無意味な臨床実験
前回から引き続き見ていただいた方、ここから読み始めた方、いつもありがとうございます(*´ω`*)
前回とは打って変わってちょっと長めですが、最後まで読んでくださる方がいましたら幸いです。少し前から戦闘描写が多くゲンナリしているところですが、まだまだこのお話は続きます! 年内完走目指してがんばります(*´∀`*)
次回は来週金曜日10月19日20時となっております! 興味がある方はぜひぜひどうぞ!☆(´ε`
一方で、ノアのスタングレネードじみた閃光により視界を失ったイレースらは、すぐに元の明瞭な景色が広がっている。しかし、そこにあった光景は異形の景色だった。
辺りは円形のアクリルドームのような場所で、まるで夢の中のようにいると錯覚してしまうほど狂気的な光景だった。そこを一瞥すると、イレースは混乱するようにぷつりとつぶやく。
「……ここは、何?」
「またトラブルに巻き込まれたっていうのはよく分かるぞ」
カーティスが嫌味っぽくそう言うと、イレースに対して一旦自分が意識に出ると語りかけ、イレースはそれに了承する。
初めて意識的に人格の交代を行ったものの、そんな感傷に浸ることができず、間近に迫っている危機に対して冷静に対処することに全神経を注いでいた。
肉体の主導権がカーティスに変わった瞬間、カーティスは突如出現した気配に向かって振り返る。
そこには、不気味な余裕を浮かべているノアがいた。
それを視認した途端、カーティスは共に異界に飛ばされてしまったレオンの手を握り、ノアのことを真っ直ぐな視線で観察する。
そんなカーティスに対して、ノアは疑問を答えるように言った。
「ここは僕のテリトリーなんだ。素敵な空間でしょう?」
ノアはそう言って、手を大きく広げながらくるりと体を一回転させて楽しげに笑った。
しかし、辺りは未だに夢の中だった。アクリルドーム状の空間の空は、幾つもの絵の具を水に垂らしたように狂気的な色彩を浮かべていて、それが雲のごとくふらふらろ浮遊している。
到底現実と呼ぶには不釣り合いな形相で、残っているのは非現実的な不気味さだけだった。
「悪趣味だな。こんなものを作るなんて、あんた神様かなにか?」
挑発的なカーティスに対して、ノアは機嫌良く答える。
「そうだねぇ。確かにこれを作ったのは僕だけど、神様なんて下らないもの、僕は信じない。神様っていうのはね、意志を持つものが依り代として使うものだからね」
「アンタの神についての解釈なんてどうでもいい。俺たちになんのようだ? 危害を加える様子がないというところを見れば、他になんかあるんだろう?」
「あーそうそう、君たちと素敵なデートを企画したんだよねぇ。ここはさながら、君との待ち合わせエリアさ。どうかな? お気に召したー?」
「嫌味なほど素敵な場所だ。反吐が出るくらいのな」
「わー、君らしいー。カーティスくん?」
それを聞いてカーティスは目の色を変える。そういえば、強烈なスタンを食らう直前、自らの名前を口走っていた。そして同じように名前を呼んだ。恐らくはなにか知っているのだろうが、まさかの人物から出てきた自らの名前に、今回のトラブルのなかで自らが関わっていることを確信する。
その時点で、カーティスはできる限り情報を集めるように交渉を開始する。
「……どうやら、なにか知っているようだな」
「うんうん、僕は今回のことをすべて知っている。そして、黒幕が誰かということもね」
「黒幕だと?」
「そー、黒幕はね~。って、それについて今言ったらこっちのプランに関わるからね。今は言えなーい」
「面倒な奴だな。俺たちに何を望む?」
相変わらずの調子を崩さないノアに対して、若干のいらだちを感じつつカーティスがそう尋ねると、あたりの空気は一変する。不気味とも言える空の色はぐるぐると変形していき、それに呼応するようにノアの体もどんどん変形していく。
「こいつ……やる気満々かよ」
カーティスの言葉を聞いているのかは不明であるが、ノアは大笑いを上げながら肉体を変形させていく。
ノアの小さな体に刻まれた文様が自らの肉体を屠る勢いで肉体が壊れていき、手足が鈍い音とともに崩れ始める。そして、重力に従ってぼとぼとと地に伏していく肉体たちが文様により接合され、手足がもがれて中途半端に糸で繋がれた人形のようになってしまっていた。
そのズタボロの体を前にして、カーティスとイレースは生きた心地が全くしなかった。もはや眼前にあるものが生命体であるのか全くわからない程の怪物に、イレースはすっかり混乱していた。
「カーティス……どうしよう!? こんなのに敵うわけない……すぐに逃げよう!」
相変わらずのポンコツ状態のイレースに対して、カーティスは宥めながら自らのプランを話す。
幸い、眼前の怪物はけたけたと笑い声を上げ、更にその肉体を変形させている。
「イレース落ち着け。あんなのに勝てるわけないのは俺だってわかっている。だけど俺たちは今レオンの保護者だ。一旦冷静になろう」
一方のレオンは、「にぃに、ママ、僕は大丈夫」と言って二人のことを宥めてくれた。それを聞いたイレースは、はっとさせられたのか大きく深呼吸をして、ゆっくりと思考力を戻していく。
「うん。ありがとう。絶対に守ろう」
「おっけー。役割はわかってるだろう? お前は冷静に相手を観察する、俺は全力で死なないように頑張る」
「勿論」
2人はそう決め、イレースは必死に目の前の化物を据え、一方のカーティスは冷静に魔の肉体をコントロールし、臨戦態勢に入っていく。
前日のスポアコントロールの感覚を思い出し、冷静で繊細な動きを再現し始める。カーティスはものの数十秒で完全な臨戦態勢に入ることができた。
そして、カーティスはレオンに対してスポアの防御壁を作り、彼をそこの中に避難させ「壁には触れないようにして、じっとしていてくれ」とだけ残して防御壁を完全に塞いでしまう。その一瞬の隙間のうち、レオンは「頑張って」という祈りを添えて防御壁に身を隠す。
2人はともにノアを見据える。しかし、当のノアは意外な反応を見せる。
「う~ん、いいねぇ。手足それぞれに4本のスポア、そして体幹と背部に2本の大型スポアを配置するスタイル……トゥールを思い出すねぇ」
カーティスは四肢の一つ一つに4本のスポアを発現し、防御用と攻撃用に分けて使えるように若干形態を変えている。どちらもどんな攻撃に対しても対応できるようにできる限りの強度と殺傷能力を備えている。加えて、体幹と背部の大きなスポアによりメインの攻防を行えるようにしていて、カーティスが考えた最も効率的かつ生存率も高いであろう配置だった。
しかし、ノアはそれすらも見据えているように「トゥール」の名前を出した。このことは、イレースにすら大きな影響を与えることになった。イレースは相当混乱したのか、カーティスに変わってポツリと一言呟く。
「トゥール様のことを……知っているのか?」
「勿論だとも。彼はとても愛らしい……カーティス、君が最良と判断したそのスポアのパターンは彼が始祖だろう。すべての四肢に4つのスポアを作り出し、しかも体幹と背部に攻撃用を備える。合理的で非常に強力であるが、それを行うには凄まじい才能と努力が必要……さながらそれは、同時に20個のラジコンをコントロールするようなもんだ。君はとても、才能にあふれる子なんだねぇ?」
イレースの言葉に対してノアが答えることは乏しく、その回答はまるでカーティスへ向けられているようだった。
それを聞いたカーティスは、自らに向けられたものであることを自覚し、挑発的なノアに言葉を返す。
「……どうだろうな?」
「君ならそう言うと思ったさ。まぁ、その形式を操れるのは本当に少ない。始祖となったトゥール、そしてその形式を受け継いだアーネストの天才、ストラス・アーネスト。そして、稀代の天才兵士、グルベルト……たった3人しかいないはずだ。一体君は、何者かな?」
「俺が何者かを知っているのか?」
「勿論だとも……けれど、それは君自身で見つけなければならない。ふふふ~、楽しいねぇ。僕は君と遊びたくてうずうずしている……さぁ、楽しく遊ぼう?」
「変態野郎……」
カーティスの呟きをかき消すように、怪物と化したノアは大きく右腕でなぎ払いを仕掛ける。若干途切れた右腕によるなぎ払いは、不気味な色彩を持つ文様が大部分を締めており、微かに触れることすらも躊躇われる歪な色だった。
一方のカーティスはそれを寸前で回避し、受け身を介してすぐにノアの方向を見据えるが、既にそこにノアはおらず、嫌な予感が過ったカーティスはすぐさま上部に視線を移す。
すると、異形の笑みを浮かべて空にぶら下がるノアが不気味に視界を写っていた。
「素晴らしき反応スピード~」
その言葉の一寸先、ノアは上部から振り払いとなぎ払いをほとんどラグを置かずに行った。
そのスピードは恐ろしく、ギリギリの回避が続くことになる。
状況はあまり良くないことは明白である。カーティスはその攻撃を回避し切るだけで精一杯だった。
そんな中、イレースは自らが感じたことをカーティスに伝え始める。
「カーティス、とりあえず聞ける範囲で気づいたことを言うからラジオにしてて」
「オッケー」
「ノアの正体は魔天でもダウンフォールでもない。恐らく、僕が専門にしている自然神の類だろう。生物学的な特徴と、体を破損させて攻撃形態に移るなんて見たことがないけど、生命体という概念から大きくハズレる自然神であればあれくらいは可能になるだろう」
イレースの長い話についても、カーティスは器用にノアの攻撃を避けつつ会話を続ける。
「つまりこっちに勝ち目がないってことでオッケーか?」
「残念だけどそういうことだ。そして手足を繋いでいる不気味な文様には絶対に触れるな。あれに触れれば魔天の力が全て無効化されるはず……どのような効果があるかはわからないけど、少なくとも近い効果があるはずだ」
「触れるなって言ったって、あいつの体ほとんどじゃねーか」
「この場所から逃げることだけを考えてって言うことでもあるんだよ!」
「それよりも、過去のノアについてのデータを頂戴よ」
カーティスの要望に対して、イレースは過去のデータを思い出す。
しかしその最中、ノアは地上に戻ってきて更にその攻撃の激しさを増していく。
「あーそーびーまーしょー」
ノアはそう言いながら強烈な振り払いの後、なぎ払いを行い徹底的に攻撃の隙を与えない。
一方のカーティスは、その攻撃スピードにある程度慣れてきて、どの程度の速度で攻撃が飛んでくるのかを把握し比較的安定して攻撃を回避できるようになっていた。その現れなのか、飛んできた振り払いをあっさり回避しつつ、そのまま来るであろうなぎ払いを予測して行動し、イレースの話を聞く。
「えっと、ノアが過去において戦闘を行ったということはないけど、あの文様は物質であり、紐のようにこちら側を拘束できるらしい。それに拘束中は魔天エネルギーも完全無力化されるから、やっぱり触れるだけで効果が発動すると考えていい」
「なるほどな。マジでどうすればいいんだよ」
「他にもこの空間を形成したということもあるし、彼はやはり僕らと同じ理に存在しているとは到底思えない。なんとかして彼を説得するしかないような気がする」
「それ、力でねじ伏せる以上に難しいと思うんだけどなぁ」
「それ以外にないでしょ……」
イレースの言葉にカーティスは深くため息をつく。しかし、それが気の緩みに繋がり、カーティスはノアのなぎ払いを避ける際に大きく体勢を崩してしまい倒れ込んでしまう。
この状態で低姿勢のなぎ払いが飛んでくれば確実に攻撃が命中してしまう。さすがのカーティスも焦り、すぐに攻撃の気配を察知するために全神経を集中させる。
幸い、飛んできたのは振り払いであったため、体を横に動かすことで回避することができた。
「あっぶね……」
カーティスは無意識にそう呟くと、強烈な違和感にぶち当たることになる。
なぜ今の状況でノアは振り払いを仕掛けたのだろうか。あの状況であれば低空でのなぎ払いを行えば確実に攻撃が当たったはずだ。これまでのノアの攻撃と正確さからして、判断をミスしたとは到底思えない。それであれば、意図した振り払いであると考えるのが妥当であるが、それでは状況と噛み合わない。
明らかに不自然な行動に対して、カーティスはとある仮説を打ち立てる。
「イレース、あいつ、本物か?」
「どういうこと?」
「今の状況であれば、なぎ払いをしたらとっくに仕留められていたはずだ。それは相手も認識しているだろう。それなのに、どうして今振り払いを行ったんだ? それに、今までの攻撃の中でも、振り払いとなぎ払いを続けて行ったことはなかった。ほぼ同時って言うことはあったが、連続して同じ攻撃は一度もない。どうにも変じゃないか?」
「確かに……」
「相手は戦闘能力に優れた化物だ。今までの戦闘においても実践力の高さが伺える。それなのに、どうしてこんな変なことをしたんだ?」
「つまり、どういうこと?」
「あれは偽物で、目的は別にある……」
それを聞いて2人は、一つしかない別の目的を叫ぶ。
「レオンか……!」
カーティスはすぐさまレオンが入っている防御壁の方に視線をやる。すると、若干形が変形していて、ノアの体にあるような模様が刻まれている。
すぐに後方に目をやると、防御壁に器用な穴が開けられていて、中のレオンがいなくなっていた。
しかし、その光景を目の当たりにしても化物の動きは止まらず、歪な笑い声を上げて攻撃を行う。
状況が更に悪化したところで、カーティスは全力で周囲を見回す。
すると、アクリルドームのような空の一部に明らかにその他と異なる色彩の部分があることを発見する。恐らく、そこにレオンと本体がいると推測し、その部分に攻撃が飛ぶように場所を移動する。
それを見たイレースは、まさかのカーティスの行動に驚きながらその意図を尋ねる。
「カーティス!? 何を!?」
「恐らく奴はレオンに対して危害を加えることを目的としていない。だから攻撃が飛ぶことを避けるはずだ」
「確証は……?」
「ない」
「え!?」
「他に手段はないからな」
カーティスは覚悟を決めるように色彩が一部不自然に変色している部分の前にたち、棒立ちで怪物の前に立ち塞がる。
それに対して、怪物は躊躇いもせずに大きく振りかぶる。そして、そのまま勢いをつけて攻撃を行った。
しかし、その攻撃はカーティスの寸前で止まり、怪物はドロドロと溶けていき、アクリルドームへと溶け込んでいく。
「やっぱり……目的はレオンだったか」
消えてしまった怪物に対して、恨み言のようにカーティスがそう言うと、後方の不気味な壁からノアが出現する。その体からは無数の文様が触手のように出ていて、その一本の先にはレオンが意識を失った状態で縛られていた。
「なかなか素敵な能力だ。君を選んで正解だったよ」
ノアは、ひらひらと上品な仕草で地上に舞い降り、ゆっくりとレオンをカーティスへと戻し、臨戦態勢を解いてカーティスらを見据える。
「その子に封印の文様を与えた。それがある限り、彼はエネルギーを使うことはできないけど、君や彼自身に危機が生じたとき、それは自動的に解かれるようになっている」
「……どうしてそんなことを?」
「いずれわかるさ。今僕の口から全て語ることはできるけど、恐らくそれは対策をされている。君たち自身の手で、真実まで辿り着かなければならない」
ノアの言葉にたいして、カーティスとイレースは首を傾げることになる。彼の言っていることは、こちらとの関係を明らかに示唆するものだからだ。
「お前は一体、俺たちの何を知っているんだ?」
「さっき言ったとおり。でも僕は君たちの敵じゃない。けれど、敵にもなりうる。だから君たちには、早く真相に辿り着いてほしいんだよね」
「そこまで言っておいて、ヒントすら出さないのかよ。大体、俺たちは殺されかけてるんだぞ? 簡単に信用できると思うなよ」
カーティスの尤もな発言に対して、ノアは「まぁそうだよね」と言いながら続ける。
「ヒントならもう出しているよ。そして、もう一つ特別ヒントだ。魔天コミュニティにある、メモリーボックスを確認してみるといい。面白いものが見られるよ。ただ君たちだけで見るといい。そうしないと厄介なことになるよ」
「メモリーボックス?」
「それについてはイレースに聞きなよ。じゃ、僕は帰るから~」
ノアは意味不明なことを連ねつつ、再びスタングレネードの如き閃光とともに消えてしまった。
視界が戻ったとき、カーティスらは崩壊したプレハブの前に取り残されていた。勿論、そこにノアの気配は一切なく、駆け寄ってきたバートレットらが怪訝な素振りでこちらを一瞥するのみであった。