アスタミの日
ゴパルが大学から自転車を漕いで、大汗をかきながら帰宅すると、ゴパル母が仁王立ちして待ち構えていた。
「遅かったじゃないの、ゴパル。ほら、さっさと汗を流してきなさい。すぐに山羊肉の調理を始めるよっ」
この日は、ダサイン大祭の八日目、アスタミと呼ばれる日だ。戦いの女神ドゥルガに捧げられた山羊を、解体して料理して食べる。
ただ、首都ではヒンズー寺院や、家の庭で山羊を屠殺する事が減ってきている。動物愛護団体や、菜食主義者、それに欧米やアジア諸国からの観光客から、残酷だと批判を受けているためだ。
実際、屠殺を寺院や庭で行うので、公衆衛生上もよろしくない。血抜きも徹底されていないので、肉に雑味や渋味が残る。雄山羊の場合は、強い獣臭さも帯びる。
さばいて得た肉や内臓も、掃除がほとんど為されていない。そのため、スジや血管や膜といった、食用に適さないゴミがかなり出る。腸管や胃には、消化物が残ったままなので、この掃除も大変だ。
加えて、ほとんどの家庭では、肉を冷蔵庫に入れて熟成させる事もしないので、肉が固くて旨味が乏しい。
「まあ、宗教行事ですからね。味は二の次、三の次」
こともなげに、断言するゴパル母である。
とはいえ、ゴパルの家では生きている山羊を買って来て、庭で屠殺して解体する事はしない。
単に人手が足りないのと、ゴパルと二人の親だけでは、山羊一頭を食べ尽す事など不可能という理由だ。故郷のカブレ町では親戚が多く住んでいるので、山羊を何頭も屠殺しているが。
そのため、ゴパル母が肉屋で雄山羊の肉を適当に買ってきていた。これを料理するというわけだ。つまり、いつもの食事に近い。
ゴパルがシャワーを浴びて、三階の調理部屋へ入って来た。服装は、着古したヨレヨレのシャツと、ダブダブのズボンである。
「雄山羊かあ……これって、どう料理しても、お腹にもたれるんですけど、かあさん。せめて、去勢山羊の肉にできないの?」
ゴパル母が、雄山羊肉をデンと調理台の上に置いて、大きめのククリ刀をゴパルに手渡した。
肉はどうせ臭いので、安い部位ばかりだ。スネ肉、前足、それと少しの腿肉しかない。内臓は無かった。
「ドゥルガ様に捧げるのは、雄山羊って決まっているのよ。あきらめなさい。ほら、切った切った。一口サイズにちゃんと叩き切るのよ、ゴパル」
ドゥルガ神に捧げるのは肉では無くて血なのだが、そこは適当に済ませているゴパル母であった。
その後、家に帰って来たゴパル父も加勢して、山羊肉を小さく叩き切っていく。それを使って、雄山羊肉の香辛料煮込みと、香辛料炒めが出来上った。
食卓へ運ばれた皿を見て、げんなりしているゴパルとゴパル父である。既に頭の中で、料理の味が想像できているらしい。
食事皿へ、白ご飯の代わりに干飯のチューラを入れ、付け合わせの野菜の香辛料煮込みを添える。マンゴとミントのアチャールも添えるゴパル母だ。
「ほら、野菜も付けたから、我慢して食べなさい。ビールも冷蔵庫で冷やしてあるから取ってきなさい、ゴパル」
要は、ビールで雄山羊カレーを胃に流し込め、という指示である。
とりあえず酒が飲めるので、少しだけ元気になったゴパルが冷蔵庫の扉を開けた。彼の背中を見ていたゴパル父も、少しだけ元気になった様子である。
「ゴパル、コップは一番大きなヤツで頼むぞ。銘柄は何だ?」
ゴパルが口元を少し緩めて、ビール瓶を掲げた。
「苦いサンボルグですよ、とうさん」
それでも、その晩は、お腹を押さえながら自室で研究の書類整理をするゴパルであった。
「うう……やっぱり、胃もたれしたか。毎年こうなるんだよなあ、もう」
とりあえず、消化を助けるために、大根のアチャールをかじって水を飲む。次にリンゴをかじって、渋い顔になるゴパルであった。
「うげ……インド産だったか。ボケ過ぎてるな」




