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アンナプルナ小鳩  作者: あかあかや
肥料も色々あるよね編
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バクタプール大学

 その日は定宿のルネサンスホテルに泊まり、翌日の飛行機で首都へ戻る予定のゴパルであった。

 翌日、ポカラ国際空港までは、ホテルの車が送り届けてくれた。見送りに来ていた協会長が、ゴパルに手を振る。まだ小雨が降り続いているのだが、傘をささずにホテルの外まで出てくれていた。

 服装は、ホテルのオーナーらしく、白い長袖シャツにネクタイ、折り目がピシリと付いたズボンに黒の革靴だ。協会長が、ゴパルに笑みを浮かべる。

「首都行きの飛行便は、定刻通りに出るそうです。今回は、色々と災難でしたね。洗濯は酷い汚れでも対応できますので、次回からは、お気軽に申し付けてください」

 どうやら、協会長の耳にまで、ゴパルの失態が届いているようだ。恐縮するゴパルである。今回は、荷物が少ないので、キャリーバッグも軽そうだ。

「お気遣い、ありがとうございます。ラビン協会長さん。そうですね、次回からは考えてみます」

 協会長が、少し考えてから、ゴパルに告げた。

「次回からも、私が空港への出迎えを続けますよ、ゴパル先生。まだ雨が降っていますし、ホテルの客引きから、色々と情報が入る事が分かりまして」

 熱心な口調で訴えられると、折れるしかないゴパルであった。頭をかいて恐縮する。

「そうですか……では、ご厚意に甘える事にしますね」


 飛行機は結局、三十分遅れで無事に飛び、バクタプール大学へ戻るゴパルであった。今回は燃料不足とデモ行進の影響で、タクシーには乗れなかった。仕方なく、乗り合いバスに乗って戻る。

 大学の正門前には、屋台や行商人がたむろしているのだが、今回は近くの果樹農家の出店もあった。

 小雨なので、地面にビール等のケースを置いて、その上に防水シートを敷いて、果物を山盛りにしている。屋台喫茶でチヤを注文して、早速すすっていたゴパルの目が、それらの果物に留まった。

「あ、そういえば、ゴダワリでも、桃の出荷が始まる頃だったっけ」


 ゴダワリというのは、首都の南にある、標高二千メートル級の山地の、北斜面に広がる地域である。のどかな農村風景が広がり、公園や農園も多い。

 桃や梨栽培をする果樹農家があり、今は黄桃の収獲が始まったようだ。

 一時は、桃の害虫であるシンクイガが大発生して、壊滅状態に陥っていたのだが、今は克服して生産量も年々増加しているそうだ。


 ゴパルが黄桃を手に取って、一キロ買う。紙袋に入れてもらいながら、早速黄桃をかじった。まだ早いのか、あまり甘くない。今年は雨続きで晴れ間が少なかったので、このようになったのだろう。

「モモシンクイガという蛾の幼虫が、桃を食べてしまうんだよね。生物農薬で、色々とやったなあ……」

 今も害虫駆除の事業を進めている最中なのだが、研究室としては、もう開発研究を終了したので過去の話だ。


 まずは、育種学研究室で、桃の虫害耐性を上げる事から始まった。この幼虫が食べたら死ぬような毒素を、遺伝子組み換え技術を使って、桃の木に合成させる。この毒素は幼虫にだけ効くように分子設計されていて、人間には無害だ。

 次に、幼虫そのものに散布する生物農薬が、ゴパルが所属する微生物学研究室で開発された。これも人間には無害で、カビの一種を遺伝子組み換えして作り出している。


 チヤを飲み終えて、紙袋を受け取った。売値は、長雨の影響なのか、去年よりも高くなっているようだ。その代金を支払って、農学部へ向かった。赤レンガの建物が、雨に濡れていて風情が出ている。

 ここでゴパルが忘れ物に気がついた。

「あ。しまった。母さんにトマトを一箱買ってくるのを忘れてた」

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