オリーブ園 その一
カルパナとゴパルが向かった先は、リテパニ酪農では無かった。
酪農場の前を素通りして、河岸段丘の坂を下りる車道を進む。そのまま走って、川に架かる橋を渡った。そして、対岸の河岸段丘を上っていく。
対岸は結構大きな町になっていて、学校や病院もあり、ヒンズー教の寺院まであった。
さすがにここまで来ると、カルパナに合掌して挨拶をする人は居なくなり、カルパナも気楽な口調になってきている。
「バグマラ地区です。この先の北斜面でレカちゃんが待っていますよ」
来た道をゴパルが振り返ると、対岸にリテパニ酪農の建物が見えた。
河岸段丘からポコリと生じた低い丘の上に建てられていて、棚田式の排水浄化システムの全容が見える。
(思っていたよりも牛舎が大きいな。確か百頭くらい飼っていると言っていたっけ)
実際は、乳牛だけでなく、水牛や山羊も飼育しているので、実数はもっと多い。
リテパニ酪農の南側と東西は、河岸段丘につながる崖になっていた。そして河岸段丘の斜面には、大バナナと赤パパイヤ園があった。紅茶園も河岸段丘の上や斜面に分散して設けられている。河岸段丘の荒れ地には、竹製のビニールハウスが一つ建っていた。
そして、リテパニ酪農から西へ少し離れた河岸段丘上には、貧民街が広がっていた。その住民を雇っているのだろう。
「なるほど。あれなら歩いて通勤できる距離ですね」
カルパナがバイクを運転して、北斜面の道を上りながら答えた。
「オリーブ園だけは、距離がありますけれどね。はい、お待たせしました。到着しましたよ」
オリーブ園は、東西に延びる山の北斜面に広がっていた。立地条件としては、かなり悪い場所だ。
山自体は高くなく、斜面も緩やかなので、それなりには日が当たるのだが、耕作不適地と言える。
オリーブは日の当たる場所を好むので、なおさら悪い。そのため、オリーブの木の生育状況も良くなく、緑の実の数も少ないように思える。
そんな日陰が多いオリーブ園に、スマホを盾にしたレカが、野良着姿で待っていた。
カルパナに電話をかけてきただけあって、機嫌が悪い様子である。
「もー、遅ーい。収穫作業始まったよー」
バイクを停めて、ヘルメットを抱えたカルパナとゴパルが、合掌して挨拶をしながら謝った。
ここでは、ヘルメットをハンドルに引っかけずに、小脇に抱えて持ち歩くつもりのようだ。バイクの鍵も抜いて、前輪をロックしている。
ゴパルもヘルメットを脇に抱えて、レカに重ねて謝った。
「すいません、レカさん。寄り道をあちこちしてしまいました」
カルパナも収穫作業をしている作業員達に、合掌して挨拶をしながら、レカの隣に寄り添った。
「ごめんね、レカちゃん。シスワ地区に寄っていたの。イチジク園は、良い具合ね」
レカがゴパルから目を逸らした。ゴパルが意外に思う。
(あれ? 今回は挙動不審な動きをしてないな)
レカがカルパナに顔を向けて、口元を緩ませた。早くもニマニマしている。
「別にいいよー。わたしも作業をさぼる口実になったしー。脚立を使って実を取るから、結構疲れるのよねー」
ゴパルもやって来て、周囲を見回した。
確かに作業員達が、オリーブの木に脚立や短いハシゴを立てかけて、緑色のオリーブの実を手摘みしている。オリーブの木は、樹高が三メートル弱ほどあるので、背の低いレカには、しんどい作業なのだろうか。
「そうですね。手摘み作業は、大変ですよね」
レカの眠そうな顔が、一瞬パッと明るくなって、メガネの奥の二重まぶたの黒褐色の瞳がキラリと輝いた。次の瞬間、慌ててスマホを盾にしたが。
「でしょ、でしょー? ホテル協会のポータルサイトの更新作業も溜まっているのにー、こんな事をやらせるなんてー、酷いでしょー?」
(更新が滞っているんだ……)
ゴパルが内心で苦笑している。
(ぐぎゃぐぎゃと、いつもは挙動不審な動きをするはずなんだけど、今日はしていないなあ。どもった口調も収まってるし)
なおもレカに失礼な想像をするゴパルである。
(もしかすると、少しは私に慣れてきたのかな?)




