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不条理なる管理人  作者: 古井雅
第八章 鶉衣を纏う王
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赤化

 災害からある程度時間が経ち、日常的な生活に戻っているので、これからは安定して投稿ができると思われます。これからも、この物語をよろしくおねがいします(*´ω`*)

 この部分はいわばまとめ回ですね。それと、この物語の中核的な情報が沢山あるので、完結するときにざっくりまとめるときにはここを使う予定です(・ω・ノノ

 次回の更新は今週の金曜日21日20時となります。以降も改めてよろしくおねがいします。


※12月17日 タイトルを「管理者の系譜」から「赤化」に変更しました。


 同刻、アルベルト・ミラー邸ではイルシュル直属の部下であるハミルトンとこれからの方針について話し合っていた。


 元々ミラー家は、100年ほど前から旧リラを統括していた資産家で、サイライと密な繋がりにあった。そもそもサイライとは、純粋な悪魔宗教から派生したものであり、明確なエビデンスを欲するようになったサイライをミラー家が資金的に援助を行い、25年前の事件の発端となる技術、「プラグ」が誕生した。

 ミラー家はこれにさらなる改良を加えて、今度は旧リラにその技術を売りさばくことになり、サイライとミラー家はリラ国家の中に強大な権力を得ることになった。


 しかしサイライは長くは続かない。サイライの研究員であったスパイと、とある魔天が共謀してサイライを潰したことは、アルベルトの記憶にも鮮明に刻まれていた。勿論、その時の当主はアルベルトではなかったのだが、ミラー家の跡取りとして育てられていたアルベルトも詳細はある程度知っている。


 サイライが崩壊した後、ミラー家は社会的信用や損失により窮地に立たされることになる。それを復興させるために、ミラー家は当時戦争特需で目覚ましい発展を遂げていたザイフシェフトに居を構え、新しい事業に出ることになった。

 それは、サイライでの知識や技術を元手とした取引を行うことで資金を作り、様々な事業に手を出して、ルイーザでもかなりの資本家として名を馳せるようになった。


 そんなアルベルトは、サイライ時代から手を組んでいたトゥール派ととある計画を進めていた。それは、ルイーザに魔天を侵略させることで、いわゆる株の空売りを狙おうとしたのだ。

 こんなリスキーな手段を取らなければならない理由として、旧ザイフシェフト内の機密文書が流失する事件が2ヶ月前に発生したのだ。ミラー家は25年前のザイフシェフト事件において、魔天の誘拐に関わったことがあり、芋づる式でサイライの件と関わっていると知られれば、ミラー家そのものの信用は地に落ちるだろう。そうなる前に、アルベルトはルイーザそのものを滅ぼし、名前を変えて新しい事業を図ろうとしていたのだ。


 実際相当リスクが高い手段であるが、このまま破滅するよりは数倍マシであろうと判断してのことだが、ハミルトンによると、あまりうまく事が進展していないようだ。


「魔天コミュニティの方で少々のトラブルが生じている。こちらはどうだ? アルベルト」


 ハミルトンの重量感あふれる言葉に対して、アルベルトは鼻を鳴らして答える。


「トラブルというトラブルはないさ。強いて言えば、機密文書が漏れたことくらいだが……、こっちは引っ越しの準備も着々とできている。そちらのトラブルがなければ、もう計画を実行していたというのに……何があった? 今も昔も、我々はステークホルダーだろう? 説明責任くらいはあるんじゃないのか?」

「それについては勿論承知している。しかし、こちら側は二重三重にトラブルが重なっている。ある程度の収束がなければ、説明することもままならない。一旦は、計画そのものが遅延するということで認識しておいてほしい。実行の際は、こちらからもう一度連絡をする。これ以上、サイライや25年前の事件について、情報がもれないようにしろ」


 ハミルトンの言葉を聞き、アルベルトは渋い顔で2つの関与が確実であることを知る。


「こちらの件と……関係しているんだな?」

「今はなんとも言えない。しかし、今回のトラブルの中枢には、エノクδが関わっていることが確定した。少なからず、関係があるだろう」


 アルベルトは、その言葉を聞き絶句した。


 エノクδの名前はアルベルトも認知している。というより、忘れることはできないだろう。50年ほど前に、旧リラ国を襲ったエノクδによる大虐殺は、アルベルトの記憶に鮮明に残っていた。

 エノクδは、サイライの後釜となった「リユニオン」という団体を壊滅に追い込み、旧リラの経済状態と治安を大幅に悪化させるという、まさに厄災と呼ぶに相応しい影響を与えたものだ。


 リユニオンは、魔天コミュニティにより投棄されたエノクδを回収し、研究の対象として様々な細胞を採取が行われた。その時、中枢神経に機器が触れてしまったことをトリガーに、3体の異常生命体が出現した。

 その生命体には、体色から後にルベド、ニグレド、アルベドという名称が当てられたものの、時間とともにどれも完全な人型へと変わっていった。恐らく、認識した人間を真似ていったのだろう。しかしそれ以上に強烈だったのが、各個体の戦闘能力だった。

 実際に戦闘に参加したのはニグレドとアルベドの2体だけだったものの、その2体だけで旧リラの軍事力と対等以上に渡り合ったのだ。この戦闘は暫くの間膠着状態になり、ほとんど内戦の状態になっていたという。それでも、人間側が勝つことはほとんどできず、戦闘を仕掛ければ一方的に屠られるような状態であった。そんな状態が3ヶ月続いた頃、リーダー格として機能していたルベドがとある取引を持ちかけて来た。


 それは「本体の衣食住を保障すれば、これ以上の危害を加えることはない。だから降伏しろ」とのことで、当然これに旧リラは反発し、隣国である旧ザイフシェフトの軍事力を借りて事件収束を図ろうとした。


 だが、これを気に戦況は大きく動くことになる。具体的に言えば、エノクδは作り出したすべての生命体が一度消滅し、更に巨大な異形のものとなって人を襲ったのだ。その怪物についての記述は乏しく、見ていたものほとんどが殺されたのだという。幸い、その怪物が極端に活動することはなく、短時間で消滅したようだが、これによって旧リラは降伏を決意する。それは事実上、2つの大国の敗北であり、早期にエノクδの住環境が整えられることになった。


 その後エノクδは、リラとザイフシェフトの国境付近で住環境を整えた場所で隔離して生活することになった。25年前の事件をきっかけに、どこか別の場所で暮らしているようだが、エノクδが現在どこにいるのかなどの具体的なことについて知っているものはいない。

 一国家としては異例の決断を行ったことから見ると、エノクδがどれほどの存在であったのかを認識することは非常に容易い。


 これらの記憶を蘇らせたアルベルトは、慌てるような調子でハミルトンに尋ねる。


「本当に……あれが関わっているというのか!?」

「あぁ。恐らくは、ヤツを捨てた魔天コミュニティへの復讐だろう。他のエノクとも手を組んでるらしい。つまり、魔天コミュニティは今喫緊の脅威に瀕しているといえる。計画どころの騒ぎじゃないんだ」

「……ここは、無事なのか?」


 アルベルトの言葉に、ハミルトンは大きく頭振る。


「わからない。もし、δが復讐の対象として認知しているのなら、無事ではないだろう」

 それを聞いたアルベルトは、少し混乱した調子で考え、一つの結論を述べ始める。


「……本当に、復讐なのか?」

「どういうことだ?」

「エノクδは確かに、甚大な被害を両国に与えたが、復讐などというものに駆られるとは少々懐疑的だ」

「詳しく説明しろ」


 ハミルトンが話を急かすと、アルベルトが過去の事件について話し出す。


「私も直接見たわけではないが、その当時事件に遭遇した人から話を聞いたことがある。あのとき、実際に死者が出たのは最後にδが作り出した巨大生物だったらしい。それ以外の膠着状態では、基本的に死者を出さないように立ち回り、細心の注意をはらいながら攻撃を行っていたようだ。人格としてはそこまで敵意はなく、むしろ心優しい人物であったことを示唆するものではないか?」

 アルベルトの意見に対してハミルトンは首をかしげる。


「しかしそれだけでは決めつけることはできないだろう。あれからもうかなり時間が経過しているぞ?」

「その人物いわく、あの事件で甚大な被害が生じた理由は、交渉を渋った国歌側にあるという。エノクδは住環境を整えるという旨の要求を8回行ったそうだ。そのたびに、”人間側に被害を出したくない”と伝えていたらしい。しかし、国家側は歩み寄ってきたδに対して、更に攻撃を仕掛けて牽制を続けた。8回目の交渉の際には、”これ以上は待つことができない。でなければ多量の犠牲を払うことになる。こちらはそこまでのことをしたくない”と何度も言っていたらしい。何度も何度も、δは丁寧に交渉していたのにもかかわらず、国家は最後まで交渉の応じなかった。それこそが、あの被害の最大の原因であると言われているんだ。このことから考慮すれば、エノクδが復讐に走るとは少々思えない。これについては、あの事件に関わった多くの人が口をそろえて同じことを言っている。魔天コミュニティには、どれほどの情報があるのかによるが、どうなんだ?」


 アルベルトの話を聞いたハミルトンは、顔をしかめながら悩む。

「8回か……エノクδ本体の肉体が衰弱ギリギリまで、待っていたって言うことか? かなりの膠着状態が続いていたようだから、本体も苦渋の決断だったという可能性もあるが……」

「あぁ、だから短絡的に復讐として動いているわけではないのではないか、ということが私の見解だ。勿論、判断はそちらに任せるがね。部外者の見解であるということを前提に考えてくれ」

「当然だ。こちらも一国家として動いているから、独断で決定することはできない。しかし、参考にさせていただこう。それと、一つ聞きたいことがある」


 アルベルトの言葉を噛み締めたハミルトンは、一旦話題を変えて、一番最初に生まれた「サイライ」について尋ねる。


「サイライの時に捕獲された魔天についてのデータ、まだ残っているか?」

「いや、残っていない。一応は私の記憶の中だけにとどめている。物的証拠は存在しない。曖昧でいいのであれば、わかることは話そう」


 その言葉に、ハミルトンは唸りながら幾つかの事柄を確認する。


「あの時に捕虜した魔天は2人、ベリアル、イェルだったはずだが、これらの暴走は確認されたか?」

「いや、どちらも洗脳から進めていたから、これといった暴走は確認されていない。だが、捕虜された魔天はその2人に加えて、もうひとりいたはずだ。資料には記載されていないが、正体不明の魔と思われる少年がともに捕獲されているはずだ。その少年は、ほとんど無抵抗のまま捕まってきて、捕まえたっていうよりは保護したって感じだったらしいが、魔天だったようだから、そのまま洗脳を施そうとした。結局うまくできないまま、解体後の所在は他の2名とともに不明。恐らくはコミュニティに戻ったのだろう。ただ本当に謎の多い人物ではあった……それについて、なにか資料が残っているのか?」


 アルベルトの話を聞き、ハミルトンは驚きつつも話し出す。


「時期的に、そいつはイレースだろう。メルディス派の研究者だ。まさか、サイライに確保されていたなんて……知らなかった」

「そのイレースって、どんな人物なんだ? 単純な好奇心であるから、言える範囲で構わない」

「期待してくれてるようで悪いが、イレースについての情報はない。イレースについての情報は、現メルディスことベヴァリッジが後見人をしていて、その後は二家のアーネストに引き取られたって言うことくらいだ。それ以外については、ほとんど情報がない」


 イレースについて妙に気になっていたアルベルトは、イレースについての情報がこちらにもないことに強烈な違和感を覚えていた。


 イレースという人物は、サイライ内でも異形の人物であったことが資料に残されている。サイライは確かに、ベリアルとイェルという2人の魔天を確保していたが、その手段としてはトゥール派の協力を仰ぎ、できるだけ本体を刺激しないように誘拐するというものだった。そんな中イレースは、自ら捕虜されるように仕向けた動きをした挙げ句、実験を行おうにも自らの力を完全に停止させ、ただ漠然と一日を過ごすという行動をとっていた。流石に、その状態で強制的に実験に参加させることはできず、結局そのままサイライ解体まで不気味な存在として隔離されていた。

 アルベルトは、実際にイレースを目撃したことはないが、奇怪とも言える行動に疑問を抱えていた。イレースは、何かしらの目的があって、自ら「サイライ」に出向いたが、結果的には目的達成をすることはできずに息を潜めていた。アルベルトには、そんなふうに思えてならなかった。


「……もしかしたら、その人物には警戒したほうがいいかもしれないぞ」

「どういうことだ?」

「言いしれぬ……怪物なような気がする」

「なにか根拠でもあるのか?」

「彼については、体内エネルギー量が尋常じゃなく多かったらしい。ほぼ同じ体躯のベリアルやイェルの2倍近いエネルギー量になるようだし、戦力としては相当だろう。くれぐれも、現メルディスの動向には注意したほうがいい」


 いつにないアルベルトの忠告に、ハミルトンは怪訝な素振りを見せつつも、その忠告を肝に銘じてミラー邸を後にする。



***



 取り残されたアルベルトは、警戒心を解くことなく、メインサーバーに保管されている音声データを確認する。

 現在確認しているのは、娘であるケイティが最重要書類が保管されている書庫で何者かと会話していた時のデータである。

 その音声データを聞き、アルベルトは驚愕した。


『貴方に護衛を頼んで正解でした。私から、折り入って頼みがあります。聞いてくれるでしょうか? ”パールマン”さん』

『勿論です』

『それはよかった。実は、ここ最近動いている不審な事柄を、調べて欲しいんです』

『……と言うと?』

『オフィリア、アレクシア、知っていますか?』

『その人物たちは?』

『とある情報筋から、今回のトラブルに関わっているようです。貴方には、私の護衛をしつつ、そのことも調べてもらいたいのです。よろしいですか?』

『勿論です』

『貴方でしたそう言っていただけると思っていました』


 一連の会話は、ケイティとトゥール派の参謀であるパールマンとの会話であるようだ。

 パールマンは先見性に乏しい現トゥールことイルシュルの補佐をするための側近であり、秘書としてはかなりの技量を持つらしい。戦闘についてもそれ相応の実務経験も持つため、トゥール派の実質的なボスであると言っていいだろう。

 警戒心は極めて強く、アルベルトですらパールマンと会ったことはない。基本的に、アルベルトに情報を伝えるのは、先程のハミルトンで、パールマンは彼の直属の上司に当たる。

 そんなパールマンに、娘であるケイティが接触しており、尚且25年前のザイフシェフト事件に関わった「オフィリア」について調べてほしいとはどういうことなのだろうか。


「次から次へとトラブルか……オフィリア、彼女がまたここに来るとは……厄介なものだ」


 アルベルトは、自らを取り巻く厄介な状態にため息を付きながら、これからどうするかを講じ始める。


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