石窯作り その一
厨房の一角では、既に石窯作りが始まっていた。
レカが早速、数台のカメラを厨房内に設置して、自動撮影を開始する。彼女自身もスマホで撮影をするようだが、今は、兄のラジェシュをからかうのに全力のようだ。
そんなラジェシュを含む、バドラカーリーのヒモバンドのメンバー三人に、ディーパク助手が作業の指示を飛ばしながら、スマホ画面のゴパルに説明を始めた。
「基礎工事は、既に終えていますので、今からは土台作りを始めています。この後に石窯本体を土台の上に作る予定ですよ」
ゴパルが画面を通じて見ると、縦横一メートルの正方形で、コンクリートの床が出来上っていた。
床の縁は、コンクリート製のブロックで一重に囲まれている。そのブロックの中からは、十数本の鉄筋が真上に飛び出ていた。まだ壁は作られておらず、基礎の床面だけだ。
ディーパク助手が、ゴパルを含めたバンドメンバー三人にも聞こえるように説明を続ける。
「基礎の厚さは十センチにしています。厨房の床の上に建てますからね、掃除がしやすいようにしないといけません」
そして、ピザ屋の厨房の外を指さした。そこには、五トン容量の大きな椀型の開放型タンクが鎮座していて、赤い色をしたレンガが大量に水の中に沈められていた。
その隣には、白い色をしたコンクリートブロックと、ブルーシートの上に盛られたモルタルが見える。さらに、電動式の丸ノコ型カッターも用意されていた。
「鉄筋を差し込んだのは、これだけのブロックと耐火レンガを積み上げるためですね。鉄筋で支えないと、ブロックが歪んで、壁が崩れてしまう恐れがあるのですよ」
素直に納得するゴパルと、バンドメンバー、それにカルパナ達であった。
ディーパク助手が、丈夫なゴム手袋を両手にはめて、エプロンをかけた。
「さて、では早速始めましょうか。まずは白いコンクリートブロックを、鉄筋に通しながら積み上げていきます」
バンドメンバー三人も、手袋とエプロンをして、渋々作業を開始する。
前もって作業の段取りは打ち合わせていた様子で、迷う事も無く淡々とブロックを、床の端に沿ってコの字型に積み上げていく。コの字の開放面は、厨房の中央に向けられているので、ここから薪を投入して燃やすのだろう。
一方の背面には、ブロック二個分の空間がある小部屋を隣接していくようだ。ただ、小部屋の背面には、ブロックが二個ほど意図的に抜かれている。
ディーパクがブロックを鉄筋に差し込みながら積み上げ、モルタルを塗ってブロックどうしを接着させながら、説明した。
「この狭い小部屋は、煙突になります。背面の穴は、ゴミや雨水等を排出させるためのものですよ」
ブロックが鉄筋に串刺しになるように積み上げられて、コの字型の壁になっていく。三段積み上げた段階で、今度は横方向にも鉄筋を渡す。直角に交差した鉄筋は、それぞれ太い針金を使って結束されていく。
こうして積み上げられていくブロックの穴には、モルタルが流し込まれていき、鉄筋を包み込んだ。
その作業をカルパナが見守りながら、スマホ画面のゴパル静止画像に話しかけてきた。
「業務用のオーブンもあるのですが、燃料不足の問題が絶えず付きまといます。特にガスボンベは供給不足気味なのですよ。電気オーブンにすると、今度は停電の問題がありますし」
ネパールにはガス田は無い。そのため、全てインドからの輸入になるのだが、ネパール側の支払いが滞りがちなので、今まで何度も供給を停止されている。
また、ガスボンベに充填して供給するのだが、このガスボンベの品質が心もとない。実際これまでに、ガス漏れによる爆発と火災事故が何度も起きている。
電気事情も、水力発電所が流木や泥で詰まってしまう事故が起きているので、これまた心もとない。雨期が終わって乾期に入れば、復旧作業が本格化するので改善する予定だが。しかし今度は、雨が降らなくなるので、川の水位が下がっていく事になる。
ゴパルの静止画像が、うなずいた表情に変わった。
(うちの研究室でも、似たような状況ですしね……だからこそ、アンナプルナ内院の氷河の近くに、低温蔵を建てる事になりましたし)
バンドメンバー三人は、皆、結構力持ちのようだ。みるみる内に、コの字型の白いコンクリートブロック壁が積み上っていく。
カルパナが彼らを励ましながら、ゴパルの静止画像に顔を向けて話を続けた。
「一方で、ポカラ周辺では、耕作放棄地が増えています。雨が多いので、すぐに雑木林になってしまうのですよ。その処理先として、石窯が期待されています」
ゴパルは林業について門外漢なので、普通に納得して聞いている。林業で儲かるのは、製材となる樹木だ。薪にしか使えない雑木は、停電や燃料不足を補うためにしか使われていない。
最近では、キノコ栽培の培地として、雑木も注目されつつある。しかし現状は、ヒラタケ栽培で見たように、主に使われているのは稲ワラだ。
他のキノコ栽培では、ノコクズや原木も使われるようになってきているが、種菌の供給体制が、まだ十分とはいえない。
サビーナとレカが、バンドメンバー三人とディーパク助手を、からかい始めたので、カルパナがたしためた。それでも、若干、大人しくなっただけだったが。
軽く肩をすくめたカルパナが、静止画ゴパルに話を続けた。
「耕作放棄された棚田や段々畑ですが、難しいですね。インドやテライ地域から、穀物や野菜を買った方が安くて安定するのは事実です。山間地の田舎では、若い労働者の数も少ないですから、結局、人件費も高くなってしまいますね」




