対処法あれこれ その一
カルパナが、うなずきながら聞いている。
「ハエが油を舐めに飛んでくるでしょうが、それは覆いをかけたりする事で対処できそうですね」
ゴパルが思考を続けながら話す。
「鉄のフライパンなんかでは、油に馴染ませて使いますからね。その応用みたいな感じです。カルパナさんが関わっていそうな分野ですと……そうですね」
一呼吸おいてから、指摘し始めた。
「私が指摘できそうなのは、生産段階での衛生管理でしょうか。カルパナさんの農場での衛生管理の話になりますね」
再び一呼吸おいてから、ゆっくりと話し始めた。
「まず、一番の汚染源として考えられるのは、農業用水ですね。これが家畜糞や生ゴミ等で汚染されていないかどうか、定期的に確認するべきでしょう。次に……」
カルパナが急ブレーキをかけてバイクを停めた。
「ちょ、ちょっと待ってください。スマホに録音しますね」
(あ、しまった。今はバイクの運転中だったっけ)
反省するゴパルだ。所構わず思考してしまう癖は、この場合よろしくない。カルパナが運転に集中できなくなると、事故を起こす恐れが高まってしまう。
現に路上には山羊の群れや、下校中の学生の姿が見えている。
カルパナがヘルメットを被ったままで、ポケットからスマホを取り出した。ヘルメットに取りつけられている無線機に無線接続し、スマホをポケットに突っ込んで録音を開始した。
バイクで再び走り始める。
「お待たせしました、ゴパル先生。どうぞ、続きをお願いします」
恐縮するゴパルであったが、思考を再開した。
「すいません、バイクを停めてしまって。ええと、農業用水の衛生状態を確認する件ですが、汚染源が見つかったら、すぐに掃除して除去する事ですね」
今回は録音されている事を意識しているせいか、口調がさらに冷静な感じになっている。
「同時に、汚染の流入を防ぐように簡単な土木作業を行うべきでしょう。汚染源が残っている間は、収穫直前に、その水を野菜に散布しないように心掛ける事も必要でしょうね」
カルパナが同意しながら録音を続けた。軽快に走るバイクのエンジンからは、小気味良い排気音が鳴っている。
「仰る通りですね。汚染の程度を調べる道具はあるのですか?」
ゴパルが小さく呻いて、軽く腕組みをした。
「あることはありますが、専門家向けです。微生物の種類と数を調べる簡易測定の試薬もありますが、これも一般向けとは言い難いですね」
「そうですか……ペーハー測定のようにはならないのですね」
少し落胆しているカルパナに、ゴパルが代わりの手法を提示した。
「微生物を直接測定するのは難しいので、代わりに水質検査をしてみましょうか」
また一呼吸ほどおいて、話を始めた。
「CODという項目を測定すれば、間接的に農業用水の汚染の程度が推測できますよ。これはペーハー測定紙のように、一般の人でも気軽に使えます」
CODというのは、化学的酸素要求量の略称だ。
水中に含まれている有機物や化学物質が、定められた条件下で酸化された際に必要とされた、酸素の量の事だ。
CODの値が大きい程、その水は汚染されているという意味を持つ。
微生物による汚染の程度を測定できれば、それが一番良いのだが、そのためには微生物を培養する必要がある。
通常、その培養には水温二十度を保ったままで五日間かかるので、設備が必要になる。微生物の種類まで調べるとなると、さらに専門的な設備が必要だ。
ちなみに、CODを測定して綺麗な水だと分かっても、そのまま水道水として使えるわけでは無い。なので、あくまでも参考的な測定になる。
「ニジマスが生息できるような、綺麗な水のCODが、一リットル当たり二ミリグラム以下です。この値を目標にすれば良いと思いますよ。ですが、実際に達成する事は難しいと思います。あちこちで、家畜が放牧されていますからね」
もちろんCOD測定でも、酸化剤と測定器を使うのが正式な手法だ。測定紙を使う手法では、正確な値を出せない。
「ですので、参考程度に留めておいてください。正確に測定したい場合は、多分、ポカラ工業大学に相談すれば良いと思いますよ」
またもや、ポカラ工業大学に丸投げするゴパルであった。
「COD測定紙は、私が用意しますね。実は私も、土着微生物の採集旅行で、現地の水質を測定する際に、この測定紙を使っています」




