民族いろいろ
ゴパルがカルパナに気遣いながら、明るい表情で答えた。
「地域の伝統は大事にしないといけません。神域でしたら、私のような酒飲みが入る事は避けるべきですね。では、桃園について相談したい事ができましたら、遠慮なく私に聞いてください。力になりますので」
カルパナがほっとした表情になった。
彼女用に別の小皿に盛られていた桃を、そっくりそのままゴパルに差し出す。この小皿には、カルパナは手をつけていないので、ゴパルでも食べる事ができる。
ヒンズー教では、他人が手をつけた食べ物を、食べる事は禁忌である。タバコだけは例外だが。
そのためビシュヌ番頭は、ゴパル用とカルパナ用に、小皿を二つ別々に用意して出していた。
「ご理解ありがとうございます。今時、タガタリもマトワリもダリットも無いのですが、隠者様は、その、厳格な方ですので……すいません」
タガタリは、バフンやチェトリ階級の人々を指す。カルパナやサビーナ、アバヤ医師や隠者が、その階級に属する。
マトワリは、その下のカーストで、ネワール族やグルン族等の山岳民族の人々を指す。レカやゴパル、養豚団地や養鶏企業の社長が、その階級に属する。
ダリットとは、その下の階級を指す。いわゆる不浄な人々だ。現在では廃止されている。
ゴパルがさらにカルパナを気遣って、何やら手足をバタバタ動かし始めた。
「本当に、気にしないでください。実際、スヌワール族には、秘密結社みたいな所がありますから」
それをいうのであれば、仏教系のネワール族は、密教なので門外不出の秘儀を執り行う。
グルン族にも民族至上主義の団体があるし、職の無い若者を中心にしたギャング組織もある。
ラビン協会長のタカリ族では、独自の金融組織があり、銀行を介さない手形決済までできる。
さらに、アンナプルナ連峰の北にあるムスタン郡では、チベット系の民族による非公認のムスタン王国まである。
そもそも、アンナプルナ連峰の北側には、ネパール人でもなかなか入る許可が下りない、広大な制限地域がある。部外者お断りの団体や地域は、珍しく無い。
カルパナが恐縮しながら、その代わりと言って提案した。
「ミカン畑を見てみませんか? 今は実証試験の三年目です。苗畑もですね。ここでしたら、育種学のゴビンダ先生が関わっていますので、ゴパル先生も気兼ね無く立ち入る事ができると思います」
大学では大学で、教室間の微妙な距離というものがあるのだが、ここは素直に提案に乗るゴパルである。努めてにこやかに微笑んで答えた。
「そうですね。では、見てみましょうか」




