パパイヤ園
パパイヤ園は、その水田を果樹園に変えて設けられていた。普通、水田土壌でパパイヤを栽培すると、水が溜まってしまい、パパイヤの木が病気になりがちだ。
しかし、シスワは河岸段丘の上にあるので、水はけが意外に良好である。
乾期になると地下水位が下がり過ぎて、作物栽培に支障が出てしまうほどだ。井戸で水汲みする場合、乾期の最盛期には十メートルほどバケツを下ろさないと水面に届かない。
ちなみに、シスワ周辺の地域では近くに高い丘があるので、乾期でもそれほど畑は乾燥しない。
カルパナに案内されたパパイヤ園も、水はけは良好のようだ。歩いても泥がサンダルにあまり付かない。
既に農作業が行われていて、農家に挨拶を済ませたカルパナがゴパルに振り向いた。
「レカちゃんの所で仕込んだ、米ぬか嫌気ボカシを使っています。パパイヤの木一本当たり、一キロの使用ですね」
根元を指さして、話を続けた。
「パパイヤは根が浅いので、ボカシが根に直接触れないように、木から離してドーナツ状に撒いて、軽く土と混ぜていますよ」
さらに、黄色くなった下葉を除去して、ボカシと一緒に土に混ぜ込んでいると言う。
パパイヤは水分を必要とするので、土壌水分を高めに維持する必要がある。多すぎても良くないが。
その土壌水分の保持のために、水で洗ってアクを抜いた木炭を土に混ぜ込んでいるとも説明する。保水材として使っているのだろう。
「KL培養液で木炭を洗うと、アクが抜けやすくて良いですね。洗い水は、灰をたくさん含んでいますので、パパイヤへの潅水に混ぜていますよ」
さすがに有機農業の専門家だなあ、と感心するゴパルだ。その彼に、カルパナが少し残念そうな笑顔を向けた。
「ですが、やはり米ぬかは高価ですね。家畜の餌に混ぜるのであれば良いのですが、肥料として使うのは考えモノです」
ゴパルが素直に同意した。
「そうですよね。レカさんのリテパニ酪農の排水や、牛糞の悪臭が少なくなったら、それを使いましょうか。二トンタンクに入れて、それをポンプで散布すれば良いと思いますよ」
そう言いながらゴパルがちょっと考えて、修正した。
「……まあ、それでも散布後に多少は悪臭が出ますから、KL培養液を百倍に希釈した液を、追加で散布して消臭しておきましょうか。それなら、周辺から文句も出ないと思います」
なるほど、とスマホでメモを取るカルパナ。
「牛糞スラリーと排水ですよね。レカちゃんのお兄さんが、紅茶園やバナナ園で使っています。この後で、伺ってみましょう」
早速、カルパナがスマホで電話し始めた。
視線を再びパパイヤ園に戻したゴパルが、軽く腕組みをする。
「パパイヤですが、思ったよりも病害虫が発生していませんね。これも、育種学のゴビンダ教授の指導によるものですか?」
カルパナが手早く電話を終えて、ゴパルに視線を向けた。少し微妙な表情になっている。
「そうですね。遺伝子組み換えやゲノム編集を施した品種です。定期的に薬剤も散布していますよ」
カルパナの口から、専門用語がスラスラと出たので、あれからさらに勉強しているのだろうなあ、と感心するゴパルだ。
パパイヤは、この時代、ウイルス病が流行していて、在来種はほぼ壊滅していた。
果物屋で売っているのは、こうした品種改良を施した新しい品種ばかりである。
カルパナが口調をやや沈めたままで話を続けた。
「ジェシカさんからは、こんな品種に手を出すなと怒られているのですが……農家の立場からすると、他に種苗がありません」
小さくため息をつく。
「在来種はウイルス病にかかりやすくて、商業生産する上で全滅の恐れがあります。趣味以外での栽培は、今のところは無理ですね」
ゴパルが、河岸段丘の斜面で栽培されていた、ネパール大バナナと赤パパイヤの園を思い起こした。ああいった隔離状態にして栽培しないと、無理なのだろう。
カルパナが、さらに寂しそうな表情になって、農作業をしている農家に手を振った。先程から、農家がカルパナをオヤツ休憩に誘おうとしているためだ。
カルパナが農家に、今日は時間が押しているのですぐに去ると告げ、停めてあるバイクにまたがった。
「ゴパル先生。牛糞スラリーの件は、検討してみますね。では、せっかくですので、レカちゃんのリテパニ酪農へ行ってみましょうか。ちょうどレカちゃんと、お兄さんが在宅でした」




