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アンナプルナ小鳩  作者: あかあかや
肥料も色々あるよね編
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バクタプール大学

 ダサイン大祭の間は、大学も休みになるのだが、様々な実験は継続している。そのため、短時間ではあるのだが、結局毎日通勤しているゴパルであった。

 公共の交通機関やタクシー等も、かなりの数が運休しているので、自転車をせっせと漕いで往復している。ゴパルは運転免許を持ってはいるのだが、肝心の自動車やバイクを持っていない。

 まあ、ポカラで運転した際に、同乗していたカルパナが冷や汗をかく程だったので、運転技量はたかが知れている。


 農学部棟の周囲には、学生も先生もほとんど居なかった。事務職員に至っては一人も居ない。警備員も数が半分ほどになっている。

 そんな農学部棟に入って、まだ故障中のエレベータの脇を通り過ぎ、階段を上って三階角部屋の微生物学研究室へ向かった。

 その足が止まった。

「人が少ないから、ちょっと回り道していこうかな」


 普段は、学生や業者、それにチヤ運び人に、廃品回収業者、さらには新聞売りや、ガスボンベ売りまで、農学部棟内を行き来しているので混雑している。

 ダサイン大祭の期間中は、ほぼ誰も居ないので、散歩をするには良い環境だ。

 ゴパルが、各研究室や卒論研究で残っている博士課程や学生と、軽く手を振って挨拶していく。

 そして、育種学研究室の前で、肩まで伸びる黒い長髪を後頭部で雑にまとめている、三十歳後半くらいの男にも挨拶をした。

「こんにちはラビさん。お休みだというのに、ご苦労さまですね。私もこれから、研究室へ顔を出しに行きます」

 ゴパルの気楽な口調での挨拶を耳にして、ラビがスマホから顔を上げた。そのままゴパルに、疲れた愛想笑いを返してくる。

「やあ、ゴパルさん。お互い休みが無いですねえ、ははは……」


 会話の雰囲気から見て、ゴパルとラビは旧知の知り合いのようだ。

 身長もゴパルと同じく百七十センチほどだ。しかし、ゴパルと違い、痩せ型である。

 いかにも研究者というような風貌で、切れ長の茶褐色の瞳には理知的な光が宿っている。太めで長い眉が、その目の上に雲のように乗っているのが印象深い。

 ラメシュと同じようなメガネをかけており、白衣にジーパン姿だ。足元はサンダルだが。

 身分証明証を首からかけていて、それによると育種学研究室の助手という立場という事だった。ゴパルは当然のように身に着けていないが。


 ラビ助手が白衣の裾を、鶏が羽をバタつかせるような感じでパタパタ振りながら、ゴパルに話を続けた。

「そういえば、ポカラで微生物関連の実験をしていると聞きましたよ。奇遇ですね、うちの研究室もポカラで、色々と実験をしているんですよ」

 カルパナが話していた、ミカンの復活事業の事を指しているのだろう。

 ゴパルが本格的に立ち話を始めた。KLの導入試験をポカラで始めている事、育種学の試験場所でもKLを使ってしまいそうな事を知らせて、とりあえず謝った。

「すいません、後から関わった私達が、そちらの研究の迷惑になる恐れがありますね。うちのクシュ教授からも、そちらへ陳謝したと聞いています。研究の妨げになりそうでしたら、遠慮なく申し出てください」


 ラビ助手が、気楽な表情で笑った。白衣の羽ばたき回数が増えていく。

「むしろ歓迎していますよ、ゴパルさん。ポカラの柑橘復活事業は、最終段階です」

 羽ばたき回数が、さらに増えていく。

「農家への普及を行う上でのノウハウを集めていますので、こういった有機農業的な方向性のデータも欲しかったのですよ。うちの研究室では、化学肥料と農薬しか使っていませんからね」

 同じ事は、微生物学研究室で開発して商品化しているKLにも言える。ゴパルが頭をかいて、感謝した。

「ありがとうございます。有機農業については、私も素人でして……現地の協力者から、教えてもらってばかりですね」


 それから、カルパナやラビン協会長が、育種関連で色々と質問してきた事を思い出した。ついでに、カブレ町の叔父叔母が、政府の推奨品種について言っていた文句の内容も思い出した。

 それらをラビ助手に、後でメールで知らせると約束する。

「ポカラでは、育種学研究室への期待が高いようですよ。ミカンの他にも、バナナやパパイヤ、小麦等でも実験を行っているのを、私も見ました。順調に進んでいると思います。私も応援しますよ」

 ラビ助手が、照れて頬を指でかいた。今は、左の裾だけで羽ばたいている。

「うちのゴビンダ教授が、安請け合いを連発しているせいですよ。実行部隊は私なのですが」

 そう言いながら、不意に真面目な表情に切り替わった。羽ばたいているままだが。

「ポカラでは、宗教団体が育種に警戒していますよね。遺伝子を操作するので、心配するのも理解できますが……」

 さらに数回羽ばたくラビ助手だ。

「最近になって、その警戒が若干和らいでいるような気がします。もしかして、ゴパルさんのおかげでしょうか」

 ゴパルが隠者を思い起こしながら、微妙な表情でうやむやに返事をした。

「そうだと、私も嬉しいですね」

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