唐辛子の畑
次に、隣の段々畑を指さして質問した。この畑には唐辛子が植えられていて、収穫が始まっているようだ。やはり山羊が食べるのか、網柵で囲まれている。
「唐辛子ですが、これは虫が食べると、さらに辛くなります。KLを使うと、辛くなくなってしまいますか?」
ゴパルも唐辛子畑を見て、頭をかいた。
「かも知れません。そうなった場合は、ごめんなさい」
呆気なくゴパルが謝ったので、思わずクスクス笑うカルパナである。
「すいません、ゴパル先生。ちょっと、からかってしまいました。辛いだけの唐辛子でしたら、いくらでも市場で買えます。価格も安いので、ポカラでわざわざ栽培する必要はありません」
(ええ……マジですか、カルパナさん)
ゴパルが、目を点にしている。カルパナが再びクスクス笑って、話を続けた。
「実はですね、有機農法で育てた唐辛子は、辛さ以外の風味が強まって旨味が増します。そのため、野菜ダシに使えるのですよ。化学肥料だけを使ったり、放任栽培の唐辛子は、ただ辛いだけで、香りも旨味もありません」
カルパナが畑の唐辛子を、穏やかな視線で見つめた。
「ダシ用の唐辛子は、高く売れます。KLを使う事で、より良いダシが取れるようになれば嬉しいですね」
ゴパルが、さらにキョトンとした顔になった。
「え? 唐辛子でダシを取るのですか? 辛くありませんか?」
カルパナが二重まぶたの黒褐色の瞳を、少し輝かせて、背中の黒髪の先を左右に振った。
「辛くしないでダシを取る方法があります。トマトや玉ネギ、ニンニクと違い、不浄な野菜ではありませんから、隠者様へのお弁当にも使いやすいのですよ。よろしければ、教えましょうか?」
即答でお願いするゴパルであった。カルパナが微笑んで了解した。
「分かりました。今晩は、ちょうど弟夫婦の家にゴパル先生が泊まりますから、その時に」
そして、スマホを取り出して時刻を確認した。
「では、次に、チャパコットのハウスで、ヒラタケの生育状況を見に行きましょうか。小雨が続いていますが、道は良くなってきていますよ」
同意したゴパルが、パメを挟んだ対岸にある、チャパコットの山々を眺めた。
ちょうど、ゴパル達が立っている段々畑の高さが、向かいの山のチャパコットのハウス棟と同じくらいだ。一番上のハウスの隣に、竹で編んだ簡易ハウスが見える。
その上は緑の森に覆われているのだが、頂上の尾根筋には白い仏塔が見える。その周辺から、何かカラフルな四角い落下傘状の何かが、飛び立った。続いて、もう一つ飛び立つ。
「ん? 何か飛んでいますよ。あ、もしかしてパラグライダーですか? カルパナさん」
カルパナも山の上空に舞い上がった、二つの四角い物体を見上げて、うなずいた。少しジト目気味になっている様子だが。
「はい。まだ雨期中ですので、気流が安定していないと思うのですが、そろそろ毎日飛ぶようになりますよ。ゴパル先生は興味がありますか?」
ゴパルが段々畑を下り始めて、両手をブンブン振った。
「怖くて無理です。ポカラ行きの飛行機ですら、怖い有様ですよ。たまに墜落のニュースが出ますし」
カルパナがゴパルに続いて坂道を下りながら、クスクスと笑っている。
「こればかりは、神頼みですよね。あのパラグライダーも、時々墜落していますよ。特に、雨期の末期は風が悪いみたいです。私も、アレには乗らない方が良いと思いますよ。社長がちょっと曲者なんですよね」




