夜行バスの旅 その一
首都の街並みを抜けると、すぐに水田が広がる盆地の田舎風景になった。今はもう夜なので、丘の上に点在している農家の窓から、明かりが見える。
ただ、道路沿いには、二階から三階建ての鉄筋コンクリート造りの家や店が並んでいるので、田園風景を楽しむには邪魔だが。
植物公園を過ぎた後で、バスやトラックの検問所に到着した。そこで、交通警察による荷物検査や書類検査等が行われる。
一方で、外国人旅行者だけが利用している観光バスは、素通りして検査を受けずに走り去って行く。
ゴパルが乗っている夜行バスは、地元民向けなので、停車する事になる。
(外国人用のバスも、満席だったね……観光シーズン到来だな)
検査自体はすぐに終わったので、再び走り始める夜行バスだ。
カトマンズ盆地の西の端に差し掛かり、ちょっとした丘を越えると、急転直下の絶壁の上に出た。この絶壁をジグザグに蛇行しながら、ゆっくりと下りていく。
夜なので、絶壁の底が見えないのだが、トラックやバスのテールランプやヘッドランプの列が、よく見えている。
首都へ向かう途中で、エンジンが故障したトラックが、道の端で立ち往生していた。絶壁を登ってくる途中で、オーバーヒートか何かを起こしてしまったのだろう。
故障した印に、近くの雑草や雑木の枝を、トラックの荷台と運転席に差し込んでいる。まさに、草が生えているという状態だ。
ゴパルが乗っている夜行バスの運転手が、エンジンを切った。ヘッドライトやテールランプは、そのまま点けたままで、クラッチとギアを操作して惰性で坂を走り下りていく。
速度が出過ぎないようにブレーキを踏むと、逆向きの加速度がかかる。タイヤがアスファルトの道路を噛む音だけが、車内に響き始めた。
(これでも時速三十キロくらいは出ているよね。燃料の節約とはいえ、よくやるなあ)
同じく無音走行をしているトラックが、ゴパルが乗る夜行バスを追い越していった。
川砂を首都へ運んだ帰りのようで、砂をまき散らしているようだ。バスの車体や窓ガラスに当たって、パチパチという細かな音が聞こえる。
(エンジンブレーキを使わないから、危ないよなあ、コレ。油田やガス田が発見されたり、電気や燃料電池のバスやトラックが普及するまでは、続くのだろうなあ)
そういえば、運転席のダッシュボードの上に、ヒンズー教のハヌマン神の像が置いてあったっけ、と思い起こす。ここは、事故防止を神様に祈るしかない。




