バイクで雑談
がっかりしているゴパルに気がついたのか、カルパナが無線を通じて話しかけてきた。
「今の時期は、朝方しか見えません。来月になれば、ほぼ一日中見る事ができるようになりますよ、ゴパル先生」
ゴパルが顔を上げて力なく笑った。
「来月となると、私はアンナキャンプに貼りつけですね。まあ、至近距離から見る事になるので、それに期待します」
既にバスパークは通り過ぎていたのだが、ゴパルが話題を振った。
「そういえばバスパークには、欧米からの観光客の姿が多く見られましたね。彼らもアンナプルナ連峰の山容を楽しみに来ているのでしょう。早く雲が切れると良いですね」
カルパナがバイクを運転しながら、左手を左後方に向けた。ちょうど、サランコットの丘の頂上を指している。標高が1592メートルあるので、バスパークからでもよく見えている。
「サランコットの丘では、朝方と夕方に観光客が集まります。ロープウェイが通っていますから、気軽に行き来できますね」
ゴパルの脳裏に一瞬、パラグライダー強制搭乗の事件がよぎった。ロープウェイからのポカラの夜景と、丘の頂上からのマチャプチャレ峰の展望は素晴らしかったのだが。
軽いめまいを覚えたゴパルが、後部荷台の縁を両手でしっかりと持った。
「サランコットの民宿や食堂の野菜不足は解消したのですか?」
ゴパルの問いに、カルパナが明るい口調で答えてくれた。ついでに、路上に出てきた放牧山羊の群れを華麗に回避する。
「はい。おかげさまで大丈夫ですよ。今の時期は欧米人観光客が多くなりますから、サラダの需要も増えてきていますね」
ゴパルがサラダと聞いて、少し荒れた眉をひそめた。
「サラダですか……前回も話しましたが、注意が必要ですよ。洗ったり消毒したりして、食中毒を引き起こす微生物やウイルスを減らす事はできます。ですが、完全に除去する事は、普通の厨房の設備ではまず不可能ですから」
サランコットの丘にある食堂で、食中毒が発生したのも、その衛生管理が不十分だったせいだ。そして、それはカルパナが栽培した野菜であっても変わらない。
カルパナが真剣な口調でゴパルに聞いた。ついでに、道に飛び出してきた子供達を、余裕をもって回避した。
「ラビン協会長さんが指導していますので、かなり改善されましたが、それでも完全では無いのですね。危険性を少しでも下げるには、どうすれば良いのですか?」
ゴパルが少し考えてから、ゆっくりした口調で語り始めた。専門分野が少し関わっているのか、口調が冷静なものに変わる。
「サラダに使う容器もですが、調理で使う鍋やフライパンには、細かい傷が付きやすいそうですね。食中毒を引き起こす細菌やウイルス等が、その傷の中に忍び込んで汚染源となる場合があります」
少し考えてから、冷静な口調で提案した。
「予防方法としては、食用油を塗って膜を作っておく事でしょうか」
鍋についた傷を食用油が覆う事で、雑菌の繁殖が抑えられるという仕組みだ。もちろん、食用油の膜は落ちやすいので、毎日塗り直す必要がある。
ネパールやインド料理にしろ、パスタ料理にしろ、油を使う場合が多い。どうせ油を使うのであれば、前もって容器や鍋、フライパン等に塗っておくという事だろう。




