二十四時間営業のピザ屋
ピザ屋の向かいにある駐輪場にバイクを停めてきたカルパナが、ヘルメットを二つ、駐輪場の門番の所に預けて出てきた。待っていたゴパルに微笑む。
「お待たせしました。では、ご馳走をいただきに行きましょうか、ゴパル先生」
ピザ屋は、欧米人観光客と地元の学生とで賑わっていた。今はパスタも注文が多く入るようで、テーブルには、ピザとパスタ、それにサラダが多く乗っている。
ざっと店内を見回したゴパルが、肩を落とした。
「飲み物は、やはりビールかあ……残念」
ビール以外では、紅茶やコーヒー、それに各種炭酸飲料を飲んでいる客ばかりだ。ワインを開けているのは、欧州からの客ばかりだった。話している言葉の印象から、イタリアやスペイン、フランス辺りの観光客だろう。インド人観光客も数名ほど居るが、彼らはヒンズー教徒のようだ。
店内をキョロキョロしているゴパルとカルパナに、奥の会員席に座っているアバヤ医師が、にこやかに笑いながら手を振った。
「おーい、こちらへ来なさい。サビーナさんも、すぐにやってくるよ」
厨房からサビーナが顔を出して、同じように手を振った。コックコートを着ている。
「お、来たわね。さっさと座りなさい」
勧められるままに素直に、会員制の席に座るゴパルとカルパナだ。ゴパルはアバヤ医師の隣に座っている。
カルパナがゴパルの向かいに座って、アバヤ医師にジト目を向けた。
「アバヤ先生。こんな時間からワインを飲んで良いんですか? 病院で働いている息子さんが泣きますよ」
アバヤ医師が、ドヤ顔で笑った。
そして、これ見よがしに、赤ワインが注がれたグラスを一気飲みして空ける。
「くっくっく。ワシが居なくても、病院は息子だけで運営できておるよ」
さらにドヤ顔になって、声を上げずに高笑いを始めた。器用な人である。
「ワシの孫が医者になって、院長の席を継いだ際に、息子が気兼ねなく引退できるように、ワシがお手本を示しているのだよ。親心ってヤツだな」
そして、ピザ屋のスタッフに、空になったグラスを掲げて見せた。
「おーい。そこのスタッフさん。もう一杯、赤のグラスワインを頼むよ」
注文を受け付けたスタッフを見送ってから、ゴパルの肩をポンと叩いて笑った。
「バクタプール酒造の赤ワインも、徐々に良くなってきたな。ま、三歩進んで二歩下がるような歩みだが。さ、ゴパル君も飲みなさい」
アバヤ医師が飲んでいる物と同じテーブルワインを、ゴパルもグラスで注文する事になってしまった。
カルパナの冷ややかな視線を感じながら、頭をかく。
「すいません、カルパナさん。バクタプール酒造で技術指導をしている関係上、断れませんでした」
困った表情のゴパルを見て、カルパナの表情が緩んだ。
「仕方ありませんね。アバヤ先生、ゴパル先生は自腹なのですから、あまり出費を強いてはいけませんよ」
何となく、攻撃を食らったような気がするゴパルであった。
話題を変える事にして、少し荒れた眉を上下させながら、ゴパルが隣の席のアバヤ医師に聞いた。
「アバヤ先生。外国人観光客の患者も診断しているのですか?」
アバヤ医師が、スタッフからグラスの赤ワインを受け取って、鷹揚に答えた。一本につながっている、細い眉の端が上下に動く。
「貧乏な連中は診ておるよ。それなりに、外国人料金を取るけどな」
グラスを軽く回して、香りをかぎ始めた。
「金持ちや保険をかけている外国人は、首都やインドの病院へ搬送される事が多いな。バンコクまで搬送されるヤツも居るぞ」
ちなみに、首都からバンコクまでは、飛行機で三時間半ほどである。インドの首都までは一時間半ほどだ。
ゴパルが使っている国内便の飛行機を使えば、三十分でポカラから首都まで行けるので、そのまま国際空港線に乗り換えれば済む。
ポカラ国際空港に乗り入れている、外国の航空会社の便であれば、さらに手軽だ。




