オリーブ園 その二
カルパナが穏やかに微笑みながら、レカの肩をポンポン叩いた。
「レカちゃんと同じくらいの背丈の人も、真面目に作業しているでしょ。手が届く範囲の実だけでも、収穫した方が良いわよ」
「ちぇー。カルちゃん酷いー。クソ兄と同じ事言ってるしー」
レカがぶーぶー文句を垂れ流しながら、それでも渋々作業を再開した。
その後ろ姿を見て応援しながら、カルパナがゴパルに視線を向けた。思いの外、真面目な表情だ。
「ゴパル先生。このオリーブ園ですが、ご覧の通り日陰になりがちです。大きな農地が手に入らなかったという事ですが、KLを使う事で木の生長が良くなりますか?」
ゴパルが頭をかいて、片手を振った。
「残念ですが、難しいですね。オリーブの木の下に、アルミシート等を敷いて、少ない光を有効活用するしかないかと思います」
既にその対策は実行に移されていて、それぞれのオリーブの木の下には、アルミシートが敷かれていた。
日陰なのだが、それでもギラギラ反射して目立っている。カルパナがそのシートに顔を向けながら、困ったような表情を浮かべた。
「アルミは売れますので、盗難の対象になっています。作業員達がオリーブ園で働く間に、こうして広げているだけですね。作業後は持ち帰ります」
ゴパルが小さく呻いて、腕組みをした。
確かに、アルミシートが敷かれているのは、作業員が居る区画だけだ。他の区画ではオリーブの木に何も敷いていない。
「そうですか……では、次善の案として、光合成細菌を重点的に散布してみますか? 一緒に卵液や生ゴミボカシの排液と一緒に散布すれば、効果が出るかもしれません」
あくまで仮説の段階ですが、と前置きをしてから、ゴパルが理由を説明した。
「光合成細菌も光合成を行います。その過程で産生した代謝物を、オリーブの根が吸い上げる事で、オリーブの光合成不足を補う事ができるかもしれません」
この場合の代謝物は、糖やアミノ酸等だ。
ゴパルが頭をかいて、カルパナから若干視線を逸らした。
「一つの可能性の話ですけれどね。本当は、光をあまり必要としない作物や事業に、切り替えるべきだと思います。堆肥や厩肥の製造場所としては、良いと思いますよ。それと、キノコ栽培もですね。養鶏にも適しているはずです」
カルパナが困った表情のままで、礼を述べた。
レカにもゴパルの話は聞こえているはずなのだが、黙々と摘み取り作業を続けている。口を出すと、キノコ栽培までする羽目になるとでも考えているのだろう。
「提案ありがとうございます。実は、このオリーブ園は、サビちゃんの強い要望によるものだったのですよ」
カルパナがオリーブ園内を見回した。
「緑色の未熟オリーブ果実は、サラダやピクルスにできます。この後に実る、黒い完熟果実からは、オリーブ油を搾る事ができます」
フランス料理ではバターを多く使うが、最近では菜食主義の志向が強いので、オリーブ油も注目されている。もちろん、ピザ屋ではオリーブ油を多く使う。
(なるほど、そういう背景があったのか。わがままというか、さすがサビーナさんというか……)
カルパナが作業中のレカの所へ行って、相談をし始めた。レカが手を休めて、頭を振りながら何やら返答している。
ただ、二人ともに明るい表情だ。カルパナとレカの長髪の先が、一緒に揃って左右に揺れている。
すぐに、話がまとまったようで、カルパナがゴパルに手を振った。
「光合成細菌の培養量を増やす事にしました。生ゴミボカシも、作業員達の家から生ゴミを回収して仕込んでみますね」
相変わらず迅速な行動だなあ、と感心するゴパルだ。
「分かりました。計画案が決まりましたら、私にも知らせてください。光合成細菌の種菌の培養を、それに応じて増やす必要があると思いますので」
クシュ教授には、仕事が増えると困る……ような事を言ったゴパルであったが、自身でもこうして仕事を増やしているのであった。
今度は、サビーナから電話がかかってきた。電話を受けたカルパナが、ゴパルに視線を投げる。
「サビちゃん、今は二十四時間営業のピザ屋さんに居るそうです。石窯の状態を見に行って、よく使えると喜んでいました」
カルパナがチラリとレカの顔を見てから、ゴパルに話を続けた。
「それで、軽食を作るから来て欲しいと言っています。どうしますか?」
レカが大いに不満な表情に変わって、頬を膨らませた。
「えええ~! わたしも行くー」
そのレカに電話がかかってきた。ポケットからスマホを取り出したレカが、液晶画面の表示を見て、ジト目になる。
「げ……クソ兄からだ」
(その言葉遣いは、少し改めた方が良いと思うよ、レカさん)
ゴパルが内心でつぶやきながら、カルパナに答えた。
「私は構いませんよ。ポカラですべき事は、ほぼ終わりましたから付き合います」
カルパナが微笑んで電話に答えた。すぐに話がついたようで、カルパナが電話を切る。
「待っているそうです。では、レイクサイドへ向かいましょうか。レカちゃんは、どうする? 来れそう?」
レカが苦虫を噛み潰したような渋い顔をして、視線を逸らした。
「水牛の出産が始まりそうだって。おのれ水牛、後でモモにして食ってやる」
もちろん、モモにするのは冗談だ。そんな事をすれば、水牛乳を搾れなくなる。ちなみに、乳牛や水牛は、皆妊娠している。そのため乳を出しているのだ。
カルパナが、レカが使っている脚立をポンと軽く叩いた。
「サビちゃんが何を作るのか知らないけど、テイクアウトできそうだったら、後で持ってくるね」
レカが涙目になって、緑色のオリーブの実を入れているカゴを両手で抱いた。
「お願いしますー。あ、クソ兄とクソ父の分もあったら、よろしくー」




