野生キノコ
そう言って、タッパ容器を調理台の上に乗せて、フタを開けた。様々な形の野生キノコが現れて、山の土の香りが厨房内に漂い始める。
「雨期の終わりなので、あまり無いんですが……ササクレヒトヨタケ、マツタケ、タマゴタケ、ブナハリタケ、アカモミタケ、チチタケを二、三個ずつ持ってきました。どうですか? サビーナさん。使えそうかな」
サビーナが目を輝かせて、タッパ容器の中からキノコを取り出して品質を確認し始めた。しかし、灰白色の大型のキノコを目に留めて、怪訝な表情になる。
「これ、牛糞キノコの仲間よね。衛生上、使えないわよ」
サビーナから文句を聞いたカルナが、ちょっとドヤ顔になった。
「そのササクレヒトヨタケは、牛糞が分解して土に変わった後の芝地に生えたモノですよ。ま、生で食べるのは勧めないけれど、ちゃんと料理できますよ」
サビーナが、そのキノコを手に取って、臭いをかいだ。その後で、五ミリ角ほどの小片をちぎって、口に入れた。すぐに怪訝な表情が消えていく。
「……そうね。悪臭はしない、か。風味はそれほど強くないけれど、使えそうね」
次に、サビーナがマツタケを手に取った。
「マツタケ……かあ。欧米人には人気が無いキノコなのよね。でも、まあ、コレはそんなに強い臭いじゃないから、大丈夫かな」
カルナが腰に両手を当てて、少しだけ首をかしげながら微笑んだ。
「私達も、マツタケはあんまり食べないですね。需要が無かったら、もう採ってこないけど。どうします?」
サビーナがマツタケをタッパ容器に戻しながら、軽く肩をすくめた。
「少量だったら構わないわよ。マツタケが好きなのは日本人だけど、彼らは臭いを重要視するのよね。コレは臭いが乏しいから、日本人客にも受けが悪いと思う。さっきの、牛糞キノコと同じように、他のキノコと混ぜて使う程度かな」
『香り』では無く、あくまでも『臭い』と言う単語を使うサビーナであった。
ちなみに、この二種類のキノコは、自己分解するのが早い。雨期明けのモノは、あっという間に傷んでしまい、腐ったり虫やカビが付いたりする。そのため、採取する際には注意が必要だ。
サビーナが、一際赤くてキレイな饅頭型のキノコを手に取った。再び怪訝な表情になって、カルナを見る。
「これって、毒キノコのベニテングタケじゃない?」
カルナがドヤ顔で笑った。
「よく似ているけれど、食用キノコですよ。タマゴタケって言うの。煮ても焼いても炒めても美味しいですよ」
カルパナが目を輝かせて近くまで寄り、タマゴタケを取り上げて眺めた。レカは、カルナを警戒しているのか、カルパナの背中に貼りついたままだ。
「へえ……赤くて綺麗ですね、カルナちゃん。さすがグルン族だなあ、野生のキノコに詳しいのですね」
サビーナも別のタマゴタケを手に取って、先程と同じように五ミリ角の小片をちぎって、口の中へ入れた。その表情が驚きの色を帯びていく。
「……確かに美味しいわね。香りも上品だわ」
バンドメンバー三人も、ようやくパスタを全て食べ尽して、キノコ見物にやってきた。ディーパク助手だけは興味が無い様子で、石窯の状態を確認しているが。
そのバンドメンバー三人に、カルナが照れながらキノコの説明を簡単にして、補足説明を加えた。
「キノコに詳しくない人ですと、間違えて、猛毒のベニテングタケを採ってしまう恐れがあります。森の中で見つけても、採って食べないでくださいね」
カルナが他のキノコの説明も始めた。まず、白色で直径五センチくらいの傘を持つキノコを手に取る。
「これは、ブナハリタケ。甘い香りが強いから、他のキノコの香りを邪魔してしまいます。いったん茹でて、香りを飛ばしてから使うと良いですよ」
続いて、淡い橙色のキノコを手にした。これは傘の直径が十センチある。
「アカモミタケ。歯ごたえはボソボソしていて悪いけど、味はしっかりしてます。モミの林がある高地まで登らないといけないから、採るのが面倒なんだですけど。味がしっかりしているといえば、隣のチチタケもそうかな」
そう言って、カルナが別のキノコを手にした。これがチチタケだろう。これも傘の直径が十センチほどあり、黄褐色のキノコだ。
「名前の通り、裂くと白い乳液が出てきます。コレは広葉樹林の地面に生えます。ですけど、シャクナゲ林の地面に生えているチチタケには毒があります。説明は、こんなところですね」
一通りのキノコを、五ミリ角の小片にちぎって味見をしていたサビーナが、目をキラキラ輝かせながら、カルナの両手を握った。
「素晴らしいわっ。こんなピザ屋で出すにはもったいないから、あたしの店で今晩使うわねっ」
カルナがニッコリと微笑んだ。
「お買い上げ、ありがとー」
サビーナがスマホで時刻を確認して、さらにカルナの肩に手を乗せた。
「まだ、ディナー開始の時間まで、少しだけ余裕があるわね。カルナちゃん、家でどうやって料理してるのか、ちょっと聞かせてっ。あたしの店まで来なさい!」
そう言って、半ば強引にカルナを連れ去ってしまった。カルパナがカルナの大きなリュックサックを担いで、カルナに告げる。
「荷物は、私が一緒にサビちゃんの店まで持って行きますので、ご心配なく」
どうやら、カルパナも同行するつもりのようだ。サビーナとカルナの後をついて、これまた彼女も厨房から小走りで去ってしまった。
「ぐ、ぐぎゃぎゃぎゃ……」
一人取り残されたレカが、何か喚きながら厨房から駆けだして行った。
呆気にとられているのは、ディーパク助手だ。作業の手を休めて、厨房のドアを見つめている。
「な、何だ何だ? 石窯作りが終わったら、すぐに出ていくとは。レカちゃんは性分だから仕方がないけれど、サビーナさんとカルパナさんもか。挨拶も無しとは酷いな」
カルパナから彼女のスマホを受け取っていたナビンが、ディーパク助手と静止画像のゴパルに謝った。
「すいません。姉とサビーナさんは、キノコに目が無いもので……ええと、撮影を終了、と」
最寄りの場所にある撮影カメラを停止する。これはレカが持ち込んだものだ。他にもレカが厨房内に設置していた小型カメラが数台あり、まだ自動で撮影を続けているのだが放置された。
ラビンドラが、空になった皿とフォーク、スプーンを、一まとめにして洗い場に持って行く。肩を揺らしながら歩くのは、彼の癖なのだろう。
「我が妹君は、餌があると迷わず食いつく性格だからな。多めに見てやってくれ、ディーパク先生」
ラジェシュも、石窯作りで使用した道具やシート等を、厨房の外に出した。続いて、ホースの水をかけながら、ブラシを使ってそれらを洗い始めた。
首の後ろで束ねた癖のある黒髪が、フェワ湖から吹く風に揺れている。
「レカの奴、一人になった途端に逃げだしたかー。カメラの回収を俺に丸投げかよ、まったく」
ナビンもディーパク助手に弁解を続けていたのだが、スマホ画面の静止画像ゴパルにも重ねて謝った。
「すいません、ゴパル先生。これで終了ですので、お仕事に戻ってください。椿油は来週に精製する予定です。お詫びに一瓶、差し上げますね」




