第19話 幕間 蠢動する悪意
中国某所、そこでは特別国家主席である陳浩然、そして各大臣を交えての会合が行われていた。それはマスコミ等の立ち入りを一切禁止した秘密の会合だが、テーマが魔導士を中心としたものであったためそこにはS級魔導士である劉磊の姿もあった。
「我々魔導研究院では陳主席の指示の下、秘密裏にある研究を行ってきました。今回皆さんにはその研究の概要と、現時点での経過をご報告したいと思います」
そんな国を動かす権力を持った重鎮達が座っている中、場違いとも言える白衣を着た若い研究者の男がスライドを立ち上げ話を始める。
「まず、我々がしている研究の内容を端的に申し上げますと、人工的に神話生物を作るというものでございます」
「神話生物を人工的に生み出すだと……?」
流石に国のトップに準ずる者達だ。ここには頭の回転が速い人間しかいない。失敗した時のリスクはどうなのだと数々の修羅場を経験してきた面々がざわつき始める。
しかし一方で、成功すれば他国を出し抜けるという利益も考えている。神話生物というのは世界の神秘であり時には災いをもたらすアンノウンであるというのがこれまでの常識だ。
もし仮に、神話生物を人工的に生み出せるという話が本当だとしたら、その未知を解き明かしたということになる。そうなれば魔導研究の分野において大きなアドバンテージを得られるのだ。その恩恵は計り知れない。
「皆さん9年前に起きたシチリア島のクラーケン騒動はご存知かと思われます。実は我々はあの際にクラーケンの身体の一部を密かに入手していたのです。そして解剖の結果、あるものを発見しました。それがこちらです」
研究者の男は自分達の研究が成果をあげているので得意げになって揚々としながらスライドをめくる。そこに現れたのは病理組織標本のような写真だった。
もちろん病理組織像を見たところで政治家達が理解できるはずもない。分かるのは何らかの組織像であるということだけであった。
「これは……?」
「クラーケンの細胞でございます。正確には、正常な細胞と異常な細胞の図ですが、まず説明の前に次の写真もお見せしたいと思います」
そう言って出てきた次の写真、それも1枚目と同じように細胞を映した写真であった。
「こっちはダイオウイカの細胞です。実はこのイカの細胞は先程私が正常といったクラーケンの細胞の構造と一致しています」
「よく分からんが、同じイカの仲間だろ? それは本来一致しないものなのか?」
「たしかに同じイカ仲間ではありますが、ここまで一致するということはありません。つまりはクラーケンというのはダイオウイカであると推論出来ます」
「そんな馬鹿なことがあるか。どこの世界に魔法を使うダイオウイカがいるんだ」
大臣の1人が声を荒げて反論を飛ばす。まさにこの大臣の疑問こそが、今回の答弁の本質だ。研究者の男は待っていたかのように先程見せたスライドに戻る。
「もっともな疑問です。ここで私が先程申しました異常な細胞、というのが出てくるのです。ではこれらの細胞の何を異常かと申しますと、それはずばりウイルス感染です」
「ウイルス? 肝炎だとかインフルエンザだとかのあのウイルスか?」
「まさしくその通りでございます。この未知のウイルスの特徴は従来のウイルスとは違い感染力は低くその増殖は緩徐なものです。そして何より最大の特徴は、偏性細胞内寄生性ではないということです。私は先程ウイルスと申しましたが、正直なところこれをウイルスと定義していいのかは微妙なところではあります。言うなれば現代の科学ではウイルスである、というところでしょうか」
偏性細胞内寄生体というのは他の生物の細胞内でしか増殖が出来ない生物のことであり、その中にウイルスも含まれている。
ウイルスは自身でDNAもしくはRNAを合成する能力を持っていないため、それを他の生物に任せて増殖をする、即ちこれが細胞内寄生と呼ばれる所以である。
しかし、今回発見された未知の生物はこのウイルスの特徴を持っていなかったというのだ。
「我々はこれを神話のウイルスということでミソウイルスと名付けました。そのミソウイルスの感染によって生じる症状を『神話病』、つまりクラーケンはミソウイルスによって引き起こされたミソフォビアだと言えます」
饒舌な研究者とは違い話を聞いていた面々は名状しがたい表情を浮かべている。もし本当にウイルス感染だとしたら、色々な可能性が生まれてくるからだ。まっさきに思いつくのは感染のリスクだろう。
「質問がある。それは人にも感染するのか?」
鳥インフルエンザのように人体に感染する可能性が稀というケースもあり得る。またそれとは逆に感染しやすい生物が存在するのではないかという懸念も出てくる。
「感染する可能性はほぼ0に近いでしょう。しかし、ギリシャ神話にはティターンやギガンテス、旧約聖書にはゴリアテという巨人が登場します。あくまで私の推測ですが、ヒトのミソフォビアの症状がこれに当たるのではないかと思われます」
「なるほど、そういう人物が現れたという話が近代まで残っていないと考えるとたしかにヒトへの感染リスクは低そうだな……」
「そこも都合が良いのです。そのくせこのウイルスは血液培地でも増殖するため培養が容易でさらに費用もかかりません。ミサイル一個作るより断然お得なんです」
「「「おお……!」」」
それはまさに低リスクハイリターンの典型だ。それに目ざとく食いつくあたり周りも流石に老獪である。
「それで、どのレベルまで研究は進んでいるのだ?」
陳の発言に辺りの期待が高まるのが分かる。もしこれが実戦投入が出来れば、安価で強力な武器が手に入ったということになる。当然、伊達や酔狂で研究をさせていたというわけではない。
「我々はクラーケンを人工的に生み出すことを当面の目標としています。数ヶ月前にダイオウイカにミソウイルスの感染を確認しましたが、なにぶん増殖が緩徐なため変化が少なく、結果を報告するにはもう少し時間がかかりそうです」
「ふむ……クラーケン以外ではダメなのか?」
「クラーケン以外ですとデータが無いのでリスキーです。その点、クラーケンならば最悪の場合は劉磊殿が対処出来るでしょうから」
「なるほど、確かに最初は慎重になるべきだな」
過去にS級魔導士の智香がクラーケンと互角な戦いをしたという客観的なデータから、同じS級魔導士の劉磊ならばと安直に決めつける。一方、そんな期待の眼差しを向けられた劉磊は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。確かに対処は出来るだろうが、いくら祖国のためとはいえ、こんな危険な研究のために自分が身体を張るというのは面白くない。
そんな劉磊の心内環境など誰も知る由もなく、ここにいる全員が劉磊ならばやってくれるだろうと楽観していた。
「第一目標はクラーケンを生み出すこと、そして次にそれをコントロールする方法を確立すること、最後にウイルスの増殖を速めて生産効率をあげること、この3ステップが我々の研究『機械仕掛けの神』、通称『デウス・エクス・マキナ』計画の全貌です」
研究者の発表に一同が無言になる中、陳は1人だけ不敵な笑みを浮かべながら拍手を送った。
「どうです皆さん、素晴らしい研究だと思いませんか? これが成れば、我が国が世界のトップに立つのは一目瞭然。それこそ、魔法大国である米国や日本を落とすことだって可能ですよ」
結局のところ、兵器を作る目的なんてものは一つしかない。陳はこの研究において仮想敵国まで想定し、なおかつそれで勝てるとまで踏んでいる。そして、陳が明確な目的を挙げたことで劉磊1人を除いてこの場の全員の目の色が変わった。
「魔導士の数ではこちらが上、更に神話クラスの怪物が味方になるのだ。確かに負ける道理がない……!」
「それにこれなら魔導士に対する負担も減る。戦争では避けられない労働人口の減少もこれならケア出来る。陳氏はこれを見越してこの研究を推進していたのか」
場の雰囲気が国の繁栄、中華を主体とした経済循環、そう遠くない日にそれは成るという希望を醸し出す。そこには酒に酔ったような異常な高揚感があった。
その一方で、劉磊は一人頭を悩ませる。
「神話クラスの怪物ねぇ……。日本を相手にした場合、水瀬智香っていうその神話を相手にすることになるんだけどなぁ。いや、ほんと勘弁してくれよ、クラーケンとか今の智香ちゃんなら瞬殺でしょ……」
劉磊は誰にも聞こえないような小さな声でひとりごちた。このままでは中華の繁栄どころか、今の世界での地位まで失ってしまうという最悪の事態が待ち受けていた。しかし、今のこの場の空気を変えることはもはや不可能、いやそれは元々不可能だっただろう。そうなれば劉磊のやるべきことは一つであった。
「はぁ、この流れを止めるにはこの研究自体を無くすしかないか……」
こうして、劉磊は計画を頓挫させるべく動き始めるのであった。




