鶏挽肉ソースのパスタ その一
サビーナが調理台をサラダ用からパスタ用に変更した。
「元ネタは、ボローニャソースなんだけど、これって豚肉を使うのよね。今回は鶏肉を使うわよ」
ニンジンと玉ネギ、セロリをみじん切りにしていく。
「ニンニクも加えるんだけど、今回は無しね」
それが終わると、今度は生シイタケとヒラタケ、それにオイスターマッシュルームを洗ってから、さらに細かいみじん切りにし始めた。
ゴパルが首をかしげた。
「これほど細かく切るのなら、ミキサーにかけた方が便利なのでは?」
サビーナがカルパナのスマホに視線を投げてから、ゴパルに顔を向けた。手は相変わらず、高速でみじん切りを続けている。
「ミキサーにかけると、どうしても水を加えないといけないのよ。粒も大きいのが残って、口当たりが悪くなるしね」
へー、と感心しているゴパルとカルパナに、いたずらっぽくウインクした。
「実は、自己満足よ。キノコはこんなものね。それじゃあ、最後にトマト」
トマトに包丁で浅く切り傷をつけてから、小鍋に沸かしていた熱湯に入れた。すぐに引き上げて、冷水に漬け、皮をむく。そして、ヘタを包丁でえぐり取り、みじん切りにしていく。
「包丁の研ぎが、少し甘くなってるなあ。結構、トマトが潰れちゃったわね。ま、ソースに使うから、潰れても構わないけど」
ゴパルが、まな板の上のトマトのみじん切りを見下ろす。が、今回も首をかしげた。
「そうですか? 見事に切れているように見えますが」
サビーナが包丁の先で、みじん切りを突いて、首を振った。これは西洋風なので、否定の意味合いだ。
「見てみなさい、ゴパル君。汁が結構出ているでしょ。それだけ、無駄にトマトの組織が包丁で押し潰されているって事」
小さくため息をついてから、ゴパルに鋭い視線を向けた。とばっちりである。
「トマトなら潰れても、サラダ以外は気にしないで済むけどね。これがタマネギやエシャロットだったら、問題なのよ。鍛冶屋に研ぎに出しているけれど、不満が残るわね、まったく」
フランス料理の包丁技法について補足しておこう。細胞を壊すようにみじん切りをする事を、アッシェと呼ぶ。一方、細胞を壊さないように切る事をシズレと呼ぶ。サラダを含む料理やソース、ダシ作りに応じて使い分けている。
一方のカルパナは、むむむ、と唸っていた。
「サビちゃんの要求が高すぎるのよ。鍛冶屋さんは、基本的に草刈り鎌を研ぐのが仕事なんだし。でもまあ、私からも鍛冶屋さんに言っておくけど」
ゴパルが、カルパナのサルワールカミーズ姿を改めて見つめた。今回も野良着版だ。
「そういえば、護身用の鎌は持ち歩かないんですね、カルパナさん」
カルパナがスマホで撮影を続けながら、頬を指でかいた。
「重いですし……唐辛子スプレーがありますので、護身用ならこれで十分かな、と思いまして」
サビーナがホーロー鍋に、オリーブ油を垂らして中火にかけた。そこへバターを入れてから、みじん切りにした玉ネギとニンジンを加えて炒め始めた。
バターの香りと、玉ネギの臭いが調理場に充満していく。




