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アンナプルナ小鳩  作者: あかあかや
肥料も色々あるよね編
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認可

 ゴパルがイスから立ち上がって、色めき立った。危うくコーヒーをこぼしそうになって、慌てている。

「認可が出ましたか、クシュ教授っ。ヒルだらけになった苦労が実りました」

 口の中へ、ビスケット数枚とセルローティ一枚を押し込んで飲み込んだゴパルが、早速、強力のサンディプと、小型四駆便のディワシュにメールを送った。さらに、チャットにも書き込む。続いて、カルパナ達にも同様の内容を知らせた。

 その嬉々とした書き込み作業を、大きな黒い瞳で愉快そうに見つめていたクシュ教授が、パチンと指を鳴らした。

「ああ、そうそう。育種学研究室のゴビンダ教授が、低温蔵の話を聞きつけたようでね。僕に追加設備を設けろとメールしてきたんだよ」

 ギクリと肩をすくめているのは、博士課程のラメシュであった。

 ゴパルがその青くなった顔を横目で見ながら、そういえば、ラメシュ君は育種学研究室へ挨拶に行くとか何とか言っていたなあ……と、思い起こした。

 その際に、低温蔵の詳細な仕様や目的を話したのだろう。ゴパル本人も、ラビ助手に色々と話しているのだが。


 まあ、話した事それ自体は、悪い事では無い。ゴパルがラメシュに、落ち着くように身振りで知らせた。

 クシュ教授も特に不快に感じてはいない様子だ。雑談のついでという口調で話を続けた。

「我々の目的は、この研究室の微生物の安全な保管だ。停電やら燃料不足やら、ゼネストやらあると、大いに不安だからね。それと、低温環境での微生物培養の研究も行いたいしね」

 その話は、ゴパルもラメシュも了解している。

 クシュ教授が、理知的な印象のメガネをクイッと指で上げて、ついでに白髪交じりの麻呂型眉も持ち上げた。

「その不安は育種学研究室でも同じでね。固定種や在来種の種子を、凍結保存したいと申し出てきたんだよ」

 ゴパルが難しい表情になり、軽く腕組みをした。

「唐突ですね。凍結保存となりますと、永久凍土層に地下室を作る必要がありますよ」

 腕組みをしながら、小さく呻く。

「低温蔵の建設予定地は、永久凍土層の上じゃありません。雪室は作りますが、常時氷点下に温度管理するとなると、雪が足りません。別の場所を探して、地下室を掘るべきでしょう」

 クシュ教授が、その通りとばかりに、首を軽やかに左右に揺らした。

「永久凍土層に地下室を作るとなると、金もかかる。予算を組み直す必要があるのでね、今回は断ったよ」

 ゴパルとラメシュが安堵して、顔を見交わした。当然の判断だ。さらに一年間以上も、低温蔵の建設が延期されるのは避けたい。


 クシュ教授がラメシュに、にこやかに微笑んでからゴパルに視線を向けた。

「だが、育種学研究室の事情も分かる。将来、予算が確保できれば、検討するとしよう。低温蔵に、種子保存の実験用の小区画を設けておいてくれ、ゴパル助手。できれは、一番温度が低い区画が良いだろうな。データ収集は必要だからね」

 ゴパルが少々面倒くさそうな表情になりながらも、素直に了解した。

「はい、教授。設計では簡易地下室を作りますので、その区画を割り当てますね。ただの雪室で、永久凍土層のように温度が安定しませんけれど」

 クシュ教授が、ゴパルの表情を愉快そうに眺めながら指摘した。

「微生物学も育種学も、どちらも農業省の世話になっている。内輪もめは、できるだけ避けた方が賢明だよ」

 そして、口元を大きく緩めた。

「まあ、凍結保存地下室といっても、欧州機関が運営している北極圏にある本格的な施設と比べると、オモチャのようなものだ。それでも、国内の農家の安心に貢献できるはずだよ」


 実際に国内には、農業省が主導しての作物種子の保存団体が多くある。地元の民間会社も参入しているのだが、温度や湿度管理といった点で、かなり不安があるのが現状だ。

 エアコンも無いレンガとコンクリート造りの部屋で、プラスチック製のタッパ容器に入れて、扉もついていない棚に収めて保存している所もある。冷蔵庫を使っている所もあるのだが、停電が問題になる。

 永久凍土層の中で保存できれば、と考えるのも無理はないだろう。現状では、雪室を使うしかないが。


 クシュ教授にそう言われると、ゴパルとラメシュも従うしかない。クシュ教授が席に戻り、再び中指一本打ちでキーボードを虐め始めたので、ゴパルとラメシュも仕事に戻った。

 ゴパルが、どの夜行バスにすべきか迷っていると、ラメシュが何かを思い出したかのように、明るい表情でゴパルに告げた。

「ゴパルさんに、お土産です。故郷で生シイタケをたくさん頂きました。私とクシュ教授だけでは、食べきれませんので、ゴパルさんの家族や親戚にどうぞ。ポカラの人達にも送りましょうか」

 改めて、ソファーの隣に置いてある大きな段ボール箱を見て、中身を確認するゴパル。その量の多さに驚いている。

「これは、大量に持ってきたね。うん、香りも良いな。良い品質だね、ラメシュ君」

 ラメシュが照れながら、癖のある黒髪を無造作に手でかいた。

「本来は十一月から出荷が始まるのですが、一ヶ月早くキノコが出た農園がありまして……」

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