第20話 「それじゃあ、いこうか」
(とある美少女視点の話)
文化祭が終わって、いったん教室に移動する。担任が点呼をとって、注意事項を連絡し終わると、
「ちょっと話があるんだけれど、時間あるかな?」
富士山蓮がそう声をかけてきた。
「話って?」
「ちょっと大事な話なんだ」
そう言われてわたしが押し黙っていると、
「別に色恋とかそういう話をしようっていうわけじゃあない。君にとって、大事な話があるんだ」
「わかったわ」
いつになく真剣な面持ちでそういわれ、思わずうなずいてしまった。
校庭の隅のほうに移動したわたしたち。
「ここなら、だれにも話を聞かれるということもないだろう」
「誰かに聞かれるとまずいような話なの?」
わたしがそういうと、彼は沈痛な面持で、
「そうだね。とても大事な話だから。特に、マスコミなんかに聞かれるとまずい話だ」
そう申し訳なさそうにいった。彼は続けて口を開く。
「単刀直入に聞くけど、君はなにか、大事なものを忘れてしまったんじゃないかっていう感覚に襲われることはないかい? たぶん虚無感のようなものだと思うのだけれど」
「……大事なものを、忘れてしまったような感覚?」
それは常々、わたしが感じていたものだった。
「ええ……なぜ、そんなことがわかるの?」
「事実、君は本当に大事なことを忘れている。いや、忘れさせられてしまっているんだ」
「忘れさせられているっていうのは、どういうことなの?」
「……それを詳しく説明するには、この場所では都合が悪い。説得力に欠けるからね。だから、これに連絡してほしい」
そういって彼はわたしの手をとった。
その手は女の子みたいな柔らかさを感じさせた。こうやって近くで顔を見ていると、わたしよりもかわいい顔をしているのではないか……なんていうことを思ってしまう。
そんなことを思いながら呆然としているわたしに、彼は重ねていう。
「都合のいい日があったら、いつでも連絡してほしい。迎えに行くから」
そういった彼の表情ははしんそこ申し訳なさそうだった。いったい、なにが彼をそこまで深刻そうにしているのだろうか。
「……ええ、わかったわ。それから、もう、手を離してもらってもいいかしら」
「おっと、申し訳ない。じゃあ、このあとは彼と楽しんでくることだね」
思わぬ不意打ちに心臓がはねてしまった。
「えっ」
「まさか、後夜祭の伝説を知らないっていうわけじゃあないだろう? 部室に飾ってある作品にも、そういう説明が載っていたじゃないか。それをまじまじと見つめていることを、知られていないとでも思っていたのかい?」
「なっ……自分でいうのはどうかと思うんだけど、あなたはわたしのことが好きなんじゃあないの?」
「ふむ。好きという点に相違はない。ただ一つ勘違いしているのが、ぼくは君のことを友達として好いているというだけのことさ」
「友達として? あって間もないっていうのに?」
「……まあ、いいさ。それじゃあ、あとはせいぜい楽しむことだね」
わたしは、純を探すことにした。
ふと、校庭から校舎の中に入っていく彼の姿を見つける。
いったいなんの用事があるのだろうか。
彼が部室に入っていく姿を目撃する。少しそのまま待ってみる。しかし、電気がつく気配はない。
なんで電気をつけないのだろうか。電気をつけないということは、今ここにいるということを知られたくないということ?
もしかすると、あの部室の中で、誰かと待ち合わせをしているのかもしれない。もしかするとそこでは、わたしが望まない光景が広がっているのかもしれない。
このまま、戻ってしまおうか。なんていうことを考える。いや、ここで勇気を出さなければ意味がない。
わたしは扉を開けた。暗くてよく見えない。
電気をつけると、背中を丸めて座っている彼がいた。
「なにしてるの? こんなところで」
わたしがそういうと、
「ちょっと先に片付けでもしておこうかと思って」
彼はそう答えた。そういうわりに、掃除をしようなんていう気配は微塵も感じられない。なにか、あったのだろうか。しかし、そこまで踏み込んで話しを聞くことはためらわれた。わたしはなんでもない風を装って、彼に問う。
「ふうん。後夜祭、回ったりしないの?」
「そうだな……」
彼は一瞬沈黙したあと、
「いっしょに、回らないか?」
そういった。思わず、
「え、いいの?」
なんていう返事を漏らしてしまう。
「いいのって、そっちこそいいのか?」
「うん……そもそも、純を誘おうと思ってここまできたんだもん」
「それじゃあ、いこうか」




