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アンナプルナ小鳩  作者: あかあかや
肥料も色々あるよね編
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セルローティ

 ネパールでは、お祭りの日に、ネパール風ドーナツであるセルローティを作って食べる。

 屋台や菓子屋、それに軽食屋でも作っているのだが、家庭でもこうして頻繁に作っている。

 材料は米で、これを水に漬けておく。十分に水を吸ったら取り出して、すり鉢型の石臼オークリを使って粗挽き状態の粉にする。

 この粉に、バナナや砂糖、それに水牛の澄ましバターであるギーを加えて、さらにすり潰す。ただ、水牛のギーは高価なので、牛乳のギーで代用する家も多い。


 ゴパルが、その石臼を使ってのすり潰し作業をする。その彼を指導しながら、自身はヒヨコ豆の香辛料煮込みを作るゴパル母だ。今は下ごしらえを済ませた材料を、圧力鍋の中へ入れている。

「これ、ゴパル。均等にすりなさい。お米の破片が残ると口当たりが悪くなるでしょうが」

「はい、かあさん」

 インド圏では、どこでもそうだが、子供は母親に弱い。もちろん、家長である父親にも弱いのだが。


 ゴパル母が圧力鍋を密閉して、コンロの火にかけた。

 インド式の圧力鍋は、構造がシンプルで安価である。全体がステンレス製で、排気弁には重しが乗っている。

 加熱によって、圧力鍋の内部の気圧が上昇すると、この重しを押し上げて、排気するという仕組みだ。

 なので、結構うるさい。一番壊れやすいのは、鍋フタのパッキンだが、これも安くバラ売りされているので、交換も気軽にできる。


 シュ、シュシュシュ、シュシュシュシュ……ピー! シュシュシュ、シュシュシュ……ピー!


 ちょっとした蒸気機関のような音を立てて、圧力鍋が排気を始めたので、弱火にするゴパル母。

 豆が煮えていく香りと、香辛料の香りとが調理部屋の中に漂いはじめた。この香辛料は、下味をつける役目をするもので、本格的な香辛料は、調理の最後の最後に加える。

 ちょっと暇になったらしく、ゴパルがすり潰している生地を、使い捨てスプーンですくって味見した。

「ま、こんなところね。カブレの田舎だったら、水牛のヨーグルトと、モヒも使えて香ばしくなるんだけど、ま、首都じゃこの程度ね」


 モヒというのは、バターを作る際に遠心分離で生じた上澄み液の事だ。

 飲用にする場合は、これを乳酸発酵させる。ものすごく薄めた、甘くないカルピスのような味である。

 ゴパルの家では、セルローティの材料にヨーグルトとモヒも使うようだ。乳タンパクが加わるので、揚げると香ばしくなる。揚げ過ぎると焦げてしまうが。


 油を熱した中華鍋のような鉄鍋に生地を直接注いで、円形のドーナツ型にして揚げていく。油は菜種油を使う事が多い。

 米粉なので、小麦粉を使ったドーナツと異なり、色はそれほど付かない。玄米よりも濃いめの色合いだ。

 バナナをたっぷりと使っているので、揚げバナナの香りもしてくる。

 ゴパル母が鉄串を刺して、揚げ具合を確認した。当然のような表情で、実に淡々としている。

「よし。揚がったわね」


 ドーナツを手早く油から引き揚げて、キッチンペーパーを敷いた金網ザルの上に乗せていく。

 すぐに、二回目の生地注入を始めるゴパル母だ。目をキラキラさせているゴパルに、アゴをしゃくって合図した。

「まだ熱いけれど、食べていいわよ、ゴパル」

 ゴパルが嬉々としてフォークを取り出し、それを使って揚げたてのセルローティに食らいついた。思いの外、ガリガリと大きな音がする。

 やはり熱かったらしく、目を白黒させて魚の鯉のように、口をパクパク開けている。それでも、嬉しそうな表情だ。

「出来立ては、美味しいね。あちち……ちょっと、練り過ぎたかな」


 米粉を使っているので、バナナがツナギの役目を果たしているとはいえ、モチ状態に近い。ギーの香りもあるのだが、砂糖による甘みだけなので、かなり素朴な風味だ。

 菓子屋では、ドーナツ型にせず、手の平サイズのピザ生地のような状態にして揚げ、ケシの実を散らして出す所もある。

 どちらも揚げたてが最も美味しいのだが、一週間くらいは日持ちがする。


 他にも、ダサイン大祭の期間中には、豆の粉を使った柔らかい揚げ菓子や、牛乳を固めたパニールと呼ばれる生チーズを使った菓子等が食される。

 小麦粉を使った丸いドーナツを、サフランとカルダモン風味の砂糖シロップに漬込んだ、激甘菓子も人気だ。

 さらに、多くの果物も市場に姿を見せる。この時期からは早生わせリンゴも出荷され始め、バナナやパパイヤ、スイカ等と一緒に店頭に並ぶ。

 インド圏では、「病気になったら、薬を飲んで果物を食え」と、医者が患者によく勧めるので、果物は健康に良いという印象がある。

 ……まあ、辛党のゴパル父にとっては、興味が無い話なのだが。その彼が帰宅してきた。外の門を開ける音がする。その音を聞いて、セルローティを全て揚げ終えたゴパル母が自慢気な表情になった。

 ちょうど、ヒヨコ豆の香辛料煮込みも、火が通ったようだ。圧力鍋のフタを開けて、香辛料と塩を入れていく。

「時間ぴったりね。それじゃあ、もう一度チヤを沸かしましょう」

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