小さき者たち
前回から引き続き見ていただいた方、ここから読み始めた方、いつもありがとうございます(*´ω`*)
次回で4章は終了となります。5章から再び視点が切り替わります。このお話の偶数章は「推理編」、奇数章は「探索編」という感じでテーマを絞っているのですが、どちらも初めての試みなのでかなり苦戦させられております(´;ω;`)
次回の更新は来週月曜日20時となっています! 少しでも興味を持っていただけた方、もしくは読んでくださっている方、ぜひぜひ次回もご覧になっていただけると幸せです☆(´ε`
それからミラは、いつもより少し早くグルベルト孤児院を後にして、そそくさと車を走らせる。長年同じ道を使っているからか、どれくらいで家に着くまでを逆算して、19時半に家に到着するができた。
ミラは、ルネと二人暮らしであり、25年前の事件をきっかけに旧リラから越してきた。元々2人は旧リラの「サイライ」という悪魔宗教に属する孤児であったが、ある日を境に森の最奥で隔離されて生活するようになった。家自体はその時から引き継いだものであるため、いろいろなものが若干不足しているが、2人してその不便さを楽しんでいる節があるので、不足しているものが買い揃えられることはない。
普段から整理整頓がなされているため、改めて掃除することはないが、ミラはとりあえずお湯を沸かしてお茶の準備をし始める。
やかんに水を注ぎ火にかけ、それが完全に沸き上がるまではある程度の時間が必要だ。その隙間に、ミラは暫くの間誰も入っていない室内を見回し、ルネが今回の事件に対して真剣に取り組んでいることを理解する。
「もうすぐあの暗号解くかもしれないな」
皮肉っぽい想定に、ミラはほとほと頭を悩ませる。
そもそも、隔離されて生活する発端となったのは、ルネを育てるためでもある。その経緯から、ルネは若干どころか、かなり世間ずれしたところがあり、仕事にしても今の天獄くらいしか行く宛はないだろう。
逆に言えば、ルネが天獄で多くの技能を取得したことは確かだった。本来であれば好ましい出来事なはずなのに、それが今になって面倒事を持ってくるなんて思ってもなかった。そんなことを思いながら、けたたましい叫び声を上げるやかんのお湯をポットに注ぎ、とりあえず自分のコーヒーを淹れる。
ミラがコーヒーを飲んでいる最中、ケイティは旧国境区の森に入っていた。
この森は、2つの国が統合される前、迷いの森と言われるほど不思議な森だった。さほど入り組んだ場所ではないのだが、入ってしまうと神隠しにあったり、迷って出られなくなってしまうという噂がある。
しかし、統合されてからはぱたりとそんな噂が消え去り、そのかわりに便利屋天獄の名前は一気に流布することになった。ややアウトローな側面は持っているものの、比較的低価格で依頼を受けてくれることと、必要となればどんなことでもしてくれることが人気の根源であろう。
元々ケイティは、カーティスのことで暗礁に乗り上げた時にはここを頼ろうと思っていた。しかし、それを止めたのは父親のアルベルトであった。
アルベルトいわく、天獄は法治国家に相応しくなく、いずれ国家的にも多大な影響を与える可能性があるので、出来る限り仕事がいかないようにしているらしい。どうにもよくわからない話だが、資本家としてやっていくためにはそれくらいのことが必要なのだと勝手に思い込んでいた。
しかし、院長のミラの紹介もあって、天獄を利用したのだが、ケイティはそこからトラブルに巻き込まれ始める。そのことについては、誰にも言っておらず、今から会うミラに対して相談しようと心に決めていた。
そんなことを思っているうち、天獄から徒歩数分程度のところに小さな民家を発見する。普通の民家ではなく別荘に近いログハウスで、温かな雰囲気とお洒落な佇まいから院長のミラとぴたりと合致する。家主と整合する家に微かな笑みを浮かべ、ケイティは木製の扉を叩く。
すると、数秒後、すぐにミラが扉を開いた。
外見年齢はかなり若いが、御年45歳になるらしい。しかし外見年齢はどう見ても10代だ。整えられた黒髪と利発そうな表情、そして何より、右腕だけしている革手袋が印象的なミラは、アルベルトと25年来の付き合いらしい。
「こんにちは。ここで合ってるようね」
ケイティはそう言いながら会釈する。一方のミラはそれに対して首を縦に振り、革手袋をしている方の手で中へ促してくる。
「こんな僻地までご足労頂きありがとうございます」
「こちらこそ、面倒事に突き合わせてしまい申し訳ございません」
「そんなそんな、そちらのテーブルにお掛けください。今お茶を用意しますから」
適当な挨拶をした後、ケイティはミラの言われたとおりテーブルに視線を移す。そのテーブルは対面式の2人用で、かなり使い込まれた印象を受ける代物だった。しかしその一方、相当に丁寧な使われ方をしてきたとも思えるほどには美しい。
それは家の中全体に同じような印象を受ける。特に、テーブル脇においてあるサイドボードには幾枚もの写真が飾られていて、小さい頃のミラと、もうひとりの少年が写っている。
ケイティはその少年に見覚えがあった。多分、天獄でお茶を淹れていた事務員であろう。今と身なりは少しだけ違うが、恐らく殆ど変わっていない。歳月を感じさせないほど。
「あの、この子……」
ケイティは、写真の人物をミラに尋ねる。
すると、ミラは喧しいペパーミントの香りを携えてケイティの目の前に薄土色のミントティーをおいた。そして、写真を一瞥し、少しだけ口角を上げて笑った。
「あぁ、”妻”ですよ」
驚きの回答を行ったミラは、一切嘘をついている様子には見えず、深々と漂うペパーミントの香りを吸い込み、お茶を口に含んだ。
対してケイティは、あまりにも衝撃的な言葉に、思わず失礼なことをつぶやく。
「…………実は女性でおられた」
「元々男です」
間髪入れずにそう口にしたミラは、あくまでも冷静だ。ほとんど気にしていないところがまたすごい。
「あの子とは、もう40年ほどの付き合いです。まだ国がリラであった頃から、私はあの子とこのログハウスで共に暮らして来ました。可愛いでしょう?」
「え、えぇ、まぁ……利発そうな人ですね」
可愛いでしょう、若干常識はずれとも思える一言以上に、強烈な違和感をケイティは受けた。
ケイティが一番最初に、写真の少年を見たのは天獄に依頼にいったときだった。それと、写真のどの少年とも変わっていないのだ。一切の歳を取っていないようであり、ケイティはすぐにそのことについて聞こうとしたが、喉元で引っ込め、別の質問を行う。
「どういう関係なんです? 失礼な質問ですが、少し気になったもので」
その質問に対して、ミラは特に気にした調子なく答える。
「えー、そうですね。私たちは元々孤児でして、サイライという宗教団体に保護されていたんですが、ちょっと事情があって森の中で暮らすことになったんですね。ルネとはその時の付き合いで、あ、うちの家内なんですがね」
「そうだったんですか。サイライについては父から聞いたことがあります。昔、資金的な援助をしていたって言うことくらいですけど」
「それは初耳ですねー。サイライと関わっていたっていう話は聞いたことがありますが、あの宗教団体は謎の多いので、私もよく知らないんですよ」
その話にケイティは思わずくぐもった声を響かせる。確かに所属していた団体のことをよく知らないというミラの話は不自然極まりない。
「どういうことですか?」
「まぁ、あそこにいたのは子どもの時の話ですから。それに、私がルネとともに暮らし始めたのは5歳のときですし、その時あの子は赤ん坊でしたからね」
「ミラ院長のほうが年上なんですか?」
「同い年ですよー」
「赤ん坊なのに?」
ケイティがそう問うと、ミラは少しだけ動作を鈍らせ、明るい調子で答える。
「ちょっと、発育に問題があった子なので。まぁ我々のことよりも、件のお話をしましょうか」
露骨にはぐらかしたような調子のミラに対して、ケイティは怪訝な表情を向けるが、話さなければならない事があるので、本来話すべきことを話し始めようとする。
しかし、それを妨げるように、ケイティの携帯が鳴り始める。
「……天獄の方も気がついたようですね。本当に鋭い方々だ」
「どうせあの暗号に気がついたのはルネでしょうけどね。思考力と洞察力に関しては私と同じくらいでしょうが、記憶力に関しては私以上の化物ですよ」
「貴方と同程度の洞察力に加えて、それ以上の記憶力ですか。敵には回したくない殿方ですね」
ケイティはそう言いながら、電話に出た後、ストラスに会う約束を取り付け、携帯を閉じる。
「さて、ようやくお話できますね。これからお話することは、ストラス様にも同じことを言うつもりです」
その言葉に、ミラは首を縦に振りながら話を促す。
「わかりました。それについては了承しましょう。渋々ですがね」
「奥様のことですか?」
「そうですね。大丈夫だとは思いますが、あの子は一応非戦闘員なので、やっぱり心配ですよ」
「巻き込んでしまって申し訳ございません」
「遅かれ早かれ、今回のことに巻き込まれてますから別にいいんです。さ、お話ください」
ケイティは1つずつ順を追って自らに起こったことを話し始める。




