カルパナ種苗店の前
ゴパルがビシュヌ番頭と、弟のナビンに合掌して挨拶をし、ナビンからチヤを受け取った。
そのまま、フーフーと息を吹きかけながら、すすって飲んでいると、隠者と修験者達が、店の前に歩いてやって来た。
ビシュヌ番頭に手をかざして挨拶をした隠者達が、立ち止まった。チヤをナビンから受け取って、ゴパルと同じように飲み始める。その様子を見たビシュヌ番頭が、穏やかな視線を隠者に向けた。
「今日で通院は、終わりだと聞きました。もう、お腹の具合はよろしいのでしょうか? 隠者様、修験者様」
隠者がチヤをすすりながら、肩を軽く揺らして笑った。
「うむ。ヤブ医者のアバヤもワシらに、もう来なくて良いぞと言ったのでな。しかし、普段食べ慣れない肉を大量に摂る故に、毎年、あのヤブ医者の世話になってしまうわい」
ゴパルが隠者と修験者達に席を譲り、自身は立ち上がって店内の商品を見て回り始めた。
(隠者様でも、体調を崩してしまわれたのか……恐るべし、雄山羊カレー)
まあ、ゴパルと同様に、普通に食べ過ぎただけだろう。それと、正確には雄山羊肉と内臓の、香辛料煮込みと炒め物である。
カルパナが店内に入ってきて、隠者と修験者達に合掌して挨拶をした。客達も彼らに遠慮して、店内を歩き回り始めている。
「体調が戻ったようで良かったですね、隠者様、修験者様。お弁当は、病人食から普通の食事に戻しましょうか?」
隠者と修験者が、顔を見交わしてすぐにカルパナに鷹揚にうなずいた。
「うむ。そうしてくれ。ダヒのキールばかりでは、さすがに飽きてくるのでな」
ダヒというのは、牛乳のヨーグルトである。これを白ご飯に混ぜて、少し香辛料と砂糖を加える。ご飯もかなり柔らかく炊く、というか煮るので、牛乳粥のようなものだろうか。これをキールと呼ぶ。
チヤを飲み終えた隠者が立ち上がった。修験者達も一斉に立ち上がる。ちなみに、今は全身白塗りのハゲ頭だが全裸では無い。
「さて、ではワシらは庵へ戻るとしよう。店の邪魔になりそうだしな。しかし、ポカラも年々景気が良くなってきているな。寺院で供物に使う雄山羊の数が、今までで最も多かったわい」
ここで、ゴパルと目が合う隠者。鷹揚な表情のままで、にこやかに微笑んだ。
それでも、かなりの威厳を感じるゴパルだ。思わず、数歩ほど後ろへ引き下がってしまった。
そんなゴパルに、穏やかな声で話しかけてきた。
「ラムラムラム……仕事に励んでおるようで何よりだ。低温蔵とかいう施設の認可が下りたようだな、おめでとう。KLにもポカラの菌が加わったと聞いた。これも善き事だな」
驚いた表情を浮かべるゴパルだ。
情報の伝わり方が速すぎる。カルパナに視線を向けると、彼女も驚いた表情をしながら、両手を振って否定した。彼女からは隠者達に知らせていなかったらしい。
ゴパルが、隠者の情報源に興味を抱くが、面倒事に関わってしまいそうな予感がしたので、聞かない事にしたようだ。
「さすがですね、隠者様。その通りです。事業が上手くいくように、後で私も寺院にお参りするつもりですよ」
再び、ポカラの西にあるビンダバシニ寺院と、東にあるバドラカーリー寺院に参拝するつもりなのだろう。
隠者が満足そうな笑みを浮かべた。
「うむ。良い心がけだ。では、ワシが今朝占って得た内容を、少し知らせてあげよう。ゴパル・スヌワール、カルパナ・バッタライ。東の彼方から、騒動の種を多く抱えた男どもがやって来る。気をつけた方が良いだろうが、あまり邪険に扱うなよ」
いきなりの不吉な予言に、不安そうに顔を見合わせるゴパルとカルパナだ。ビシュヌ番頭とナビン、それに数名の客までもが、どよめいている。
隠者がビシュヌ番頭から、黄桃と白桃が入ったカゴを受け取り、にこやかに笑いかけた。
「桃は美味いが、収穫期間が短いのが難点だな。その時期を伸ばす品種改良は、ワシは歓迎するぞ、ゴパル。ではな」




