石窯の火入れ
ここで農業関連の話題を切り上げる事にするゴパルだ。このままでは、際限なく話が続いてしまって、本題に移る事ができない。
「それで、その、カルパナさん。石窯はその後、どうですか?」
カルパナの明るい声が届いた。
「はい、おかげさまで今朝、火入れをしましたよ。サビちゃんによると、ピザや煮物の出来が良いそうです。パンも焼けました」
ゴパルは、石窯の組み立て作業には参加せず、首都から映像を見ていただけだったのだが、それでも安堵しているようだ。
「試作品としては、十分な仕上がりのようですね。量産化を楽しみにしています、カルパナさん」
火入れは以下のような感じで行う。
石窯の耐火レンガや耐火モルタルが、十分に乾燥したかどうかを確認する。同時に、熱が逃げるような大きな隙間が生じていないかも調べる。欠陥部分が見つかった場合には修繕して、また乾くのを待つ。
欠陥部分が無い場合には、石窯の内部に乾かした剪定枝や不要な角材等を詰め込んで、火をつけて燃やす。
この際に、耐火レンガを下から支えていた木製の支柱や、型枠も一緒に燃やしてしまう。
耐火モルタルは、高温で硬化する性質があるので、この火入れ作業は必須だ。燃やした後に生じる灰は、丁寧に掃除して取り除く。
ある程度、石窯が冷えてきた段階で、耐火モルタルに割れ目ができていないかどうか確認する。
普通は、細かいひび割れが生じているのだが、深刻な状況でない限りは放置する。
また、煙突からの排煙が上手くいったかどうかも確認する。煙と炎が、ピザや鍋を入れる焚き口から噴き出してしまうと、調理に支障が出てしまうためだ。
それらの確認を済ませてから、木炭や薪を入れて、調理前の空焚きを行う。使用する薪は、耕作放棄された段々畑で繁茂している、雑木の枝や幹を乾燥させたものだ。
薪には樹脂が比較的多く含まれているので、かなり高温で燃える。
ピザや肉のグリル料理では、桜やリンゴの木といった、香りが良い薪を使う場合もあるが、基本的には雑木を使えば十分だ。
薪が石窯の炉内で燃えていくと、まず最初に炉内の壁に真っ黒いススが付着してくる。そのため、この段階では料理を行わない。
この黒いススは、炉内の温度が四百度以上になると、自然発火して燃え始める。そのまま薪を燃やし、炉内の温度を上げ続け、六百五十度以上にする。
ここまでの温度になると、炉内の壁が白っぽく見えてくる。こうなった段階で、料理ができる。
耐火レンガを使用しているが、断熱効果はそれほど無い。そのために、素手で石窯を触ると、大やけどを負う事になるので注意が必要だ。
なお、温度の測定は、熱センサー付きの温度計を用いる。それを焚き口に向けて、間接測定で温度を測る。直接温度を測定できるような温度計は、かなり高価になるので使わない方針だ。
ちなみに、この熱センサーも宇宙エレベータ開発で生まれている。
さて、料理をする上では、この温度はさすがに高すぎる。
そのため、燃えている薪や炭灰を、炉内の隅に追いやる。さらには、余剰な火種を、鉄製の火かき棒を使い、下の通常コンクリートブロックで作った土台に落とす。
こうする事で、炉内の温度を四百度程度まで下げる。これで料理が開始できる。
ちなみに、燃えている薪や炭、赤い灰をまとめて、熾と呼ぶ。この熾の量を調節する事で、炉内の温度を管理する。
ピザやグラタン、肉のグリル料理、それにハンバーグ、焼き魚等が、この高温で料理できる。
ガスコンロとは異なり、炎が直接食材に当たらない上、レンガや薪、炭から放射される赤外線や遠赤外線に曝される。そのために、熱の通りが良くなる効果がある。
熾をさらに少なくすると、炉内の温度が二百度程度にまで下がってくる。
この低温では、パンやケーキを焼くのに便利だ。肉や魚料理でも、四百度で温度が高すぎる場合には、この二百度の状況を利用する。
そして、炉内から熾が除去されて、火種が無くなった状態では、余熱料理ができる。
肉や内臓の煮込み料理や、カレーを煮込む際に利用できる。この場合は、昼前に料理を開始して、夕方から晩になった段階で、石窯から取り出す。
煮込み料理では、一般的に圧力鍋が使われる傾向がインド圏にある。豆料理では必需品と言っても良い。
しかし、肉や内臓では、確かに柔らかくなるのだが、風味が乏しくなる傾向があるのだ。ガスコンロを使い、トロ火で長時間煮込むと風味も良くなるのだが、ガスボンベは品薄だ。
その点、石窯は雑木の薪を使った余熱で料理するので経済的でもある。もちろん風味も良い。ただ、注意しないと、灰や炭の粉が料理の中へ紛れ込んでしまうが。




