ルネサンスホテルの中庭
朝食は、ネパール人向けのプリとダルに、葉野菜の簡単な香辛料炒め煮だった。食事の際には水しか飲まないのが習慣なので、ゴパルも食べ終えた後に水を一気飲みしている。
朝食はホテルの中庭に設けられたテーブル席で摂るのだが、さすがに欧米からの観光客の姿が多かった。他には中国人と若干のインド人だ。
ゴパルが朝食を食べ終えて、紙ナプキンで口元を拭きながら、客の顔をざっと見回した。
(観光シーズンが始まったという感じだね。客の服装も上品になってきているような気がする)
まあ、雨期にポカラへ来るような欧米人の観光客は、だいたいがバックパッカーである。
節約旅行を心がけている連中なので、服装もかなりラフだ。バックパッカーは今も多いのだが、それ以上に普通の服装の観光客が増えてきていた。
ホテルの外の舗装道路や、フェワ湖沿いの道には、レンタル自転車に乗った欧米からの観光客が走っているのが見える。ポカラのフェワ湖畔は平坦な道なので、自転車でも楽に走り回る事ができる。ポカラ市内まで足を伸ばすと、なだらかな坂を登るようになるが。
その様子を見たゴパルが、ふと思い出したようだ。
「あ、そうだった。ポカラ市内の商店街を見て回っておかないと。低温蔵で使えそうな備品があるかもしれないし」
これまでは、カルパナのバイクに二人乗りして移動をしていたので、すっかり忘れていたようである。
前に一度、レンタル自転車を借りて走ってみてはいたのだが、その時は、レイクサイドやダムサイド地区の土産物屋しか回っていなかった。どちらも、フェワ湖沿いの観光客向けの繁華街である。
ちなみに、今、ゴパルが宿泊しているホテルは、ダムサイド地区にある。
とりあえず、ポカラ市内の商店街で確認したい物品を、メモ帳に記していく。それを終えてから、改めて北の空に壁のようにそびえ立っている、アンナプルナ連峰を見上げた。
中庭はフェワ湖に接しているので、いわゆる『逆さ富士』のような、湖の水面に映ったアンナプルナ連峰も見る事ができる。
連峰の半分ほどは、真っ白な雲に覆われてしまっていて、全体像は見えないのだが、それでも異様なまでに巨大だ。何かの合成写真のようにも思えてしまうほどである。
いつもチップを渡している男性スタッフが、チヤを持って来たので、礼を述べて受け取った。それをすすりながら、アンナプルナ連峰に畏敬の念を覚えるゴパルだ。
「雪と氷河が白く輝いているなあ。確かに豊穣の女神様と称えられているのが分かるよ。首都圏にあるガネシュ連峰やランタン連峰とは印象がまるで違うなあ」
この二つのヒマラヤ山脈は、首都からでは全容が見えない。カカニの丘や、ナガルコットの丘といった展望台がある公園から、ようやく見える程度だ。
それでも、かなり距離があるので、パッと見では白い雲の一部と見間違う場合すらある。ポカラのような至近距離では無い。
そのため、ゴパルがカトマンズ盆地で微生物の採集を行っていた際には、これらの連峰は一部しか見えていなかった。
ちなみに、エベレストのある連峰や、ネパール最東部のカンチェンジュンガ連峰になると、周辺の山が急峻なので、展望の利く高い山の山頂に行かないとまともに見る事ができない。意外に、インドに接するテライ地域からの方が、よく見えるものだ。
もう一口チヤを口に含んで、その風味が前回と違う事に気がついた。
「ん? 渋味が増して、香りが弱くなってるな。あ、そうか、もう秋茶の時期か」
紅茶園によっては、秋茶の方が雨期茶よりも風味が豊かになる。このポカラ産の紅茶は、雨期が長引いた影響を受けたのだろうか。
「確か、この紅茶は、レカさんの所で作っているんだよね。確かに、ダサイン大祭前まで雨続きだったか」
それでも、チヤとして飲む分には全く支障は無い。むしろ、個性というか紅茶の癖が弱いので、水牛乳の風味がよく味わえている。この水牛乳もレカのリテパニ酪農産のはずだ。




