米ぬか嫌気ボカシの状態
続いてゴパルが、別の二百リットルタンクのバックルを外してフタを開けた。こちらは、米ぬか嫌気ボカシを仕込んでいるタンクだ。薄いビニールシートとその下の新聞紙を取り除く。
倉庫内に、パンを発酵させた際に出る香りが充満し始めた。
カルパナが興味深そうな顔で、タンク内をのぞき込んだ。二重まぶたの黒褐色の瞳がキラキラしている。腰まで伸びている癖のある黒髪も、毛先がピョンピョン跳ね始めた。
「パン屋さんの香りですねっ」
ゴパルが、喜んでいるカルパナから一歩離れて、コホンと小さく咳払いをした。二人一緒に、直径一メートルも無いタンクをのぞき込むのは、ちょっとよろしくないと思ったのだろう。
「ですよね。パン用の酵母菌も使っています。他に、酒用の酵母菌も使っていますので、少しアルコール発酵もしていますね。関連物質の香りがしています」
ゴパルが、ボカシの表面を素手の右手で少し取り、匂いをかいだ。ついでにパクリと食べる。
「嫌気発酵が順調に進んでいますね。触ってみて、発熱していなければ、大丈夫ですよ。食べると、少し酸味がします。これは乳酸菌の作用によるものです」
カルパナが、ゴパルに続いて右手をタンク内に差し込んで、米ぬか嫌気ボカシの表面をポンポン叩いた。
「……そうですね。本当に発熱しない発酵なのですね。初めてです」
続いて、自身の指先をペロと舐めた。
「あ、確かに酸っぱい。これってヨーグルトの酸味に似ていますね」
ゴパルがにこやかに微笑んだ。カルパナに手を洗うように勧める。
「こちらの発酵も順調ですね。かき混ぜず、このままで発酵を続けてください。空気に触れると、発熱してしまって失敗しますよ」
そう言いながら、ゴパルがタンクに再び新聞紙とシートを被せた。
「来週、最終確認をしましょう。さすが亜熱帯のポカラですね。首都よりも発酵期間が短くて済みそうです。仕込んでから三週間で使えそうですね」
ゴパルがフタを被せて、バックルを閉めた。カルパナが嬉しそうに黒褐色の瞳を輝かせている。
「そうですか。予想よりも一週間早く使えるのですね」
ゴパルも嬉しそうにうなずく。
「はい。しかし、熟成させると、より使いやすくなります。ですので、三週間にこだわらなくても構いませんよ。発酵を四週間以上も続けても大丈夫です。むしろ、より良くなるはずです」
カルパナが微笑んだ。
「堆肥でも同じ事がいえますので、理解できます。そうですか、熟成できるのですね」
ゴパルが頭を軽くかいた。
「保管場所の確保を考える必要が出てきますけれどね。さて最後に、光合成細菌の状態を見てみましょうか」




