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アンナプルナ小鳩  作者: あかあかや
肥料も色々あるよね編
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ポカラのバスパーク

 首都からポカラまでは、車で三時間半ほどの距離になる。この夜行バスは、トイレ休憩や食事休憩を挟むので、結局五時間ほどの旅だった。

 そのため、ポカラのバスパークへ到着したのは、深夜一時過ぎになっていた。


 それでも、バスパークには人が多く居た。営業中の屋台や、軽食屋も多い。すぐにタクシーや宿の客引きが、夜行バスから下りて来たゴパル達に群がってきて勧誘し始めた。公共交通機関のバスは走っていない時間なので、乗客は勧誘に応じている。

 ゴパルは前もってラビン協会長に、今回の出迎えは不要ですよ、と念を入れていたのだが……やはり協会長が手を振って合図しているのを見て、肩をすくめて苦笑した。合掌して挨拶を返す。

(深夜なのに、ラビン協会長さんは凄い人だなあ。根っからのホテルマンって感じですよ)


 この夜行バスは、運転手と車掌を交代して、一時間後に首都へ向けて出発するという事だった。ゴパルが夜行バスの屋上から、キャリーバッグを下ろしてもらい礼を述べ、手数料を手渡した。

 やはりバスのシートや床には、スーパー南京虫が潜んでいたようだ。初老の男を含めた乗客の半数以上が、体や足をかいて文句を言っている。

 ゴパルは防御対策を施していたので、髪の中だけで済んでいた。キャリーバッグの中から、今度は殺虫剤を取り出して衣服の上からスプレーする。この殺虫剤は害虫だけに効果を発揮して、人体には悪影響を及ぼさない優れものである。

(ま、スーパー南京虫には効かないけれどね。ダニやノミにシラミは、これで居なくなったはず)

 それでも、このスプレーでスーパー南京虫もゴパルから逃げ出したようだ。頭の痒みが軽くなった。後は、宿のシャワーを浴びて、刺された部位に軟膏を塗れば済む。


 バスパークには、他にも夜行バスが十台ほど停車していたのだが、どれも年季が入った車体ばかりだった。

 道中でパンクをしたのか、後輪タイヤを一本交換しているバスもある。スペアタイヤで走ってきたようで、今は、スペアタイヤを外して、新しいタイヤに交換している最中だった。

 新しいといっても、中古タイヤに古タイヤの皮を被せた代物だが。

 それを横目で見て、少し安堵するゴパルであった。人込みの中を、少し早歩きでかき分けていく。

「パンクしなくて良かったよ。人気のない場所でパンクすると、大変だからねえ」


 ゴパルが体験したものでは、周辺に人家がない森の中で夜行バスがパンクして、その対処に三十分ほどかかった事があった。

 暇なので、ゴパルが近くの森へ入り、用を足していると、不意に目の前の茂みがガサガサと動いた。恐らくは野犬だったのだろうが、かなり肝を冷やした経験がある。


 バスパークの外を走る道路に、ルネサンスホテルの白いバンが停車していた。エンジンはかかったままで、ヘッドライトも点灯している。

 ゴパルがキャリーバッグを引きながら、協会長に改めて合掌して挨拶をした。道路上にも多くの人が歩いている。

「こんな深夜に、本当にありがとうございます。どのくらいの時間、待っておられたのですか?」

 協会長が柔和な笑みを浮かべて、車の番人をしていたホテルスタッフをねぎらった。暗いのでよく見ると、ゴパルがいつもチップを渡す男性スタッフだった。軽く会釈を交わす。

 車の番人についてだが、エンジンをかけたままで車から離れると、盗難に遭うため必要だ。かといって、バンが停車している道端は、本来は駐車禁止区画なので、エンジンを切ってしまうとよろしくない。


 協会長がゴパルの荷物を受け取り、バンの中へ入れた。

「十分程度ですよ、ゴパル先生。レカナートのホテル関係者から、首都から来た夜行バスが、軍駐屯地の前を通過したと、知らせが入りましてね。それから、ここへ向かいましたので大して待っていませんよ。お気遣いなく」

 相変わらずの情報網だなあ……と感心したゴパルが、北の空を凝視した。目が点になっている。

「ラ、ラビン協会長さん……あの北の山って、もしかするとアンナプルナ連峰ですか?」


 バスパークや、その周辺の屋台に店の灯りで、星は見えにくいのだが、北の空に巨大な黒い壁がそびえていた。月明かりのおかげで、雪化粧した部分が、薄く青白く光っている。

 一番手前には、三角形の槍の穂先型のマチャプチャレ峰がそびえ、その背後に屏風絵のように黒い壁が取り囲んでいた。ただ、まだ雨期明け直後という事もあり、雲に覆われている部分が多いが、巨大さは十分に伝わってくる。


 協会長が目を細めて微笑みながら、うなずいた。車の番人をしていたホテルスタッフは、協会長と入れ替わりにバスパークの中へ歩いていった。

「はい。この様子ですと、明日の朝はよく見えそうですね」

 ゴパルが胸ポケットからスマホを取り出して、写真を撮ろうとしたが、明るさが足りなかったようだ。深夜なので仕方がない。ぐぬぬと唸りながら断念した。

「予想以上に巨大ですね。朝が楽しみです」

 協会長が手を差し伸べた。

「お荷物は、先程車内へ入れたバッグ一つだけですか? では、宿へ向かいましょうか」

 この白いバンは、他にもホテルの宿泊客を待っていたらしく、他に三人の男とカップルが乗り込んで来た。男性スタッフが、彼らを案内して連れきたようだ。客引きもしているらしい。

 協会長がハンドルを握って、後部座席のゴパルを含めた四人に振り返った。男性スタッフは、助手席に座っている。

「忘れ物はありませんね? では、出発します」

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