表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アンナプルナ小鳩  作者: あかあかや
肥料も色々あるよね編
429/1133

ダサイン大祭が終わって

 結局、ダサイン大祭の十日間の期間でも、微生物学研究室へ何度か通っていたゴパルであった。

 もちろん、首都の繁華街で行われた各種イベントにもゴパル父や、母と出かけていた。そこで、北インド料理の食べ歩きをしていたのであった。

 雄山羊カレーで胃もたれを起こしている三人だったが、こういう食事は別腹のようである。

 ダサイン大祭の期間中に行われる、首都在住のネワール族の祭祀にも、物見遊山のノリで見物したので、外国人観光客とあまり変わらない。

 生神クマリの祭祀は、毎年観光客が殺到するので、見に行くのを諦めていた。なので、これはテレビのニュース映像で間に合わせている。今年も、総理大臣に祝福のティカを授ける場面が、テレビで映し出されていた。


 さらには、バクタプール酒造のカマル社長に誘われて、首都のタメル地区にあるバーで酔い潰れてしまったりもしていた。

 タメル地区は、昔から外国人観光客が集まる商店街のような場所だ。物価も観光客向けに設定されている店が多いので、買い物をする場合には、別の地区にある商店街へ行くのが良いだろう。

 首都のバーは、身分証明証で年齢を提示する必要があり、さらに二十四時間営業ではないので、長居できない。高級ホテルの中にあるバーも同様だ。

 そんなバーの中でゴパルとカマル社長が、国産ワインやウィスキー、それにラムを飲みながら、海外産との比較について色々と議論していた。互いにろれつが回っていないので、議論以前の状態だったが。


 やがて、閉店時間が迫ってきたので、店員から追い出される二人であった。そのまま現地解散となる。

 カマル社長は、タメル地区の友人宅に転がり込む予定らしい。ゴパルは、そのまま千鳥足で帰宅する事にした。

 タメル地区からバラジュ地区までは、歩いて三十分ほどの距離だ。首都には野犬が多く、年間何人も狂犬病で死亡しているのだが。

 

 さて、大学はダサイン大祭が終わったので通常業務……には至っていなかった。

 地方出身の事務員達の多くが、まだ帰省先から首都へ戻る夜行バスのチケットを得ていないためである。チケットを買っていても、二重、三重ブッキングに直面して、結局席を取れず終いになる場合もある。

 学生の数も、同様の理由でまだまだ少なく、学内は見晴らしが良いままだ。学生が少ないせいか、大学の門の周囲で営業している屋台の数も少ない。

 ただ、学内の一角で営業しているチヤ屋は、営業を再開していた。早速ゴパルが一杯注文した。

 一口飲んで、ほっと息を漏らし、垂れ目を細めている。

「んー……やっぱり、この味だよね。サビーナさんには悪いけれど、大学の味って感じがする」

 屋台が少ないので、軽食の類はセルローティくらいしか無かった。客が少ないので、すっかり冷めてしまっていたのだが、背に腹は代えられないので、一袋買っている。

 それだけでは不安なようで、チヤ屋でビスケットを二パック買っているゴパルだ。さらに、チヤ屋のオヤジに、後でチヤをいくつか電話注文するから、微生物学研究室へ出前して欲しいと伝えている。

 チヤをすすり飲み終えて、空になったガラスコップをオヤジに返した。持ち手が無くて、無数の細かい傷が付いている、安いコップだ。コップのガラスの中には、製造時に紛れ込んだ気泡がいくつか残っている。

「さて、職場へ向かいましょうかね。クシュ教授は来ているかなあ」


 果たして、農学部棟の三階角部屋にある微生物学研究室には、クシュ教授が居た。ゴパルが入室してくると、中指一本でのキーボード打ち込みを中断して振り返った。

 元々、色黒だったのだが、さらに顔と腕が日焼けして黒くなっていて、インド人のようだ。巻きスカートのベンガル人風のルンギ姿なので、なおさらそう見える。

 しかし、太鼓腹とテカテカ光る禿頭、それに、半分ほど白くなっている麻呂型の眉で、すぐに彼だと特定できた。まあ、何よりも中指一本打ち込みをする音で、判別できるのだが。


 そのクシュ教授が、ゴパルににこやかに微笑んだ。パソコンに向かっているので、今はメガネをかけているため、かなり知的に見える。

「お、来たかね。休み明けなのに感心、感心。留守の間は、器機やプログラムの調整でご苦労だったね。博士課程達の研究まで手伝ってくれて、感謝するよ」


 ゴパルがクシュ教授に、両手を合わせての挨拶をした。

 研究室内には、他に博士課程のラメシュが一人居た。他の二人は、首都行きの夜行バスの席を取れずに、故郷で足止めを食らっているというラメシュの話だった。

 とりあえず、外の屋台で買ってきた冷めたセルローティと、チヤ屋台で買ってきたビスケットを、ソファーのある休憩所のテーブルの上に置く。

 クシュ教授とラメシュの作業机の上にはカップがあり、湯気を立てているコーヒーが見えた。そのため、チヤの注文は後にする事にしたゴパルであった。

 早速ゴパルが、ビスケットとセルローティを口の中へ入れている。

 コーヒーは、もちろんインスタントで、流し台にある電気湯沸しヤカンから湯を注ぐ、セルフサービス形式だ。砂糖と脱脂粉乳が入った容器から、好みでコーヒーに加える。

 インスタントコーヒーを淹れて自身の席につき、パソコンの電源を入れて起動させ、最初にポカラ行きの飛行便の予約状況を確認する。が、すぐにがっくりと肩を落とした。

「うーん……まだ、満席が続いているなあ。さすがに、そろそろポカラへ行かないとマズイのだけどな」


 ラメシュが、早速セルローティを一つ取って食べながら、ゴパルに知らせた。先程からチラチラと、ソファーの隅に置いてある大きな段ボール箱に、視線を向けている。

 身長が百八十センチあるので、そのような仕草でも結構目立つ。彼の癖のある黒髪が肩先でピョンと跳ねた。

「空港の整備士や、パイロットにCAが、ネットに漏らしている内容ですと、どうやら機体の故障が相次いだためだそうですよ。ダサイン大祭の間に、無理してエベレストや、ランタン連峰の遊覧飛行をやってましたからね。それでエンジンの調子が悪くなったとか何とか」

 そういった、企業秘密に相当するような内容をネットに漏らす事は、どうなのかという点は、ひとまず置いておいて、ゴパルがさらに肩を落とした。

「うげ。そうなのかい? だとすると、今回は夜行バスにするしかないか……持ち運べる機材が、かなり制限されてしまうなあ」

 ここで、クシュ教授がニヤニヤ笑いながら、コーヒーをすすり、セルローティを一枚、口の中へ放り込んだ。

「今回は、ぜひポカラへ行ってもらわないといけないからね。できるだけ高くて、良い夜行バス便で行ってきなさい。壊れやすい機材は、今回は持っていかない事だね」

 ここで口調が真面目な感じに変わった。

「低温蔵の建設認可が下りたよ、ゴパル助手。予算も削減無しで認められた」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ