計画的な肉壁
前回から引き続き見ていただいた方、ここから読み始めた方、いつもありがとうございます(*´ω`*)
中途で区切ることになったので、翌日の今日更新となります。ここでようやく、1章2節「肉の壁」の伏線を回収となります。一応はプラン通りに進行しているのですが、思いの外内容が複雑になっているため、まだまだ完走には程遠いと思われますが、最後まで付き合ってくださる方がいれば幸せです(^q^)
次回の更新は来週の月曜日25日となります!興味がある方はぜひぜひどうぞ!☆(´ε`
イレースは、カーティスにパソコンのテキストエディタを開かせ、そこに情報を整理し記録してほしいと頼む。
カーティスはそれに対して同意し、「どうぞ」と話を促す。
「主題は3つ。カーティスと僕側の状況、現在のコミュニティの状況に分けてまとめてほしい。まずはカーティスの状況からだ。カーティスは人間の世界のルイーザ・旧ザイフシェフト地区のグルベルト孤児院に所属していて、最近一人暮らしを始めたのだが、恩師のアイザック先生へのプレゼントを買いに行く途中に行方不明になり、体を奪われて僕の体に意識を繋げられた。補足は?」
「よく覚えてるな。一つ加えるなら、幼馴染のケイティも一緒にいたことかな。それ以外は基本的に覚えていないから、補足も何もない」
「了解。じゃあ僕側の状況だ。僕はコミュニティの軍事研究施設区域A-Bの室長で、2ヶ月前から何処かに行っていた。そして、事の発端の一日前に戻ってきて、疲れて寝ると言ったまま完全に記憶をなくし、一切僕らに何があったのかはわからない。こんな感じかな」
とりあえず聞いたことをそのまま打ち込んでいくカーティスは、作業が一段落すると、さらなる情報を求めてイレースに尋ねる。
「で、一番長くなるだろうコミュニティの現状もどうぞ」
「うん。現在魔天コミュニティは政権争いの最中で、メルディス派とトゥール派がそれぞれ争っている。前者はレオンをコントロールすることを目的に、後者はゲリラ組織である宴と結託して最強兵器エノクを回収しようとしている。つまり、2つの派閥はレオンの取り合いになっている状態だ。そして、今日宴は本格的に活動し、二度の襲撃によってレオンを褫奪しようとした、こんな具合かな」
「褫奪って言うな! てか、そもそもな話、その政権ってどうして今争ってんだよ? ついでにどうやったらそれ決まるんだよ」
「一つ一ついこう。まずこの政権争いは、25年前のザイフシェフト事件が発端だった」
「25年前からしてんのかよこれ」
「25年前のザイフシェフト事件は、メルディス様が決断したエノクδが発端ではないかと言われていて、つい最近、トゥール派がそれに対する明確な証拠を出してきた。それはザイフシェフト政府から得た秘密文書で、そこには一連の事件は50年前に起きた人間界の虐殺事件が発端だったという旨が書かれていた。その虐殺事件を引き起こしたのは、エノクα曰くエノクδであったようで、この2つの事柄が、一連の事件の責任はメルディスにあるとしたんだ。その情報をトゥールが得たのはつい最近で、ちょうど半年くらい前だったはずだよ。で、メルディスに対する不信感が強まり、”現トゥール”はまず軍事力を吸収し始め、やがてゲリラ組織まで使ってメルディス側に対して攻撃を始めた。その攻防が激化している最中、僕らに起こった事があったんだと思う」
イレースの説明を聞き、カーティスは今までの自分の思い込みに気がつく。
「話は分かったが、メルディスとかトゥールって、もしかしたら役職なのか?」
「え? そうだよ。最初に言ってなかったっけ?」
イレースは、カーティスに「何いってんの」と言わんばかりの表情を浮かべた。しかしその一方、カーティスはこれを聞きぶちんと音を立てて反撃する。
「お前!! 肝心なとこなんにも説明してねぇだろ!!」
「いやそこは君が何も言わなかったし!!」
「あーそうだった、お前そういうやつだったわ!!」
一方のレオンは、無残な喧嘩をし始める2人を見て、大あくびをし「全然話進んでないよ」と大人びた忠告をした。その時点で2人は話を軌道修正し始める。
「まぁレオンの言うとおりだな。そのメルディスとかトゥールっていうのは何なんだ?」
「エノクβ事件のときに、自らの命を投じて魔天コミュニティを守った2人の魔の名前だよ。メルディスとトゥールという2人の人物がβの力を封じ込めることに成功したけど、結局そのまま力を使い果たして亡くなった。その時の英雄の名前を、指導者の役職にして、持つ力を分化させて、その時支持率が高かった方を最高指導者とする。これを続けているんだよね。そういう経緯があるから、コミュニティ内部での最強最悪の兵器であるエノクのコントロールを先に行った方が政権を握るだろう。だから双方が血眼になってエノクを探しまくってるんだろう。今回の事件で民間人にシェルターに避難させたのは、市民を守るためもそうだけど、民間人の票を得るという理由もあるんだと思う」
「なるほどね。コミュニティ内部の話はわかった」
話が再び一段落した後、カーティスは、自らの事柄について尋ねる。
「なぁ、イレースは何か思い出したことないのか?」
「思い出したことなぁ。2ヶ月前のことから全然覚えていない。どうしていなくなったのか、どこに行っていたのか、全然わからない……ん?」
「なんか思い出したか?」
イレースは、自らの言葉を内心反復し、強烈な違和感を覚える。
「…………ねぇ、普通は2ヶ月もどこかに行くとき、下調べとか、出かける場所についての痕跡が残ってるはずだよね?」
「そりゃそうだろうな……あ」
カーティスも同じことに気がついたのか、首を大きく縦に振りながら「確かに」とつぶやく。
「この部屋の中、2ヶ月前の自分の部屋と寸分違わず同じだ。それに、冷蔵庫の中だってそうだ。ここまで何も変化がないのに、冷蔵庫はつい最近自分が食べるために作られたようなものになっていた。まるでこういう自体になることを想定していたように」
「つまり……どういうことだ?」
「作為性があるってことだよ。この状況が、2ヶ月間の記憶を持つ僕が意図的に作った状況である、ということ。つまり僕は、2ヶ月の間にこの状況にしなければならない理由があって、こういう自体を想定して室内に証拠を残さず、わざわざ食べ物だけを残した」
「……どうしてそんなことをする必要があるんだ?」
カーティスの尤もな疑問に対して、イレースは更に続ける。
「それについてわからないけど、この記憶障害も僕が意図して行ったもの、もしくは想定していた可能性がある。勿論、その2ヶ月の間に何らかのトラブルがあって、こういう状況にせざる負えなかった可能性もある。どちらにしても、この状況に強い作為性があるって言うことがわかっただけで、一つの手がかりだよ」
イレースの発言を聞き、カーティスは一連の自分たちの行動を思い返し、とある重大な違和感に気がつく。
「イレース、お前の言うとおり、俺たちは意図的に記憶をなくしたのかもしれない」
「と言うと?」
「俺たち昨日からトラブルに巻き込まれまくってるのに、冷静すぎないか?」
「……確かに。記憶がないって言う割には、僕もカーティスも、冷静に物事を対応している。それにカーティスなんかは、一般人って言ってるのにほとんど冷静に対処してた」
「なぁ、記憶を無くすって言う技術はあるのか?」
カーティスが記憶喪失の手段について尋ねると、イレースは「あぁそれは」とつぶやいたまま、すぐに声色を翻し始める。
「なんかあったの?」
「……あ、僕らの考えはあたりだったかもしれない」
「どういうこと?」
「コミュニティには記憶を消す技術がある。それって記憶を保管する器官の神経伝達を軽度に阻害することで、その強弱で特定の部分の記憶を消せるんだ。でもそれをすると、記憶は消せても他の部分で保管されている記憶、刷り込みっていうのかな、そういう記憶に関しては潜在的に存在してしまう。そこまで消し去ることはできないからね」
「つまり……俺達が冷静すぎるのは、意識では認識できない記憶を持っているからか?」
「その可能性はかなり高い。それなら、カーティスがいきなりスポアで作った触手を8本も展開できたことも納得できる。つまり相当前から、僕らはこの体で共存していた可能性が示唆できる」
「そうなるとどうしてこんなことになってるのか更に謎だな。そもそも、その可能性が本当なら俺たちには何かしらの接点があったことになる。でも、状況的にその繋がりは確認できないぞ?」
「そこなんだ。僕と君の関係が何かしらあれば、この状況にも合点がいくだけど、驚くほど接点がないから困ってるんだよね」
「俺とお前の接点なんて、コミュ障で出生があやふやくらいしかないよな」
「君みたいな奴をコミュ障なんて言わねーんだよ」
「ごめんなさい」
「接点皆無なら、その接点について調べるしかない。次の方針は僕らの関係だろう」
「ついでに俺の体も探してくれ」
「そういうことだね。でも恐ろしいほど手がかりがないのが致命的だ。何かしらの手がかりないの?」
「あったらもう言ってんだろ。そういえば、解析にかけたデータってもう一つなかったか?」
カーティスのセリフを聞き、イレースは思い出したように一番最初に戦闘した分身の細胞サンプルの解析データを開く。
データは、分身体の細胞の塩基配列と、それが合致する人物が表示されていた。
そのデータを見て、イレースは本日何度めかの驚愕の叫びを放つ。
「お前今日だけで何度驚くんだよ」
その様をみたカーティスは、流石にそう言ったものの、その驚きっぷりが今日一番であることに怪訝さを感じ、自らもディスプレイに書かれている文字を読む。
「えー……、”塩基配列から、この細胞片はダウンフォールエノクδのものである”、ん?」
結末とも言える文章を読み上げれば、カーティスにもそこに書かれている重大さが伝わってくる。
これは、紛れもなく25年前の惨劇を引き起こしたとされるエノクδが一連の騒動に関係していることを示す確証だ。
エノクδはすべてのダウンフォールの中でも最強の力を保有する個体であり、どんな物質でも生成可能な能力を保有するらしい。イレースはそのことを前提に起き、一番最初の戦闘の記憶を思い返す。
そして、あの戦闘の中に、あの分身がエノクδであることを示す証拠が詰まっていることに気がつく。
「そうだった……あの時、エントランスの監視カメラから、僕らのところまで来るのに異常なほど速かったのはこういうことだ」
「……2体いたってことか。同じ分身が」
「そもそも、魔天の力で分身を作り自在にコントロールすることは、単体で言えば1体作ることが限度であるということが通説だった。だから僕は、分身体で1体である想定をしてしまっていた。でも相手がエノクδであるのなら、その前提は簡単に倒壊する。自在に分身体を作り出す能力と言い換えてもいい力を利用すれば、”あの場にいたすべてのものが分身体であった可能性もある”、やっぱりカーティスの言ってたことは正しかった」
「それなら、出入り口を塞がれた肉壁も分身体だった可能性もあるのか。イリアさんが来たとき、破片もなく消えていたのは、自らの意思で行動できたとすると合点がいくよな」
「十分ありうる……でもそれ以上に、僕らはとんでもないものを相手にしなければならないことになる。エノクδが行動している理由はわからないけど、恐らくは宴に所属していると言っていい。この情報はすぐにメルディス様に報告しないと……」
「一先ず、今命があることを喜ぶべきだな俺たち」
「それは否めないね」
すっかり楽しい会話をしている2人に対して、レオンは自分も入れてと言わんばかりにばしばしと叩く。
「2人だけで話すのズルい! 僕も!!」
「ごめんねレオン」
「コヤツが話せることがないんだよな」
カーティスは、駄々をこねるレオンを抱きかかえながら、一段落付いたレポートを眺めて少しの間休憩することにした。
しかし、休憩を妨げるように、寄宿舎の扉が開く。
それは、他のダウンフォールの研究にあたっていたイリアだった。
「2人共、勝手に入るぞ」
相変わらずの調子でずかずか入ってくるイリアは、レオンと戯れるカーティスらを一瞥した後、「やっぱりこうなったか」と言いながら、資料を渡して次の方針を打ち出す。
「相談だ。現存する資料からでは、これ以上の情報を得ることは不可能であると判断している。次なる情報源は、エノクαレポートを残したエノクαか、数々の資料の著者であるR&Hのどちらかであると思っている。イレース、どちらかと接触する方法で思い当たるものはあるか?」
急に話を振られた2人は、かすかの沈黙の後、その質問に対してイレースが答える。
「接触する手段についてはちょっと出てこない。だけど、メルディス様なら、取引した張本人だから、なにか知っているかもしれない。すぐに聞きに行くよ」
「それなら、私が聞きに行こう。2人は、私の恩師であるベック先生にところに行ってきて、その子のことを聞いてこい」
「え?」
「今のお前が聞きに行けばボロが出る可能性があるんだぞ? ただでさえ昨日ひやひやさせられたんだから、今回のことは私が行く。そのかわり、ベック先生に聞きにいけ。お前はベック先生に会ったことがないから、怪しまれることもないだろう」
「……はい」
イリアの辛い発言に、イレースは顔を窄めて了解する。
一方、置き去り状態のカーティスは黙ってその発言を聞いていた。