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アンナプルナ小鳩  作者: あかあかや
肥料も色々あるよね編
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養蜂箱

 ケシャブとスバシュが血相を変えて、上段の段々畑にある養蜂箱へ、坂道を駆けあがっていく。ケシャブの妻と叔母達も、白い養蜂作業用の防護服を抱えて、駆けあがって行った。

 それを呆然と見上げるカルパナとゴパルである。三人の女児達も、緊急事態が発生した事を理解したようで、カルパナとカルナの背中に抱きついて、周辺をキョロキョロと見回している。


 カルナが腰を下ろして、しがみついている女児達に優しい顔で話しかけた。

「アンタ達は、学校へ行きなさい。上では、蜂が大ゲンカしているの。大人達が鎮めに向かっているから、すぐに騒動は収まるわよ」

 カルパナも同じく腰を下ろして、しがみついているアンジャナに優しく諭した。

「そうですね。防護服を着ていないと、刺されてしまいますよ。ここは私達に任せなさい。アンジャナちゃん、ディーパちゃんとラクチミちゃんを、学校までしっかり引率して行きなさい」

 アンジャナは蜂騒動を見たそうな表情をしていたが、カルパナに諭されて渋々うなずいた。

「……うん、分かった。学校へ行ってくる。行こ、ディーパちゃん、ラクチミちゃん。遅刻しちゃうわ」

 カルパナとカルナが微笑んだ。

「行ってらっしゃい。しっかり勉強してくるのよ」

「あとは、カルナお姉ちゃんに任せなさい」


挿絵(By みてみん)


 三人の女児達を見送って、カルパナが上の森を見上げた。やはり不安を隠せないようだ。

「蜂蜜は、祭祀に欠かせません。蜂箱の被害が大した事無ければ良いのですが……」

 ゴパルも森を見上げて、腕組みをしている。

「そうですね。確か、農業でもミツバチは、野菜の花の受粉作業で役に立ちますよね」

 カルパナが、二重まぶたの瞳を細めた。

「今はマルハナバチという、別の種類の蜂を使っていますよ。幸い、その蜂箱は別の場所に設けてありますので、今回の騒動には巻き込まれずに済んでいます。在来種の蜂ですから、管理も楽ですね」

 カルパナが、再び森を見上げた。

「ミツバチは外来種の西洋ミツバチですので、スズメバチに襲撃されると、買い直さないといけなくなります」

 ゴパルが納得した。

「なるほど。だからスバシュさん達が、あんなに慌てるのですね」


 上の森から、怒鳴り声が聞こえてきた。スズメバチの駆除を始めたのだろう。カルナがその騒ぎを聞きながら、軽く肩をすくめた。

「ネパール在来種のミツバチは、縄張り意識が強いのよね。蜂箱を並べたら、蜂箱どうしでミツバチがケンカし始める事があるのよ」

 口調が重くなってきた。

「大変よ、殺気立ったミツバチが何百匹も乱舞するから。蜂蜜もあんまり取れないし。美味しいんだけどね。ま、西洋ミツバチの方が管理は楽かな。刺してくるけど」

 色々と思い出したのだろう。細い吊り目が、険しくなった。細い眉もひそめられている。

 ゴパルがカルナに、ふと思いついた事を聞いてみた。

「カルナさん。ハニーハンターって、今でも居るのですか? 大ミツバチの蜂蜜って、今でも高値で取引されていますよ。それと、在来種のミツバチですが、田舎では飼っている農家が、まだ多いと思いますが」


 ネパールには、在来種のミツバチの他に、大ミツバチと呼ばれる、大型で黒っぽい種類が居る。この種は養蜂箱で飼う事ができず、野生の巣を探して蜂蜜を採取する。この採取をする人を、ハニーハンターと呼んでいる。これは職業カーストでは無くて、普通の山岳民族が農業や放牧のかたわらに行う副業だ。

 この蜂は、高さ数十メートルもの切り立った断崖に、円盤型の巣を作る。巣は壁で覆われておらず、むき出し状態で、巣板である円盤も一枚しか作らない。

 雨期から雨期明けにかけて、花の蜜を巣に溜め始める。その頃を見計らって、たき火の煙を使い、蜂を巣から追い出す。

 そして、縄ばしご等を使って、巣がある場所までよじ登り、蜜が詰まった円盤を採取する。この際に、巣を半分ほど残しておくのが流儀である。

 大ミツバチの蜂蜜は珍重されるのだが、人によっては悪酔いする恐れがあるので、用心した方が良いだろう。


 カルナがフンと鼻を鳴らして、ジト目をゴパルに向けた。

「あんな大変な仕事、誰がするのよ。長さ数十メートルの縄ばしごを担いで、崖っぷち巡りするのって、すっごく大変なのよっ。一週間くらい、ヒルだらけの山の中に泊まり込みだし。だったら、ポカラへ出稼ぎに行くわよ」

 そう言われてしまっては、ぐうの音も出せないゴパルであった。思いつきで、無遠慮に質問するのは、よろしくない場合が多そうだ。


 森の中から、薄っすらと白い煙が立ち上り始めた。それを見上げながら、カルパナが心配そうな表情になる。

「予想以上に、大きな事件になるかも……スズメバチの数が多いのかしら。スバシュさんとケシャブさん達、刺されなければ良いのですが……」

 白い防護服は、ミツバチからの攻撃から身を守るために作られている。針の大きなスズメバチに対して、その防御効果は不確実だ。カルパナのスラリと伸びた細い眉が、沈み込んでいく。

「西洋ミツバチの女王バチは、予約販売制ですので、簡単に購入できないのです。ですので、こうして躍起になってしまうのですが……ケガをしては、元も子もありません」

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