックスも智香の前では形無しだ。

 それが日本魔導士界の水瀬智香という存在なのである。


「世間は私に清廉さを求めすぎなんですよ」


「あー、まぁそれは思う。生徒にともちゃんの印象を聞いたら絶対完璧超人みたいな答えが返ってくるし」


「だから公の場に出たくないんですよね……」


「普段のともちゃんって結構だらしないもんねー。私としてはそっちの方がともちゃんって感じがするんだけど」


 麻耶は流石に智香のことをよく知っている。夏の熱帯夜下着姿で寝ることも、また冬の寒い日にはテレビをつけたままこたつで寝落ちすることだって知っていた。


「プライベートくらいは自由に過ごさせて欲しいですね。まぁ最近はそんな時間もあまり取れませんが……」


「やっぱ学長って忙しい?」


「いえ、忙しいのは組織の方です。何やら中国できな臭い魔導研究が行われているみたいで、長期休暇を返上して劉磊(リュウライ)と調査をしろと命令がありました」


 劉磊というのは智香の所属するNBMTのメンバーで、龍平と智香に次いで若い28歳のS級魔導士だ。智香と同様、魔導士ならば知らない人はいないであろうビッグネームである。


「日本と中国のトップ魔導士を顎で使う組織って……」


 世界で両手あれば数えられるS級魔導士を雑用に使うNBMTに思わずドン引きする。そんなことをする魔導士集団は世界中どこを探してもNBMTくらいなものだろう。

 ちなみに、組織の活動がいつもこんな調子であるため、世間から常識知らずという不本意な名称をつけられている。


「まぁ私のことはいいんですよ。それより麻耶、先生の仕事にはもう慣れましたか?」


「どうだろう。ちょっと自信無いかな……」


 その声音で麻耶が本気で参っているというのは容易に理解できた。もともと教え子を持つのが初めてということでプレッシャーがあったのと、さらにそこに今回の学外研修が追い打ちをかけた形となった。


「研修で生徒を危険な目に遭わせちゃってさ、こんなんじゃ先が思いやられるなぁって……」


別にこれは麻耶だけの責任ではないのだが、失敗したという意識がバイアスになってしまっている。現に、あの場には麻耶よりもベテランの教員が多数いたのに誰もあの状況を防げなかったのだ。


「報告書は読みました。麻耶の生徒が遭難したとききましたが、それは他の生徒を助けていたからだと聞いています。決して貴女だけの責任ではないですよ」


「いや、もっとやりようがあったよ……」


 智香の励ましもあまり効果はなく、麻耶の曇った表情に変化はない。それだけ麻耶の中で失敗したという意識が強すぎるのだ。もっと上手くやれたとか、あの時こうしていれば、というたらればのことを考えてしまう。


「それは過ぎたことだからそう言えるだけですよ。やれることをやった、それで十分じゃないですか」


 たらればなんて話は詮のないことだと智香はばっさりと切り捨てる。智香は、結果的に誰も傷つかなかったということを上手くやっていると言っているのだ。


「それにしても、麻耶がここまで落ち込むなんて珍しいですね」


「ともちゃんがそれ言う? 逆に私はともちゃんの落ち込んでるところなんて一回も見たことないけど」


 学生時代の頃から首一つ抜けていた智香。常にその下にいた麻耶は初めの頃は智香を羨望し、劣等感のようなものを抱いていた。もっとも、数ヶ月もすれば仲良くなっていたのだが……。

 それは兎も角として、麻耶からすれば智香が落ち込んでいる姿というのは高校時代から一度も見たことがなかった。


「私だって人間ですよ。失敗もしますし、落ち込むことだってあります」


「えー、じゃあそういう時どうしてるの?」


 これだけ長く付き合ってまだ見たことのない智香がいるとは思わなかった。そうなると、どうやってメンタルを整えるのかということに興味が湧く。

 ただ、智香の答えは麻耶の予想の遥か斜め上を超えてぶっ飛んでいた。


「そうですね……。私はとにかく義弟(おとうと)に甘えます」


「え? ごめん、よくわかんないんだけど」


 麻耶は智香が急に壊れたのではと心配になる。智香が男に甘えているところなんて想像が出来ないし、そもそも智香から弟がいるなんて話をこれまで聞いたことが無かった。


「まさかそういうお店に……?」


「なんだかものすごく不名誉な勘違いをされそうなので言いますけどNBMTのメンバーですよ。規則なので名前までは言えませんが」


「いや、それもそれでスキャンダルだけどね」


「可愛いですよ義弟。突然家に押しかけたのにご飯を作ってくれたりとか、こたつで寝てたらベッドまで運んでくれたりとか」


「あれ、小間使いか何か?」


 最初は甘えると聞いて猫なで声を出している智香の姿を想像していた麻耶だったが、あまりの傍若無人っぷりにそんなピンク色な風景は一瞬で消し飛んだ。


「恥ずかしながらそのせいでついつい甘えすぎてしまうってところはあります。まぁ義弟云々は置いておくとして、落ち込んでいる時に人に甘えるっていうのは手だと思いますよ」


「うーん、それは確かにありかも」


 智香の意見に同意すると麻耶はおもむろに席を立ち上がり、そのまま智香の隣へと座る。


「ともちゃ〜ん」


 麻耶は猫なで声を出しながら智香に抱きつく。このくらいは割と普段通りのスキンシップであった。それに対して智香は、いつもならここで「はいはい」と適当に流して終わらせるのだが、今回は違った。

 智香は密着してくる麻耶の身体を抱きしめ返す。思わぬ反撃に麻耶が困惑していると、そこに更に追い討ちがかかった。


「全く、麻耶は甘えん坊さんですね」


「〜〜〜〜〜〜!!!」


 急に耳元で囁かれ、思わず嬌声が出そうになるのを必死に我慢する。声を抑えようとすれば自然と力が入ってしまい、当然それは智香に伝わってしまう。


「おや? どうかしましたか?」


「ま、まって……ともちゃんのリアルASMRだなんて……」


 タチの悪いことに智香はこれを分かった上でやっていた。ただ、こうも思った通りの反応をされると、ついついいたずら心に火がついてしまう。次に智香はそのいたずら心の赴くままに、無防備に曝け出されている麻耶の耳を甘噛みした。


「ふふっ……こうですか?」


「ば、ばかぁ……ちょっ! 酔ってるでしょ……んっ……!」


 抵抗する力が一気に抜けて、麻耶は智香に抱きついたまま腰砕けになってガクガクと身体を痙攣させる。アルコールが回った状態で脱力したためにそのまま意識を失ってしまう。


「あら、飛んじゃいましたか」


 智香は麻耶の頭を太ももにのせて起きるのを待つ。床に下ろしても良かったが、寝心地が良さを考えて膝枕にした。


「だいぶ疲れが溜まっていたみたいですね。全く、私に文句の一つくらい言ってもいいというのに……」


 智香は眠った麻耶の髪を梳きながら申し訳なさそうに語りかける。というのも、麻耶が学園の教師をしているのは智香が学長に就任する際に一緒に来てくれないかと智香の方からお願いしたからだ。

 それは麻耶が魔導士として優秀であるからということもあったが、気の置けない人が近くにいて欲しいという智香のわがままの部分が大きかった。

 もっとも、そのことは麻耶には秘密にしているが……。


 そのまましばらく頭を撫でていると、突然目を開いた麻耶と視線が合った。麻耶は寝起きというのにもかかわらず、なんとなく状況は飲み込めているらしい。


「いつか絶対刺す……」


 女心を弄ばれたと麻耶は智香を睨みつけるが、そう凄んでも膝枕で頭を撫でられた状態では全く格好がつかない。それに、今麻耶の生殺与奪権は智香が握っているのだ。


「あら、そんな反抗的な態度をとっていいんですか?」


「ふぁぁ……」


 智香は抵抗される前に指で麻耶の耳の裏を撫でる。ゆっくりとしたペースで何往復かするだけで麻耶の表情から反抗の意思は消失し、ついにはその心地よさに顔を蕩けさせていた。


「ほら、早速目が虚ろになってきてますよ」


「むー! やー!」


 麻耶は頭をくるっと回転させ智香のお腹の辺りに顔を埋める。結構大きめな体勢移動だというのにそれはすんなりと成功した。

 簡単な話だ。反抗的な態度を取りつつも、麻耶自身本気で抵抗していないのである。

 なので、あえて智香は撫でている指を動かすのをやめた。


「え……なんで……?」


 突然心地良い感触が途絶えたために麻耶はついつい抗議の声を出してしまう。


「麻耶はいつも反応が可愛くていいですね」


「ともちゃんのいじわる……」


 そう言いつつも麻耶はどこか嬉々とした表情を浮かべている。自分以外の誰も知らない智香の一面を独占しているということが麻耶を昂ぶらせていた。

 そして、それは智香も同じであった。


「なら、もっと意地悪しちゃいますよ」


「だめ、これいじょうされたら……ともちゃんに溺れちゃうぅぅ…………!」


「いいですよ。思う存分溺れてください」


「うんっ……ともちゃんすき、かっこいい……」


 智香が麻耶のだらしなく弛緩した唇を指でなぞると、それがとどめとなって麻耶の理性は陥落する。

 その麻耶の目は、まるで白馬の王子様を見つめる乙女の目になっていた。



 ちなみに余談ではあるが、麻耶の悩みは智香との嬉し恥ずかしの羞恥プレイのおかげで解消したが、今度はアルコールが抜けた後にこの醜態を思い出して死ぬほど後悔したのであった。

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