宿無し
その時、カルパナのスマホに、チャットで連絡が届いた。隠者に一言断ってから、スマホを見る。その表情が穏やかなものに変わった。
「ラビン協会長さんから連絡が届きました。今、ゴパル先生が、ダムサイドのルネサンスホテルに到着したそうです。今日は、この後でKL培養液の確認と、米ぬか嫌気ボカシの状態を確認する予定です。順調に発酵していれば良いのですが」
隠者が穏やかな視線をカルパナに向けて、ヴェーダの一節を唱え始めた。修験者達は、三人ともに食事を再開して、隠者のそばから離れていった。
「ラムラム、善きかな」
スマホのチャット文章を読んでいたカルパナだったが、不意に驚いた表情に変わった。
「あら。ゴパル先生が、ホテルに今日は泊まる事ができない事になりました……って、ラビン協会長さん」
不安そうな顔を隠者に向けてくる。隠者もヴェーダの詠唱を中断して、カルパナに聞いた。
「何か起きたのかね?」
カルパナが深刻な表情になって、素直にうなずいた。
「はい。スーパー南京虫の一斉駆除を、これから急遽行うそうです。ポカラ市長から命令が出たと」
隠者が口元を緩めた。
「そういえば、昨晩、ポカラ市長が会食で酔っぱらって、家に帰らずに、とあるリゾートホテルに泊まっておったわい。その部屋で虫に刺されたな、さては。ははは」
カルパナは、真面目な表情のままである。修験者達は三人ともにゲラゲラ笑っているが。
「隠者様。笑い事ではありませんよ。ゴパル先生が泊まる部屋を探さないと……」
隠者が口元を緩めたままで、カルパナに右手をかざした。まるで仏画のような雰囲気になる。
「今となっては、難しかろう。雨期とはいえ、ポカラ市内には今、数万人の観光客やビジネス客が泊まっておる。大混乱になるのは必定だ」
カルパナにも、そうなりそうな事は十分に想像できた。深刻度が増していく。
「では、どうすれば良いでしょうか。レカナート市のホテルの一室を、レカちゃんに押さえてもらって……」
隠者が穏やかな表情のままで、カルパナを落ち着かせた。
「移動手段の問題があろう。ここは、汝のパメの家に宿泊させるのが、最も確実だな。この庵では、修験者どもが騒がしいのでな、安眠できぬ恐れがある」
きょとんとしているカルパナである。文字通り、目が点になっている。
「え……? 民泊ですか? あ、でも確かに、パメの家には、弟夫婦と私しか住んでいません。部屋はいくつも空いていますが……巡礼客が泊まる事も多いですし……ですが、その」
素朴な表情で、カルパナが隠者に聞いた。
「バフン階級の食事……ですよ?」
隠者が愉快そうに笑った。修験者の三人も大笑いしている。
「ラムラム、善きかな。ネパールで最も不味く、最も清浄な食事を、そのデブに食らわせなさい。少しは、体内の穢れが浄化されるだろうさ」




