12.開かないドアもこじ開けて
蓑虫から解放された青年二人に、少女一人。
彼ら彼女らは菊花に丸めこまれてしまった(約二名物理)。
果たして、それはどんな災いを招くのか……?
「取り敢えず、アンタ達の女王様を拝みたいのよね。私」
「初っ端から速攻で無茶を言い出すんじゃないわよー!!」
要求を通す以前の問題を感じて、楓ちゃんは菊花ちゃんの頭を全力で叩き落としていた。搦め手とかオブラートとか、そういった駆け引きを用いない潔さが楓ちゃんを追い詰める!
ぜいぜいと、肩で息をする楓ちゃん。
お疲れな様子に、普段の苦労が偲ばれるというものだ。
こんなに苦労する相手を、野放しにはできない楓ちゃん。
特に、過去なんて……歴史を改変されないか、心配で仕方がない、と。
「……今ここで、歴史を大幅に変えられる前に、この二人をシバいておいた方が良いんじゃ。いっそ埋めるか……?」
「「!?」」
思い悩む、楓ちゃん。
だけど彼女もまた、わかっていた。
ここまで来たからには、何かしらの形で目的を果たさない限り、この問題児共が大人しく帰るという選択肢はないことを。
形だけでも望みを叶えさせない限り、彼女達が何をするかわからない。
結局は被害が最小限に抑えられるよう、楓ちゃん自身がフォローしたり抑圧したり制圧したりと調整しながらも、結局は目的達成の為に協力しなければならないということを。
もしもここで強引に現代に連れ帰ったところで……次は楓の目がないところで、再び過去に行かれてしまうだけ。
だったら楓が監督できる範囲内で、最低限の暴走に押し留められるようにしなければならない。
それが、何よりも難しいのだけれど。
だけど挫けることなく、果断に挑戦しなければならない。
何故なら彼女が放置した瞬間、手芸部のお馬鹿さん達を抑制するモノはいなくなるのだから。
楓ちゃんにとっては、彼女の知らないところで彼女の周囲に被害が及ぶようなとんでもない真似をされること……それが最も恐れることだった。
「それでトヨちゃん、女王さま?に会えるかなぁ」
「えっと……」
ほら、やっぱり気は抜けない。
ほわほわふんわりとした温かみのある笑顔だ。
まるでふかふかのお布団の様な、上手に焼けたパンケーキのような、胸のぽかぽかする笑顔。
そんな笑顔で、さらりと情報を聞き出そうとする蓮ちゃん(無自覚)。
楓ちゃんが頭痛と闘っている間にも、気がついたら菊花や享以外の面子がさりげなく暴挙の幇助に走っているのだから。
今回の暴走は、場所が『過去の時代』。さあ、厄介だ。
場所が過去であるだけに、見ていないところで菊花や享が暴走しないか本気で恐い。暴走した結果、悪影響が現代まで及びかねないのだから。
そして歴史が変わってしまった場合、それを楓ちゃんがそうと認識できないかもしれない……それが恐ろしい。
そう考えると、寒気が走る。
だから楓ちゃんは、いつだって馬鹿を殴って止められる距離にいなければならない。
側にいることが、どれだけ頭痛の種だとしても。
お馬鹿さん達がやらかす騒動に、体力の消耗を迫られるとしても。
そして、案の定。
楓ちゃんの予想に違わず、逸れず。
問題多きお馬鹿さん達はやらかしてしまうのだ。
いきなり女王様に会いたいなんて申し出られたら、どんな反応をする?
トヨちゃんの場合は、全身に動揺が及んでいた。
困惑した顔のまま、難しい問題に直面したとばかりに。
少女は言い淀み、おろおろと困り果てている。
明らかに年下の少女がおろおろ、おろおろ。
真っ当な神経の持ち主なら、良心の呵責に責め立てられそうな光景なのだが。
「何を勿体ぶっているんさねー」
「プロフェッサー、もういっそ突撃しちゃいます?」
「待ちなさい、アオイ。それよりも先に、何か情報を握っているのなら引きずり出すべきよ」
「よ、流石は菊花さね。清々しいまでに容赦がないさ!」
残念なことに、手芸部のお馬鹿さん達に真っ当な神経は期待できなかった。
人前でひそひそと話す、その他人を気にしない神経の太さ。
失礼な仲間達を、楓が右から順番にスリッパで殴りつけた。
その様子に眉を顰めながら、青年の一人がおもむろに話を切り出した。
眉間を揉む仕草が、何とも精神的な疲労感を漂わせている。
「アンタら、媛尊様にお会いしたいって言うが……多分現在の状況じゃあ無理じゃないかね」
「なぬ?」
いきなりの言葉に、部員全員が振り返る。
冷静に考えてみれば意外な話でもないはずなのだが、菊花と享がタッグを組んで「説得」した直後だ。
それなのに素直に協力する姿勢を見せるでもなく、彼女達の要求に難しいと返したその態度。
彼らが菊花の要望を聞き入れないのは、あり得ないことだった。「あり得ないのかよ!」と楓が叫ぶが、あり得ないのだった。
「あの、皆さんが悪くて会えない、という訳じゃないんです」
おずおずと、トヨが口を開く。
「その、今は事情がありまして……」
どう言ったら良いのか、よくわからないのだろう。
困りに困って、イヨは泣きそうだった。
「あの、その、とにかく、お会いすることは無理なんです」
言い難そうな、その態度。
だけどそこで敢えて「なんで?」と返してしまうのが手芸部のお馬鹿さん達だった。
そもそも、簡単に会えると思っている部分に、楓ちゃんは物申したい。
「……これは、あまり言いたくないことなんだが」
「私は気にしない」
遠慮の欠片も無しに、菊花は深いところへ踏み込む事を選んだ。
そして古代人は語った。
現在、卑弥呼(暫定)に会うことができない事情を。
「実はですね。媛尊様には弟が居るんですけど」
「知ってる知ってる。国の実権握ってたんだっけ?」
「ああ、そんな学習漫画あったよね。確か」
「卑弥呼は象徴で、宗教的なカリスマなんだっけ」
話の途中で、話を脱線させていく菊花と蓮。
「アンタ達、人の話は大人しく聞きなさい」
殴りそうになるのを我慢しながら楓が注意した。
手芸部達の様子に、青年が溜息をついている。
――呆れられた。
呆れつつも、彼らも段々と手芸部員達の性質を察してきたらしい。即ち、目的を達成するまでは埒が明かないと。
未だ開放してもらえない彼らは、あっさり情報漏洩の道を選ぶ。
個人情報なんて観念のない時代。
更には、彼らの集落で公然と知れ渡っている事態。
これが重要な機密であれば、彼らも喋らなかったかも知れないが……今更、里に行けば誰でも知っていることと、素直に話すことを選択していた。
素直な彼らに、菊花は露骨にわくわくと話の先を望んでいたのだが。
「それで、最近……ご姉弟で争っておいでのようで」
何だか話が、予想していたよりもしょぼくなってきた。
菊花や蓮が、きょとんと首を傾げている。
それでも話を止めないで、先を望んだ。
「媛尊様は怒りのあまり、館の奥の一室に籠もって出てこなくなっちまった。何日も籠もって、何を言っても何をしても、一向に出てこないらしい。終いには弟の方も籠もっちまったとか」
「うわぁー、大人げないねぇ」
素直な感想を、蓮が漏らす。
楓は急いでその口を塞いだ。
「関係者の前で、そんなことを言わない!」
「楓ちゃん、ゴメンナサイ……」
溜息をつく楓。
何だか、最近母親化している気がする楓だった。
「ふぅん……。出てこないの」
つまらなそうに、菊花が頬杖をつく。
楓はこのまま菊花が諦めてくれないかと期待した。
期待するだけ無駄と知っていたけれど、しないではいられない。
だが、やはりそれは無駄だった。
「出てこないのなら、つまり引きずり出せば良いのよね?」
楓ちゃんは戦慄した。
そして古代人一同も衝撃を受けた顔で固まった。
菊花ちゃんの非常識は今に始まったことではないが、堂々と何を言い出すのかと楓ちゃんの震える指がスリッパを握る。
三百発くらい、殴るべき気がしてきた。
「一体どうやったものかしらね?」
頬杖をついたまま、上の空で考え始める菊花。
菊花は、このまま諦めそうにない。
「今度こそ本物のバズーカで建物を吹っ飛ばそうか?」
危険な享の誘いかけ。
「――って、本物あるのか!」
いつもの風景、楓のツッコミ。
その手のスリッパも、だんだん手に馴染んできた。
「建物が邪魔ならその方法もありだと思うけど」
「いや、危険だから! そんな方法なしだから!」
今度は楓の裏手が、菊花の肩に入る。
「…………カエデ、本当に貴方、ツッコミが上手くなったわ」
「本当さ。まさか一年でここまで上達するとは思わなかったさ」
「……アンタ達、まさか意図的にボケてる?
私のことをツッコミにするために、わざとボケてたりしない?」
「気のせいよ」
「そうさ、気のせいさ」
二人のことを白々しいと、楓は思った。
「まあまあ、楓ちゃん。落ち着いて」
「そうですよ先輩。先輩はいちいち本気で怒るから疲れるんですよ。ここは一つ、自分をツッコミだと認めて、素直にツッコミの道を突っ走って極めましょう? これも個性、それも個性です。そしたらきっと、怒りなんて湧かなくなりますよ! むしろ早くボケてくれないかと心待ちに……」
「させるな! ボケるな! 怒らないなんて無理よ!」
楓のスリッパが、容赦なく葵の頬を殴る。
「やば……っ」
肩を殴るつもりだったのに、楓はスリッパを外してしまう。
頬を殴る気なんて、全くなかったのに……
「ご、ごめんねっ 痛い? 痛かった? 大丈夫?」
おろおろと、根本的に人の良い楓は葵の身を心配する。
殴る気は当然なったのだが、想定以上の打撃を加えてしまえば罪悪感が胸に去来した。
しかし、すぐに心配したことを後悔した。
「す、凄い……っ」
「は?」
「凄いですよ、先輩! 新技ですね!? スリッパビンタなんて、とうとうオリジナルの新技開発の段階まで来たんですね! 凄いです!」
「………………」
どうやら偶然とはいえ新技が出た事への感激で、楓の心配の声が聞こえなかったようだ。
そして楓はスリッパを振り上げた。
「……そんなに感激なら、もう一発食らわせてあげましょうか。きっといい音するわよ。できるものならもう一度感動しなさい」
そう言ったときには、既に殴っていた。
しかも今度は正真正銘、渾身の力で。全力で。
何かが弾けるような、凄まじい音。しかも往復。
「あばばばば……っ!」
八連往復スリッパビンタの応酬に、葵は何も言えない。
「ラストォ!」
楓のスリッパが一際いい音をさせ、葵は吹っ飛んだ。
その進路にいた花が、何気なくひょいと避ける。
間違っても、受け止めてやろうという気は起きない。
葵は地面に激突し、気を失うのだった。
ポカンと、目と口を全開にして古代人達が突っ立っている。
凄まじい手芸部流コミュニケーション(?)に、驚いたらしい。
初見で平気な人がいたら、それはそれで凄い。
そして慣れているため、何もなかったように話を進める部員達。
「やっぱりバズーカは危ないよ、菊花ちゃん」
「そう?」
「何? 本気でバズーカを使うつもりだったの?」
じと、と見つめる楓。
「うん、危ないよ。
だって、もしもそれで中の人が死んじゃったらどうするの?
館を吹っ飛ばす意味がなくなっちゃうよ」
「そこなの? ねぇ、論点はそこなの?」
天然だけど良い子だと思っていたのに。
蓮の言葉に泣きかける楓。
しかし考えてみれば、蓮は菊花の幼なじみだ。
その思考が毒されていても、おかしくはない。
「そうだねぇ、それじゃあどうやって会ったものか」
「中の人に、危害が加わらないような方法……?
とても難しいさね……中々思い至らないさ」
「……アンタって、根っからの危険人物だったのね」
もしやもしやと思いつつも、認めたくなかった事実。
「もう。この時代で会えそうにないんなら、一年前とかに行けばいいじゃない。丁度、タイムマシンがあるんだから!」
焦れったい思いで、いい加減日常へ戻りたくなった楓が言う。
しかしその意見は、すぐに却下された。
「なんで?」
「だって、それじゃあつまらないじゃない。
目の前の障害は、全力で破壊してこそ面白いのよ!」
そう言って菊花は、以前本当に障害を破壊した。
進路の邪魔という理由で、グラウンドの鉄柵を……。
何が何でも、この時代のこの時、卑弥呼(暫定)に会うのだと菊花は言い張った。そして脳細胞総動員で考え始める。
この集中力が、何故定期試験の時に発揮できないのだろうか。
「姉と弟がケンカして、姉が籠もって出てこない、ね」
考えるように、菊花が呟く。
ふと、頭の隅に何か引っかかる物があった。
気になって、脳内で何度も同じ言葉を反復する。
だけど何なのか思い出せなくて、菊花は部員達に尋ねた。
「ねぇ、何だかこれと似た話、聞いたことない?」
「え?」
菊花の問いかけに、部員達は記憶を探る。
姉と弟がケンカして、姉が籠もって出てこない……
思い至るのは、享が早かった。
「簡単さ。アレだろう?」
余裕の笑みを浮かべ、くつろいでいた享が言葉を継ぐ。
全員の視線が集まる中、享はニヤリと笑った。
「姉と弟がケンカして、姉が引き籠もっちまう。
有名な話さ、ほら、知ってるだろう?」
勿体ぶるように、享が皆の意識をひきつける。
やがて彼女は、一つの神話の名を上げた。
それは、手芸部員の誰もが知っている話。
「古事記、日本書紀……【天の岩戸】伝説さ」
弟の素戔嗚尊の所行に怒り、天の岩戸に籠もった女神。
太陽の失踪。長く続く夜の到来。
天の岩戸に籠もったのは、高天原を収める天照大神だった。
そして天照大神を岩戸から引きずり出した方法は……
「ふふふ。やっぱり簡単な方法さ」
享が、怪しい笑みを口元に浮かべる。
「そうさ。天の岩戸は宴で開いた。
ならば私たちも、古事にならって宴を開こうじゃないさ!」
ドンチャン騒ぎとお祭り大好きな、手芸部の問題児共。
こじつけのようなイベントだろうと、それは彼女達にとって好ましく望ましい展開のようだった。
こうして、手芸部員達による宴会が始まるのである。




